第二章 4

 木葉の後に続いて走っていると、いつの間にか通学路を抜けて近所の商店街に差し掛かっていた。


当然辺りからは悲鳴が飛び交い、それぞれ一斉に逃げ惑い辺りは大騒動。


「おい!どうすんだよ!?大変な事になってるぞ!」


「えへ♪」


「ふざけてる場合か!?」


「え~…キリキリが私に任せたんじゃん~。」


「うっ…だ、だからってお前…。」


「大丈夫だよ。


私達以外には見向きもしてないもん。」


「た…確かに。」


言われてみれば確かに俺達以外にも大勢人が居るのに、その人達には見向きもせず俺達だけをただ追いかけている。


とりあえず他の人に被害は無いと分かって安心したものの、だから大丈夫な訳じゃない。


俺ら普通に狙われてんじゃん!


何普通に安心してんだよ!?


「さ、急ぐよ!」


「お、おう。」


「はぁはぁ…。」


千里、もう少し我慢してくれよ!


やがて商店街を抜け、街道を進むと薄暗い樹海が見えてくる。


「近くにこんな場所があったんだな…。」


「へっへっへ。


トップシークレットですぜ、旦那。」


「あのなぁ…。」


樹海を進んでいるとその途中に石造りの階段があった。


その至る所に太い木の根っこや蔦が巻き付き、見るからに上りづらそうだ。


おまけにかなり高い物であるのは明らかで、下からでは上の様子が全く見えない。


「おい、まさかとは思うけど…。


これ、上るのか?」


「うん、もち。」


あ!今度は餅食ってやがる!


「ほらほら、化け物がもうそこまで来てるよ。


早く早く!」


「…千里、まだ大丈夫か?」


「う、うん…。


頑張る。」


「ぶ~…なんで私には聞かないかな~?」


不満げに頬を膨らませながら、木葉は化け物に向けて石を投げつける。


「お、おい!お前何やってんだよ!?」


「良いから!」


突然、普段のぼやっとしてる印象からは想像も付かない程の怒気を込めた大声を上げる木葉。


思わず俺も怯んで後ずさる。


「良いから、早く行って。」


「でも、お前!?」


「全く…普段からそれくらい心配してくれれば良いのに…。」


小さな声で木葉はそう呟く。


「え?」


「何でも無いから早く行って!」


「っ…。」


仕方無く千里を連れて走り出す。


「桐人!私が今から言う事…階段を上がりながら真面目に聞いて!」


「お、おう!」


そう叫ぶ木葉はまるで別人の様だった。


俺の事をいつもの様にあだ名で呼ばず、ふざけた感じが一切無い。


「この階段の向こうに、あなたが会うべき大切な人が居る!そこで力を…力を手に入れる為の試練を受けて!」


「力…?試練…?意味分かんねぇよ!」


「行けば分かるから!


早く!」


「くそっ!」


言われるままに階段を駆け上がる。


「ふ~、行ったか~。


なんとか上手くいったな。」


言いながら木葉は化け物に目を向ける。


「これで心置きなく戦えるね?」


化け物を前に、にやりと笑ってみせる。


「ふふふ、始まり始まり…♪」


そんな木葉の様子など確認出来なくなる程階段を上がった頃、千里が後ろをチラチラと見ながら、


「ねぇ桐人君…。


木葉ちゃん…大丈夫かな…?」


「…分からない。」


千里に言われて、まるで現実に引き戻された様に後悔が押し寄せてくる。


普通に考えれば分かる話だ。


あの化け物を普通の人間がどうにか出来る訳がない。


それにあいつ、武器も防具も持ってないじゃないか。


なのになんで俺はあいつを…。


自己嫌悪に陥る。


いや、でもさっきの木葉は真剣そのものだったじゃないか。


言われた内容に関しては全く理解出来なかったけど、何故か強い説得力の様な物を感じた。


「桐人君…?」


確か木葉は力とか試練とか言ってたよな。


一体どう言う意味なんだ?


あいつの真意は分からないものの、その答えはこの長い階段の先にあるらしい。


それが気になったから足が進んだ、と言えば言い訳になるのだが。


って…ちょっと待てよ。


そもそもなんであいつがそんな事を知ってるんだよ…。


それにあいつ、確かこの先に大切な人が居るとも言ってたぞ…?


