時間逆行陰キャ無双 十五年下積みした俺がダンジョン出現当時に戻ったら大活躍できちゃいました

鮫島ギザハ

第1話 十五年前


 暗く深い水底で、空気を求めてもがいた。

 いくら暴れても沈むばかりで、遠くで揺らぐ光には届かない。


 窒息する寸前、まるで俺の人生の縮図だな、と思った。

 いつ間違ったんだろう? 友達がいないのを孤高キャラだと言い張ってた子供の頃か?

 ダンジョンが現れて地球が混乱してるからって、もしかして俺でもヒーローになれるかも、なんて思って就職せず探索者を目指した大学時代?

 ダンジョンに滅ぼされつつある世界で、ささやかな幸せを手に入れるチャンスに何回も背を向けた時?

 それとも、いくら努力しても芽が出ないのにしつこく同じことを繰り返してることが、現在進行系で最大の間違いなんだろうか?


 ……少なくとも、日本に戻ってきたのは失敗だった。

 とっくに全土がダンジョン化して、街の廃墟には魑魅魍魎しか残ってない異世界だ。

 俺なんかじゃ、まともな探索者たちのサポート役もこなせなかった。


 結局、なんにもなれなかったな。

 努力したのになあ。

 俺よりずっと若いやつらにスイスイ抜かれて。同い年の皆はどんどん出世していって。

 探索者を辞めた同期も、みんな結婚したり人生の意味を見つけたり、俺よりも充実してて。

 みんな光の中でキラキラ輝いてるのに、俺だけ置いていかれて一人っきり。


 ……寂しい。


 こんなのは嫌だ。苦しい。暗闇で足掻くのはもう嫌だ。

 褒めてほしい。チヤホヤされたい。光のあたる場所へ行きたい。

 ……いや、スポットライトに耐えられるほど強くないけど、せめて焚き火を囲みたい。


「もがっ……」


 最後の力を振り絞って、俺の体に巻き付いた触手を斬りつける。

 刃が立たなかった。いっそう強く水底へと引き込まれる。


 ……これで終わりなんて。どうしてだよ?

 毎日、ヘトヘトになるまで努力したのに。勉強したのに。工夫したのに。

 こんなに苦しんだのに、何も得られないなんて。


 視界が暗くなっていく。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、まだ死にたくない!

 まだ何もしてないのに!


 誰か……誰でもいいから……神様でも悪魔でも宇宙人でもいいから! 助けて!

 もう一度! 一度だけでいいから! 俺に、チャンスを……!



- - -



「……スウウウウッ! ハアアァァァッ!」


 息が、できる?

 俺は頭を上げた。

 そこは教室だった。死後の世界か? 死んだ後まで学校に行かされるのか?

 ここは地獄に違いない。


「おいおい、突然どうした陰野? 夢の中で溺れてたか?」


 皆がクスクス笑っている。やっぱり地獄だ。


「体育祭の練習で疲れてるのは分かるけど、ちゃんと起きとけよ! 罰として、この英文を訳すこと!」


 黒板には"Hard work always pays off whenever fate decides to pay"という文章が書かれていた。


「努力は必ず実を結ぶ、ただし収穫時期は運任せ」


 余計なお世話だ閻魔様。


「……あれ? お前、英語ヘッタクソだったよな? 勉強してたのか? 偉いぞ!」

「日本が国ごと滅びてから海外を転々としてた。そりゃ英語ぐらい覚える」

「いきなりどうした!? 数年遅れの中二病か!?」


 数年遅れの中二病? 数年どころじゃないだろ?


 そういえば、ここは高校か。

 俺の通ってた長谷高校って、こんな感じだったっけ。

 平和な世界だ。瓦礫一つない日本の街並みを、また見れる日が来るなんてな。


 ポケットで何かが震えた。高校の制服をまさぐる。

 古臭いスマホにどうでもいい広告メールが届いていた。


「授業中は電源切っとけよー! さっき正解したから一回は見逃すけど、次は没収な!」


 ……本当は色々と確認したいのに、大人しくスマホの電源を切ってしまった。

 ああ、俺って小市民。


 キンコンカンコン、と授業終わりの鐘が鳴る。懐かしい音だ。


「今日の授業はこれで終わりだな! あとは体育祭のダンス練習だろ? がんばれよ!」

「た、体育祭のダンス……」


 やはりここは地獄に違いない。

 俺が何の悪さをしたっていうんだ! 体育祭のダンス練習をやらされるなんて!

 そんなに悪いことをした覚えなんてないぞ!


 現実逃避でスマホの電源を入れ直す。


「……!?」


 そこに表示されていた文字列を信じられずに、俺は瞼をこすった。


 2023年、10月6日。

 高校の体育祭前日……そして、地球に〈ダンジョン〉が出現する前日。


「まさか」


 いてもたっても居られずに、俺は教室を飛び出した。

 誰も呼び止めない。だって友達のいない陰キャだったから。


 そのまま校門から全力ダッシュで脱走し、懐かしい帰り道を辿る。

 何の変哲もない古めの一軒家が、記憶通りの場所に建っていた。


「……お母さんっ!」

「へ!? どうしたのあゆむ! 学校は!?」

「会いたかった……会いたかったよ……」


 家事をしていた母親に、全力でしがみついた。

 会いたかった。両親が魔物に殺されたあの日から、ずっと。

 俺は元々、復讐のために探索者になったんだ。


「そうだ、お父さんは生きてる!?」

「い、生きてるんじゃないかしら!? 何なの!? 事件でもあったのかしら!?」

「違う、まだ……!」


 事件はまだ起きてないんだ。

 明日。体育祭の真っ最中に校庭へダンジョンが出現し、現れた魔物が大勢を殺す。

 今でも覚えている。あれは〈ガーゴイル〉だった。

 悪魔の石像が俺の両親を宙吊りにして、それで……。


「そうか……本当に、もう一度だけのチャンスが来たのか……」


 ここは地獄なんかじゃない。きっと本当に十五年前の日本だ。

 今ならまだ間に合う。俺の家族や同級生たちが死んでいくのを防げる。

 ……日本の崩壊までは防げないかもしれない。

 経験があったところで、俺はやっぱり天才に追い越されるのかもしれない。

 それでもいい! 俺が活躍できなくたって、一人ぼっちにならずに済むんなら!


「お母さん。家にスコップってあったっけ?」

「小さいやつなら……」

「大きいやつが必要なんだ。今すぐ。買ってくるからお小遣いが欲しい」

「あ、歩? ホントにどうしちゃったの?」

「……未来から戻ってきたって言ったらどうする?」


 お母さんはじっと俺の顔を見た。


「信じるわよ。だって、歩は嘘を言わないもの」


 母さんはお小遣いを渡してくれた。

 ……本当なら、事情なんか何も言わずにごまかす方がいいのかもしれない。

 でも、俺は嘘が嫌いなんだ。


「行ってくる。夜遅くまで帰らないから、よろしく」


 今度こそ、きっと何かを成し遂げてみせる。


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