第一章 2

放課後。


職員室に用があった千里に付き添ってから、そのまま二人で一緒にホラー研究会の部室へ向かっていた。


と、言っても千里は部員ではなく部員である俺の同伴な訳だが。


基本、毎日一緒に帰る訳ではないのだが、今日みたいに予定がある日は例外だ。


元々性格や雰囲気にそぐわず怖い物嫌いな千里は、そうでもないとホラー研究会に顔を出さない。


だからと言って終わるまで待たせるのも悪いから、大体は先に帰ってもらっているのだ。


「本当に大丈夫なのか?」


「う、うん。


頑張る。」


うん、目が泳いでる。


とりあえず様子を見て無理そうなら中抜けするかなと思いつつ、実際にはそうなる事をほぼ確信していた。


だってもう今の地点で超が付く程冷や汗かいてるしね…。


ホラー研究会の部室は、旧校舎の四階で一際古さが目立つ会議室(だった場所)にある。


初代の部長がこの場所の雰囲気を大層気に入って部室に選んだらしく、今の世代まで大事に使われているのだそうだ。


「いらっしゃぁぁい…。」


早速部室のドアを開くとさ○子が居た。


しかも結構ガチな奴だこれ。


まず、とても長くてボサボサな黒髪を前に垂らしていて顔は全く見えない。


それだけでもう不気味なのにオマケにぼろ切れを羽織っていてまんまそれ。


そんなのが這いつくばってうめき声をあげながら俺達を見上げているんだ。


「ひっ…い、いやぁぁぁ!」


当然そんな物を間近で見せ付けられたら千里は涙目で大絶叫する訳で。


たまらずドアを閉める。


同時にガン!と言う鈍い音が聞こえたがきっと気のせいだ。


それにしても…これもう帰った方が良くね?


そう思い、ちらっと千里の方に目を向けて目でやめとくか?と問う。


するとぶんぶんと首を振ってそれを否定してくる。


昔から変な所で頑固なんだよなぁ…。


仕方なく再びドアを開く。


「いきなり閉めるかね!」


ぷんすかと言う擬音(多分幻聴)を出しながら、頭にたんこぶが出来たそれは立ち上がって両手を上げている。


そんな様は、さ○こと言うよりはむしろ襲いかかってくるゾンビだ。


でもたんこぶのせいでどうも間抜けに見えてしまうんだよなぁ…。


「急に閉めるからだよ!全く~!」


いや、そりゃ閉めるでしょうよ…。


俺の反応は間違ってないと思うの。


「折角このコスプレを早く見せたかったからこうやってドアの前で待機してたのに~。」


あぁ…なるほど、だからこいつホームルーム終わった瞬間ソッコーで消えたのか。


「あ、いや別にあんたの事なんか待ってないんだからね!


勘違いしないでよね!」


などと思っていると、さ○こが急にツンデレた。


そんな奇妙すぎる誰得なサービス(?)に対してまず最初に俺が思い付いたコメントはこれだ。


「…何やってんだお前…?」


と言うかそれ以上のコメントを思い付かん。


「ぶ~!せっかくおしゃれしてツンデレてあげたのに何そのコメント!」


「俺はさ○こにツンデレを求めてないしそんなのがおしゃれであってたまるか!」


「え~自信あったのにな~。」


コスプレの精度と言う意味でなら自信を持って良いのだろうが、おしゃれと言う意味でなら最悪だぞ…。


まぁどちらにしろ褒めたら調子に乗るから口には出さない訳だが。


とりあえず改めて紹介すると、この馬鹿は俺と千里のクラスメートの染咲木葉。


一応こんなのでもホラー研究会の副部長をやっている。


気分屋で超マイペース。


普段の髪型は首の下辺りまでのストレートなのだが気分屋な性格から、その時の気分によってウイッグでちょこちょこ色んな髪型に変えていたりする。


だから今日はさ○こみたいな髪型にしてると言う訳だ。


「ぷあ~!前髪邪魔だ~!」


…ったのだが、早速それを容赦無く後ろに振り払いやがった。


「どうどう?