そこまで考えて、ふいに悪寒が走る。


このまま先に進んでも良いのだろうか?


この先に何があるのだろうか?


それが気になる好奇心と、それを知るのが怖いと言う不安が一気に湧き上がる。


まさかあいつは、全てを知っていてあえて今まで黙っていたとでも言うのだろうか?


もしかしたらそんな異常性も、あいつを一人で残した理由の一つなのかもしれない。


言い訳ばかりが脳裏を掠める。


そんな事をした所で自分がした事も、それによって招いた事態も変わらないと言うのに。


自分を悪者にしないで済む、無責任な言い訳を探すぐらいしか、この押し寄せる罪悪感を振り払う術が分からない。


とは言えもうどちらにしろ後戻りは出来ないのだ。


ここまで来たら進むしかない。


それを選んでしまったのだから。


あいつにその場を任せてまでここに来て、今更のこのこと戻れる訳が無い。


「桐人君、大丈夫…?」


こんな時にまで千里は俺を心配している。


自分だってとっくに疲労の限界を超えている筈なのに。


木葉の事も心配で心配で仕方無い癖に。


「ありがとな千里。


俺は信じてる。


あいつが無事で居てくれる事を。」


「うん。」


「あいつが言うにはこの先で試練を受ければ力が手に入るらしい。


それを手に入れて早くあいつを助けにいこう!」


「うん!」


そのまま一気に駆け上がり、頂上まで辿り着く。


が、だからと言って落ち着く間なんて全く無かった。


言葉を失ったのだ。


あまりに狂ったその景色に。


神社に続く道のそこかしこに、古い白骨化した物から、真新しく生々しい物まで老若男女の死体が転がっていて、強い死臭を漂わせていたのだから。


「うっ…。」


「千里!?」


口を押さえてふらつく千里を抱き留める。


どうやらショックのあまり気を失ってしまった様だ。


「なんだよこれ…。」


目で見ている物が全て真実なら、大量虐殺の現場にしか見えない。


一体、何がどうなっているのか。


その時ふと、昨日木葉が部室で言ってた話しを思い出す。


「もしかして…ここがあいつが言ってた死神神社なのか…?」


だとしたら行方不明者って言うのは、ここに倒れている死体達の事なのか?


だとしても一体何でこんな事に…。


怖さで体が震える。


正直、先に進むのが怖い。


でももう後戻りは出来ないと言う事は、さっき思い知ったばかりだ。


行くも地獄、行かぬも地獄。


とりあえず一度深呼吸。


意を決して、千里を背負ってからゆっくり歩き出す。


そうして歩いていてやっぱり気になるのは、無数の死体。


あまり見たくないが、どうしても目に入ってしまい、進むペースは次第に落ちていく。



あれ?そう言えばここで死んでる人達、全然怪我してないぞ…?


それにこれだけ死体があるのに血の跡一つ無いのも妙だ。


立ち止まって一度千里を下ろしてから、その場にしゃがみこむ。


酷い死臭に思わず手で口と鼻を抑えながら、死体に恐る恐る目を向ける。


すると、思った通り死体には目立った外傷は無さそうだった。


死に至るような要因は素人目に見た限りだが無いと言える。


なら何故、ここに居る人間は死んでいるのか?


ただ、それ自体が直接死因に結びつく物ではないものの、それぞれの死体には一つ共通点があった。


どの死体も、苦しみと恐怖に引きつった顔をしているのだ。


そのせいで余計に死体の不気味さが増している。


まるで何か、死ぬまで耐えがたい苦痛を与えられたかの様な、絶望を感じさせる表情。


耐えられず目を反らすも、また違う死体が目に入ってしまう。


「どうしてこんな事に…。」


どれだけ考えても答えは出ない。


何一つ分からず、自分も同じように殺されるのでは?


と言う最悪の想像が脳裏を過り、体はさっきまでより一層激しく震え始める。


怖い。


まだ死にたくない。


いや、むしろこんな恐怖を感じ続けるぐらいなら、死んだ方がマシなのかもしれないとさえ思ってしまう。


それぐらいに、俺の脳内は限界だった。


ここに居る死んだ人間達も、同じ恐怖を感じたのだろうか?


