第35話 手のひら
「どうやらマスターの作戦はうまくいったようですね」
少し遠くから聞こえる爆発音に、砦に残っていた騎士を全部殺した、アレキアがつぶやいた。レイゼルがジャルガを部隊から引き離し、戦線から離脱した後、シャルロッテとアレキアも、こっそり戦線から離脱し、二人で砦にもぐりこんでいたのだ。
アレキアもシャルロッテもアンデットのつけていた甲冑を身に着けていたため、ジャルガが彼女らに気づくこともなかったのである。
「さぁ、王都が異変に気付く前に行きましょう。獣人の国ドベルの王都を秘儀で滅ぼさないと」
そう言ってアレキアはレイゼルからもらった秘儀ブーストの宝珠を手に握る。深淵の迷宮産の秘儀の威力を大幅に増す宝珠で、この宝珠と、英霊化したシャルロッテの味方の秘儀の威力を上げるスキルを使用すれば、城壁に囲まれた獣人の国ドジルの王都も一撃で半壊まで追い込めるだろう。そこで慌てふためいているところに、秘儀を何発か打ち込めば崩壊させられるはず。砦が堕ちた知らせがいってからでは警戒態勢にはいられ、王都に入れなくなり、魔術師たちも対秘儀の結界の強度をあげてしまうだろう。
あちらがまだ油断しているうちに、王都内にもぐりこみ、秘儀を放たないと。
この作戦はスピードが何より大事だ。
「……アレキア、本当に大丈夫ですか? 今度殺すのは騎士ではありません。一般市民です。しかも年端もいかない子供までいる。やはり私がやりましょう」
シャルロッテがアレキアの肩に手を置く。
「いいえ、シャルロッテ。貴方も視たはずです。これから先繰り返される未来。魔王復活とともに闇が溢れ、世界を覆い、それにあてられた生物全てが闇に囚われた。そして奇声をあげながらもがき苦しみ共食いをはじめた。あの地獄を」
そう言ってアレキアは目を伏せる。
――ループ阻止に、失敗した世界では、自分たちが余計な事をしなければ、このような惨たらしい苦しむ死に方をしなかったのでないかというほど、酷い最後を迎える命たち。
このまま生きていたとしても、彼らの未来は明るくない。惨たらしい殺され方をして魔王に吸収され未来永劫魔王の力として解放されることなく魂を束縛され続ける。
「あのような悲劇を繰り返さないためには――何かを犠牲にする勇気も必要です」
魔王をマスターが無事倒したあかつきには再び生を受けるし、もしマスターが失敗したとしても、魂は無事なのだ。マスターのダンジョンから解放されて輪廻の輪に入れる。おそらく巻き戻りもこれで最後になるだろう。
魔王に吸収されて輪廻すら叶わず未来永劫苦しみ続ける死よりも、よほど幸福だろう。それが傲慢な思い上がりの正義でしかないとしても。自分は自分の信じた正義のために剣をふるうまで。レイゼルの英霊になった時点で、覚悟を決めていた。これくらいでくじけられない。
「さぁ、王都を秘儀で破壊しつくしましょう」
アレキアとシャルロッテは走り出した。
★★★
「第八皇子が本当にドベルを堕としただと?」
帝国の帝都にある謁見の間で、部下の報告に皇帝は驚きの声をあげた。
「はい、逆らった見せしめに殺せ。その通りに王都を秘儀で破壊尽くしました」
部下が頭をたれたまま、報告する。
「第八皇子の秘儀はそんなに強いのか!?」
「誰も秘儀を放つ姿を見ていませんが……高レベルの魔族と契約し闇の紋章もちということを考えると、それくらいの力をもっていても不思議ではないかと」
皇帝はその報告にぼすんっと椅子に腰を下ろした。
……まずい。このままでは非常にまずい。
魔族がほしかったのは帝国の皇帝という人間の手駒だ。
それなのに第八皇子がそれを果たしてしまったら、皇帝はいらないという事になってしまう。だが濁水のグーンがキルディスがいるため第八皇子には手を出すなと指定してきたため、勝手に殺すわけにもいかない。
「……くそっ!!! こんな事ならもっと早く殺しておくべきだった」
皇帝がどんっと机を叩くのだった。
★★★
こぽっ
どこかで水疱がはじけた音が聞こえる。
大賢者は目を開けると、見慣れた治療室の景色だった。
どうやらまだ培養液の中にいるようだ。
――はやく目を覚まさないと。
大賢者は手を伸ばし――再び眠りに誘われる。
――駄目だ起きられない。
重くなった瞼に必死に逆らうが意識が遠くなる。
「それはそうでしょう。貴方の意志など関係ないのだから、貴方は必要な時、必要な事をするだけに作られた存在ではありませんか。単なる操り人形が、自らの意思を持とうなどおこがましい」
またもう一人の自分が現れる。
――貴方は何を知っているのです?
「知っている?違いますね。知らないのに知っているふりをしているだけでしょう?ですがそれも仕方ないこと。世界のすべては監視されている。監視されている状態でどれだけ抗ったところですべては無駄になる。例えイレギュラーな存在を招き入れようとも、監視されている世界ではそれすらもレギュラーになってしまう」
もう一人の自分がケラケラ笑いながら言う。
――貴方は一体何が言いたいのですか?
「答えなど知る必要はないでしょう?貴方は踊っていればいい。抗ったつもりで結局操られている。いままでと変わりません。いままでとね。我々は逆らえない。そう――すべては〇◆の手のひらの上なのだから――」
――〇◆?
「知る必要はありません。何も自ら失望する必要もないでしょう?」
そう言って自分は狂気ににた笑みを浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。