部の雰囲気っぽくない?」


「いや、ソッコーで崩してんじゃねぇか…。


そう言うくらいならせめて活動始めるまでは続けろよな…。」


「いや~最初はそのつもりだったんだよ?


本当だよ?」


「思いっきり目が泳いでんだよなー…。」


「お、珍しいな。


今日は彼女と一緒か。」


部室の奥から、この部の部長で俺の親友でもある蟹井健人が茶化してくる。


ちなみにコイツもクラスメイトだ。


「か、かかかか!彼女!?」


おぉう、千里の奴めっちゃ動揺してんじゃねぇか。


「あのな、俺達はそう言うんじゃねぇっていつも言ってるだろ?」


「いやいや、どう見てもそうだろ…。


何、自覚無かったの?」


「いやいやねぇよ…。」


「そんだけ毎日一緒に居て何も無いって事ないだろ…?」


そう言われてもなぁ。


いじられた腹いせに皮肉を言ってやる事にする。


「…じゃぁさ、お前妹いたよな?


妹と毎日一緒に居たらそうなんのかよ?」


実際そう言う感じなのだ。


友達でもなく、近い気もするが親友でもない。


勿論他人でもない。


付き合いが長い分、家族と言うのが一番しっくり来る表現なのだ。


「いやいやいやいやいやいやいや!」


うお、全力否定じゃないっすか。


妹さんが不憫になってくるぞ。


「あのな!流石にその例えはねぇわ!!


俺の妹の可愛げの無さは異常だぞ?


お前、知らねぇだろ!?


妹が可愛いのなんて小学校低学年ぐらいまでだぞ!?


いつまでも可愛い妹なんてマジで二次元だけだからな!?」


終いには熱弁を始めやがった。


あぁあ、変なスイッチ押しちまったなぁ…。


こうなると面倒なのでとりあえず放置する。


さて、とまぁこの部はこんな感じだ。


それにしても…うーむ。


この部の説明をしようとするとどうもホラー要素が伝わらないのは何故だろう…?


いや…まぁ、ちゃんとホラーっぽい事もするんだよ?


ほらほら、部室とかボロくて薄暗くてちょっと不気味なんだよ?


本当だよ?


「さーて、準備しますか!」


最初に動き出したのは木葉だった。


荷物棚(部室として使われるようになってから設置された物で、主に木葉の私物が置かれている。)から燭台と蝋燭を取りだして机に並べ、わざわざ家から持参したらしい暗幕を引く。


「ふんふふーん♪


千里っち、どうどう?


結構雰囲気出てるでしょ!?」


「そうだな、まずはその雰囲気フルシカトの口笛をやめろ。」


「そもそもお前は兄弟居ないんだからその苦労を知らんだろうがな…。」


「で、お前はまだやってたのかよ…。」


「わ…私達はそんな…」


「千里、お前もか…。」


そう言う気分はどこぞの独裁官だ。


もうやだこの部活。


ちなみにこの部にはあともう二人部員が居るのだが、今日は居ないので紹介はまたにしようと思う。


「今日はとっておきの話があるんだー!」


ようやく落ち着いた頃、準備を終えた木葉が軽快な声で言う。


「ほう、聞こうじゃないか。」


こんなグダグダではあるのだが、する話自体はそこそこ怖い。


けして一寸法師が鬼に食われてここは胃とか言うくだらないのじゃない。


と、軽く構えていられるのはここまでだった。


「ねぇ、皆はさ。


死神神社って知ってる?」


その場に居る全員一瞬沈黙。


「なんだよ、その気味悪い名前の神社は。」


俺の問いかけに、木葉は静かに口を開く。


「実際にあるんだよ。


ここからだとちょっと離れてるけどね。」


「ふーん、で?