死ぬ時まで恐怖に震え、まだ死にたくない、生きたいと悲願したのだろうか。


…やめよう。


勇気を振り絞って、少しずつだがまた歩き始める。


これ以上ここに居続けたら本当に発狂しそうだ。


時間も無いしと震える足に鞭を打ちながら進み、神社手前に差し掛かる。


改めて近くで見ると立派な建物だった。


古いからか、所々老朽化が進んではいるものの清掃はきっちり行き届いており、とりあえず生きた人間も居る事は間違いなさそうだ。


小さな社ではなく、充分に人が住めるであろろ大きさ。


そこまで考えた所で、俺の中に一つの結論が出る。


と言う事は、だ。


他に生きた人間が居ないのならば、この大量虐殺の実行犯は、ここに住んでいるのではないだろうか。


そもそもこんないかれた場所で呑気に掃除なんかして過ごしてるくらいだ。


まともな人間の筈が無い。


足音を忍ばせて進んでいると、前方に人影が見えてくる。


恐らくその人物こそが、これだけの人間を殺害した犯人なのだろう。


途端に、今まで以上の恐怖が襲う。


俺は一体どうなってしまうのか?


歩く足をもはや止めることは出来ない。


まるで操られたかのような、足だけが自分の物では無いかの様な異常な感覚に捕らわれる。


そうして近付く度に、人影の姿がはっきりと見えてくる。


それに相手も気付いたのだろう。


こちらにゆっくりと近付いてくる。


思わず身構える。


が、遂にその姿が目の前に来ると、俺は再び言葉を失ってしまった。


恐怖ではない。


呆気にとられたのだ。


想像していた物とはあまりにかけ離れている、相手のその容姿を目にして。


これだけ沢山の人間を死に追いやった人間とは、とても思えないその容姿に。


服装はこの神社の物であろう巫女服。


肩下までの髪は夕日を思わせる淡いオレンジ。


瞳はまるでルビーを埋め込んだかの様な深い紅色。


恐らく俺と同年代というのは見ていて何と無く分かった。


しかしながらその整った容姿は年相応のそれとは異なり、思わず見惚れてしまう。


その間、長い沈黙。


本当に彼女が犯人なのだろうか?


だが、ここには他に人も居なさそうだ。


勿論生きている人間は、と言う意味でだが。


とは言え俺と同じく、第三者と言う立場では無いのは確かだろう。


勿論巫女服を着ているからと言う単純な理由だけじゃない。


こんな場所に居て、動揺一つ見せずに平然と立っていられる人間が、そもそも普通の人間な訳が無いのだ。


仮に実行犯じゃないにしろ事情を知り、長くこの場所に留まって居ると言うのは間違いないだろう。


沈黙の中しばらく思考を続けていると、目の前に来た彼女が先に口を開き、沈黙を破る。


「あなたが考えている事、間違っていないわ…。」


「…え?」


「だってここに居る人間はほとんど私が殺した様な物だもの。」


彼女のその言葉に、俺は自分の耳を疑った。

その理由は主に二つ。


一つに、本当に彼女がこんなに沢山の人間を殺したのかと言う疑念。


二つ目に自分の考えていた事が、口に出してもいないのに見透かされていると言う事実。


「どちらも正しいわ…。


確かに私は沢山の人間を死に追いやったし、あなたの考えている事も全て分かる。」


「な…何でだよ!?」


そう、叫び声を絞り出すので精一杯だった。


「さぁ…?」


そんな俺を、彼女はそう短く返して鼻で笑う。


何なんだ、こんな場所に居て、この余裕は。

狂ってる。


いや、違う。


彼女だって恐らく最初はこの状況に人並みの恐怖を感じていたのだろう。


ただそれが続いて慣れてしまっただけ。


今の自分にとって、それが一番都合の良い解釈だった。


ただ彼女が好きで虐殺を繰り返し、楽しんでいると考えるよりはまだ楽な考え方である。


「慣れてしまった…ね。


どちらにしろ私がこれだけ沢山の人間を死に追いやったと言う事実は変わらないのに。」


言われて我に返る。


そもそも、なんで彼女はこんなに沢山の人間を死に追いやったのか。


「それが…私の存在理由だから。」


「…え?」


「それ以外に、私がここで生きている理由なんて無いわ…。」


衝撃的だった。


あまりの事に、事態を上手く頭で認識することが出来なくなってしまう。


だって意味が分からないじゃないか。


同年代であろう彼女が、人を死に追いやる事以外に自分が生きている理由なんて無いと言っているのだ。


理解なんて出来る訳が無い。


「ふぅ…別に理解してもらおうなんて思っていないわ…。


出来るとも思わないもの。」


確かに理解出来ない。


そんな事をして、彼女にどんなメリットがあるのか検討も付かない。


「別にメリットは無いわ。


私だって好きでやっている訳じゃないのだから…。」


「じゃあなんで!?」


「理由ならさっき言った筈よ…?


