異世界転生したらピッチングマシンだった。

Leiren Storathijs

プロローグ

 俺の名前は野田のだ 球磨きゅうま。大卒の28歳。バッティングセンターで球拾いと磨きをしている極普通のバイトだ。

 それ以外はほつれた球の修理やセンター内の清掃。そんな感じ。


 俺が働くセンターは一応バイトを募集しているようだが、募集を始めてから3年経っても結局俺しか集まらず、店長と俺の二人で経営している。

 そのおかげか俺の仕事上の人間関係は50歳を超えているおっさんの店長しかおらず、またこの店長は障のない性格のおかげで、なかなかいい関係を持っている。

 というか、バイトが俺しかいないという状況でも辞めずに3年も続けていることが単純に嬉しいらしい。


 そうしている俺は、なぜこの仕事を続けているのかと言えば、正直言って何故なのか分からない。

 ただお金を稼ぎたいから、丁度募集をしていたセンターに採用してもらっただけで、きっと他にも来てくれるだろうと信じて働いていたら、あっという間に3年過ぎていたと言う訳だ。


「それじゃあ野田君、あとは球拾いと磨き終わらせてくれたら今日は帰って良いよ。私は先に失礼するよ。お疲れ様」


「わかりました。お疲れ様です」


 時刻は午後10時。都内のバッティングセンターの割にここは早く閉まる。

 まぁそれも人がいないのが理由だろうが。


 俺は店長に最後の指示をもらうと挨拶をして先に帰る店長を見送った。

 センターの鍵は合鍵を渡されており、仕事が終わったら必ず鍵を閉めている。

 ここのセンターは打撃場の天井が吹き抜けになっており、夜になると綺麗な夜空が見える。ただ風も直に入るので夜の作業はかなり寒い。


 だがら俺は店長が帰るのを確認すると、一度更衣室に戻って防寒着を来てから作業を始める。

 さて、まずは打撃場のボール拾いだ。とその前に、全てのピッチングマシンの電源を切る。と言ってもわざわざ全てのマシンを一つ一つ電源を下すのは面倒なので、ブレーカーごと落とす。

 こうすれば一斉に電源が落ちるので手間が省ける。


「さて、始めるか……」


 打撃場に落ちているボールは全部で大体100以上ありカゴを持ちながら拾う訳だが、カゴにボールを入れるたびにカゴも重くなるので、拾うだけでもかなり疲れる。

 そうして約1時間と少しで最後のボールを拾い終える。


「よっし……あとは磨くだけだなぁ。はぁ……やっぱり人はこう言う時には必要だよなぁ。一人じゃキツイ……」


 これは毎度拾う度に思っていることで、思わず今日に限って独り言で呟く。

 俺はボールを拾い終えると、ぐっと背伸びをしてから溜息を吐く。

 しゃがみ作業で凝った腰を叩き、あとは磨くことに気合を入れる。


 しかしそこで俺はマシンの方で不穏な音を聞いた。

 それはマシンがボールを発射する際に動くのモーターの音と、ボールがセットされる音。

 ブレーカーは落としたはずだからマシンは動くはずがないと思っていたのに、その音に俺はマシンの方へ振り向く。


「あれ……? なんで動いて……」


 次の瞬間、マシンから凄まじい速度でボールが発射された。

 動くわけが無いという考えと、何故動いているのかという疑問に一瞬硬直俺に向かって。

 完全にボールを避けようとする思考は一切働かず、ボールは俺の額に直撃した。


 このマシンを最後に動かしていた客は一体何キロに設定していたのか。

 頭の中で何かが割れる音が響けば、俺の視界は一瞬で暗転した。

 それから不思議と一切の痛みは感じず、意識を落とした。


◆◇◆◇◆◇


 それから体感数秒後。俺は激しい頭痛で目を覚ます。


「い"っでぇ……ッ! ったく、なんで動いて……あれ?」


 すぐ俺の視界はクリアに映し出されたと思えば、辺りを見回せば何故か俺は1本の木の側と、地平線まで見える草原のど真ん中にいた。


「は……?」


 最初は夢かと思った。だがふと感じる風の嫌にリアルな涼しさにそこが現実だとすぐに確信させた。


「どこだここ……?」


 ただただ訳が分からない。たしか俺は何故か動いていたピッチングマシンによって気絶させられたことは覚えている。

 だが、目を覚ましたら草原のど真ん中。

 日本にもただっ広い草原のような自然公園はあるにはあるが、地平線が見えるほどの広い草原は見たことが無い。


 全く訳が分からないが、もし俺が誘拐されたという前提で考えても、草原のど真ん中はさらに意味が分からない。

 ただ俺は特に混乱はしなかった。と言っても落ち着いている訳ではないが、視界に映る無限の草原が逆に俺の精神を安定させていた。


「ったく意味が分からねえ……とりあえず目印でも探すか」


 そう考えて俺は足を動かそうとすると、なぜか動けなかった。


「あれ……? は……?? なにこれ???」


 足が動かない。ふと足元を見る、身体を見る。俺はピッチングマシンだった。

 3段階に分けて俺は初めてここでめちゃくちゃ混乱する。


「え"っ!? なにこれ!!??」


 最早それしか言葉が出てこない。マジでなんだよこれ。

 そうすると俺の言葉に呼応するように、俺の目の前に青い文字の浮かんだ画面のようなものが出てきた。


──────────────────

名前:野田のだ 球磨きゅうま(本名)

年齢:28

職業:バイト

種族:ピッチングマシン

型番:NODAノダ VIDOFNIRヴィゾーヴニル S-1600H

所持品:硬式ボール[10]


Lv:1

スキル:

・ボール発射(最大時速60km)

・ストレート

──────────────────


「はぁっ!? なんだよこれ! ますます意味分かんねえ!!」


 ピッチングマシンだから型番があることはなんとなく分かるが、レベル? スキル? ゲームかよ!!

 おいおいおい……何がどうなってんだよおおおおお!!

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