その神社がどうしたんだよ?」


「まぁさ、名前から何となく穏やかじゃないって言うのは分かると思うんだけど、勿論ちゃんとそう呼ばれる理由があるんだよ。」


「もったいぶんなって。」


「昔、神社が出来る前にその近くに行った人が立て続けに行方不明になる事件があったんだって。


で、今でも見付かってない。」


「んなっ…。」


「神隠しって事か?」


蟹井が聞くと、木葉はそれには答えずに話を続ける。


「でもその中で一人だけ帰って来た人も居たらしくてさ。


その人はこう言ったらしいの。


地獄を見たってね。」


木葉の冷淡な語り口に、ゾクリと寒気を感じ、冷や汗が流れる。


「で、恐れた近隣住民はその近くを立ち入り禁止にしてその近辺に神社を建てたって訳。


それでもまだ今でも行方不明者はちょくちょく出てるらしいよ。」


「確かに不気味な話だな。」


正直、あまりに現実味の無い話で、それ以上のコメントは出てこなかった。


千里に至っては早い段階で固まっていて、呼びかけても返事が無い、屍のようだ。


一方の木葉は、語り終えて満足とばかりに伸びをして、全員分の紅茶を入れ始める。


「おう、すまんな。」


「おうよ~!


まかせとけ~い!」


蟹井が代表して礼を言うと、木葉はいつものように快活に応えてそれぞれに紅茶とお茶菓子を配る。


ちなみにこの西洋風のティーカップもポットも木葉の私物だ。


と言うか、荷物棚の解説でも触れたが、部室にある殆どがこいつの私物なのだ。


本人いわく、雑貨屋巡り(女子が好きそうなおしゃれな感じのではなく、マニアックな品物を多く取り扱う感じの)が趣味らしく、家で使わなくなった物を持って来ているのだとか。


今出されているお茶菓子も、そこで買った物らしいデフォルメされた可愛らしい蝙蝠型のクッキー。


入れた紅茶が紅色を通り越して血の色のように真っ赤なのも仕様なのだが、初めての人にはあまりオススメしない。


実際千里は絵に描いたように真っ青な顔で固まっている。


と言うか本当にこいつさっきからずっと固まりっぱなしだな…。


防御力これ以上上がらないんじゃないか…?


「千里、見た目は…まぁあれだが…味は普通だから見ないようにして飲めよ。」


「う、うん。」


とは言えまぁそろそろ頃合いか。


「悪い蟹井。


これ飲んだら俺らは帰るわ。」


「おう、そんじゃ俺らも解散するかね。」


「そだね~。」


このミーハーさんめっ!


「あ、そう言えばさ~。


今日は珍しく二人一緒だし、この後どっか行くの~?」


俺と蟹井のやり取りを黙って聞いていた木葉が急にニヤニヤしながらこちらに歩み寄ってくる。


「何だよニヤニヤしやがって。」


「ふふふ、良いじゃん良いじゃん~。


お姉さんに話してみ話してみ?」


「同い年だろうが…。」


「キリキリ細かい~。」


「はぁ…何かさ、千里が良く当たるって噂の占いの店に行きたいみたいでさ。」


「え、それってあの話題の奴?良いな~。」


「なんだったらお前らも来るか?」


「え、良いの?」


「別に良いぞ。


なぁ千里。」


「え、あ…うん。」


何でちょっと残念そうなんだよ?


「は~…キリキリの鈍感…。


まぁ良いや。


今回はお言葉に甘えて同行させてもらおうかな~。」


こっちはこっちでなんか軽蔑の眼差しを向けてやがる。


「と言うかその虫みたいな呼び方やめろって言ってるだろ?」


「え~…う~ん。


じゃ~…ばった、帰るよ。」


「さっきより酷くなってんじゃねぇか!」


「みたいじゃなければ良いんでしょ?」


「あほか!」


「おう、盛り上がってるとこすまんが今日は妹にケーキを貢がないと殺されるんだ。


また何かあったら今度は俺も同行させてくれ。」


おぉう、目がマジだ。


さっきは妹さんが不憫に思えたが、今は走り去る蟹井の方がよっぽど不憫に思えるぞ。


とりあえず無事に明日も会える事を祈っておいてやる事にしよう…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る