それが私の存在理由だから。」


「っ…。」


考えてみたらそもそも死に追いやった、と言う事は彼女が直接手を下したと言う訳では無いと言う事だ。


もし彼女が殺したとして、死体に何らかの外傷が無いのはおかしいし、中には力の強そうな男も居たのだ。


普通に考えて力で彼女が敵う相手ではない事は火を見るより明らかだ。


「必死ね…。


そんなに目の前の現実が信じられないの…?」


信じられる筈がない。


信じたくない。


だから少しでもマシになる様な考え方を探している。


「どんなに変換したところで言葉の意味は変わらないのに。


それでも現実逃避を続けたいのなら好きにすれば良いわ。」


返す言葉も無い。


実際どれだけ現実逃避を繰り返しても、何が変わる訳じゃないなんて分かっているのだ。


でもそうしなければ立ってさえいられない程に、自分は弱いのだ。


心も、そして体も。


「でもまぁ…そうね。


あなたの思う通り、私が直接手を下した訳じゃないわ。


彼らは自ら自分を殺めた。


私が持つ力で追い詰められて、ね…。」


力…?もしかして木葉が言ってたやつか…?


確か力とか試練とか言ってたよな?


つまりだ。


ここで死んでいる人達は全員その試練とやらを受けて、それに耐えられなくなって自殺したって言うのか?


そんな事が現実に有り得るのか…?


