第28話 辺境伯

「お嬢様、東部の村の避難が終わりました」


 岩肌がむき出しの山を登っていたラシューラの部隊に、先行していた騎士が戻り報告した。ラシューラたちは獣人を連れて山を登っていた。

 正規のルートでは見つかってしまう恐れがあったため、わざと通りにくい山を選んで獣人の国の砦へと向かったのだ。


「ありがとう、あとはこの子たちだけだわ」


 そう言ってラシューラは20人の獣人たちに視線を向ける。

 獣人の国の砦と一番遠くの村の住人だ。


「それではみなさん、私達ももうすぐです、砦に向かいましょう」


 ラシューラが言うと、獣人たちは頷いた。

 すでにほとんどの獣人たちを砦まで退避させており、これで帝国軍の進軍の犠牲になることもないだろう。


「お嬢様大変です!」


「どうしました?」


「領地が……カンドリアが帝国軍に攻撃を受けています!! もしかしたら我々の行動がばれたのかもしれません!!」


「なんですって!?」


 ラシューラがカンドリアの方に視線を向けると、そこには城壁から火の手が上がっているのが見えるのだった。


★★★


「なぜだ!何故このような事を!!」


 街中に火の手の上がるなかカンドリア辺境伯が叫ぶ。カンドリアを守護する西の砦に帝国兵を中に居れて宿泊場所を提供していた。それなのに寝静まったころ、帝国兵はカンドリア、強いては帝国を守る国境の砦で虐殺を始めたのだ。

 さすがに味方から攻撃されると思っていなかったため、精鋭で知られるカンドリア騎士達も奇襲でかなりの数が命を落としてしまった。


「何故、それはお前が一番よくわかっているのではないか」


 そう言って、屈強な騎士を引き連れてカンドリア辺境伯を取り囲んだ第二皇子がニマニマと水晶を見せる。

 そこに映っていたのは、娘のラシューラが獣人を連れて、西の獣の国の砦に向かう姿だった。


「……まさか」


 カンドリア辺境伯が冷や汗を流す。


「その通り、お前の娘は敵にこちらの襲撃を伝えたばかりではなく、敵に味方したのだ。これで奇襲は不可能になった。そして敵と通じていた罪で、お前達親子を断罪する」


 その言葉にカンドリア辺境伯は、その場にへたり込んだ。


「はーはっは。今更土下座しても遅いぞ。父上はお前を生かすなといっている」


 その言葉に、カンドリア辺境伯は顔を下に向け、「く、くく、くくくく」と笑いだす。


「……なんだ、気でもおかしくなったか?」


 うつむいて、笑い出したカンドリア辺境伯に、第二王子は引きながら、騎士達に槍を向けるように指示する。


「自らの正義を捨てて守ろうとした結果がこれか。愚行、まさしく愚行だっただけではないか! あやつははなから約束を守る気などなかったのだ」


 そう言いながらカンドリア辺境伯が立ち上がり――魔法で槍を出したとたん、カンドリア辺境伯に槍を向けて取り囲んでいた重装備の騎士の首をはねた。


「……なっ!?」


 慌てて、一歩後ずさる第二皇子。


「魔族が動いている以上、この砦の滅びは止められない!だが、このままで終わらせてなるものかっ!!!ペルシ!!貴様に一矢報いてやる!!!」


 叫びとともにカンドリア辺境伯の周りにいた帝国の精鋭部隊は一瞬で消し飛んだ。


「ど、どどどど、どういうことだよ」


 第二皇子はがくがく震えながら、辺境伯がたった一人で精鋭たちを倒していくのを見ていくしかなかった。

 カンドリア辺境伯はたった一人で第二皇子の引き連れてきた騎士団を壊滅させたのだ。


「ロンド!!!!」


 カンドリア辺境伯が叫ぶと、いつからか駆けつけていた辺境伯の右腕の騎士団長、黄金の鎧を着た騎士ロンドが、「はっ」と声をあげる。


「私は娘の所に向かう」


「はい。かしこまりました。わが主よ。ご武運を」


「……お前達には本当にすまないことをした」


「いえ、貴方様が選んだ道ならたとえそれが破滅の道だったとしても、お供できただけで光栄でした」


 そう言って騎士団長ロンドは手を挙げて、辺境伯を門まで誘導し、辺境伯が門からでたのを見送って、砦の中に向き直る。


「さぁ、我が砦にもぐりこんだ子ネズミどもを蹴散らすぞ!我ら黄金の獅子騎士団の名にかけて!!!」


 騎士団長ロンドが叫ぶと、帝国兵に向かって走りだすのだった。



★★★


(……ここまでおおむねゲーム通りだな)


 俺は一連の辺境伯と騎士団長の美しい主従のやり取りを城壁の上から見ながらばりばりと菓子を食っていた。第二皇子に、お前は後方で支援しろといわれて後方に追いやられ、兵士も一人もいないので、のんびり城壁で高みの見物を決め込んでいたのだ。


 辺境伯が四天王ペルシの言う事を聞かなければならなかったのは娘を人質にとられていたからだ。しかもただの人質ではない。

 ペルシの気分次第でいつでも呪われた肉塊にすることができる最悪最低な呪いをかけられているのだ。呪われた肉体はペルシが生きている限り、永遠に激しい苦痛と精神の攻撃に苦しみ続ける。それなのに、自我を失う事もできない、終わることなき永遠の苦痛を味わうという超最悪な呪いなのである。魔族の寿命は一万年以上。辺境伯がペルシに逆らえば、ラシューラは悠久ともいえる年月を苦しみもがく地獄を見続けなければいけなくなってしまう。それゆえ、辺境伯は逆らえなかったのだが――。

 辺境伯は悟ったのだ。

 もうペルシはラシューラを肉塊にするつもりであることを。最初から約束を守るつもりなどなかったことを。だからペルシに一矢報いるためにラシューラの所へ向かった。

 今頃ペルシはラシューラにちょっかいを出している頃だろう。

 ここまではゲームのストーリーと同じ展開だ。

 ペルシの所にはキルディスを向かわせた。あとはあいつが何とかするだろう。


 辺境伯が戦ったことで、息を吹き返したように、帝国兵を撃退していく黄金の騎士団を見ながら俺はにやりと笑う。

 すでにかなりの数の帝国兵を撃退しており、帝国の敗北は確定しただろう。

 魂のすり替えもカルナがうまくやってくれているはず。


 さて、そろそろ無能な第八皇子様は終わりにしようじゃないか。


「それじゃあ、いくぞ、アキレア、シャルロッテ」


 俺が言うと、背後にいる黒い甲冑に身を包んで顔を隠した状態の二人が「はいっ」「畏まりました」と返事をした。

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