とは言えここまでの体験自体がもう現実離れしたそれなのだが、これはそれ以上に異常な話しだ。


「あなたが知る現実では無いでしょうね。


それこそファンタジックな話し。


でも現実に起きているのだから、これはファンタジーなんかじゃない。


全てが現実。


それがどんなに信じ難い物でも…。」


「っ…。」


「…あなたの思っている事は正しいわ…。


ここで死んでいる人間は、全員私が与えた試練を受けて乗り越えられずに自殺した。」


「試練…って何だよ?」


「…あなたも興味があるのかしら…?」


正直まだ信じられない。


考えてみれば彼女が言った事だって全て嘘かもしれない。


いや、実際には、嘘だと思いたいんだと思う。


それこそ現実逃避だ。


目の前の彼女の言葉も、塗り替えられていく現実への認識も。


でも、それでも。


進まなければいけない。


もう現実逃避している暇は無い。


意を決して、俺はこくりと一度頷いてみせる。


「そう。


あなたは人生を成功させる為に必要な物とは何だと思う…?」


「…え?」


突然の質問に、返答出来ずに口ごもる。


「多くの人間は、才能やお金、努力、愛や友情だと答えるわ…。


でも、私の意見は違う。


人生を成功させる為に必要な物。


それは運よ。」


いや、そんな元も子も無い…。


「才能が無ければ、特別な何かを持っていなければ報われない世の中。


でも、それがあったとして、確実に報われるとは限らない。」


「それは…まぁ確かにな…。」


「人間は自分の身に何か不幸が訪れる度に自分の無力さを嘆くけれど、それをどうにか出来る力を得たとしてもずっと満たされる訳じゃない。


それが普通になればまた次の不安を探して嘆くだけだもの。」


悲観的ではある物の、言っている事自体はもっともだ。


人に襲う不幸や不安は一度じゃない。


だから過ぎた事はさっさと忘れて、次の不安に目を奪われてしまうのだ。


「私が持つ力、夢幻はそんな人間達に望んだ力を与える為の試練。


もしあなたがその試練を乗り越える事が出来たなら、あなたが望むどんな力でもあげるわ。


でも、乗り越えられなかったら…。」


チラリとそこらの死体に目を向ける彼女。


「彼らのように死ぬまでそこから抜け出せないわ…。」


「…何でも?」


ゴクリと唾を飲み込み、問う。


「えぇ…何でも。


そうね…前例で言えば、一瞬で大金持ちになった人が居たわ…。


恋愛漫画の主人公のように一瞬でモテモテになった人も。


一撃でラスボスを仕留める必殺技を習得する事も出来るわ…。


まぁもっとも…あなたの知る現実ではそれを試す相手なんて居ないでしょうけど。」


「…本当に何でも良いんだな?」


「えぇ…勿論。


ただしさっき言った恋愛漫画の主人公の様になれる力に私を巻き込むつもりなら、容赦はしないけれど…。」


言いながらまるで汚らわしい物を見る様な目を向けてくる彼女。


「いや、しねぇよ!?」


思わず拍子抜けして、普通にツッコんでしまう。


「そう…ここに来た時から私を見る眼差しが気色悪かったからてっきり…。」


こいつ…そう言う部分までバッチリ読んで察してやがったのか…。


しかもその感想。


流石に俺も傷付くぞ…?


「とは言え…。


どちらにしろあなたが無事に試練を乗り越えられれば、の話し。


最初に言っておくけれど、夢幻はそこまで甘くないわよ…?


まぁ…それは私がわざわざ言わなくても周りを見ればそれは充分に分かると思うけれど。」


「そう…だな。」


つまりその試練の中で自殺すれば、傷こそ残らなくても死んだ事になるらしい。


それ程までに彼女が与える試練とやらは厳しいのか。


自ら死を選びたくなる程に。


そう思うと、また体が震える。


「さぁ…それでも力を求める覚悟はある?」


覚悟があるか?


そう聞かれると怖い。


すごく怖い。


でもここで俺が逃げたら、囮になってくれた木葉の気遣いが無駄になってしまう。


早く力を手に入れて、あいつを助けに行こうって、千里にも約束したじゃないか。


「やるよ…。


俺に大切な物を守る力をくれ!」


「…見上げた根性ね…。


これだけ恐怖を植え付けられて尚挑んでくるなんて…。」


戦うって決めたんだ。


占い師が告げた運命だって、覆してやるって誓ったんだ。


もう逃げない。


「良いわ…。


その度胸を買って、試練を与える。」


そう言って彼女は俺に指を向けた。


「夢幻。」


そう彼女が呟いたのを最後に、俺は意識を失ってその場に崩れ落ちた。


そして…一方その頃、階段下では。


「グルル…。」


「ひゃー怖い怖い。


さっさと片付けますか~。」


迫り来る化け物達を眺めながら面倒くさそうに木葉はぼやいていた。


「さてと。」


どこからともなく取り出したヴァイオリンを構え、一睨み。


ジャーンと一音奏でてポーズを決めても、当然の如く化け物は怯まない。


ふっ…決まった。


たっぷりかっこ付けた所でそれを褒めてくれる人は勿論居ない。


いつもならこんな状況を嘆いて歌いながらかっこ付けて泣きたい所だが、そろそろ真面目に戦おうと思う。


再びヴァイオリンを構えて軽く鳴らすと、化け物達が混乱して仲間同士で争い始める。


「こうかはばつぐんだ!


あ、ちょうおんぱはダメージ無いから出ないんだっけ。」


やがて最後の一匹になった所で、


「ていっ!」


思いっきり化け物の頭部にヴァイオリンを叩き付ける。


「ギャン!」


会心の一撃!


化け物は倒れた。


木葉は経験値3を手に入れた。


「え~!?あれだけ居たのにショボい!」


ぶーぶー言いながら、階段に向き直る。


「ん~どうしよっかな~?


キリキリはどうなったんだろ~?


ここで赤ペンキまき散らして姿を消したらなんか感動のシーンっぽくなるかな~?」


などと悪巧みしてみる。


いや、やめとこう。


バレたら本当に殺される…。


とは言え、この階段がどれだけ長いのかはよく知っている。


正直上がるのは面倒なのだが、かといってこのまま一人で帰るのも気が引ける。


それにしても道端にこんな化け物が出るなんて、この街に一体何が起きているんだろう?


やっぱり桐人にも力を手に入れて貰う必要がありそうだ。


はぁ…仕方無いか~。


長い階段を見上げ、深くため息。


二人の事も気になるし、面倒くさいけど上がろう。


と、その時。


化け物1は起き上がり仲間になりたそうにこちらを見ている。


「…。」


会心の一撃!


化け物1は倒れた。


え?


なんで仲間にしなかったのかって?


ちょっと何言ってるか分からないっす。

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