ゆれろ、ゆれろ2

「ゆれろ、ゆれろ、舟ゆれろ」


 震える声で少女が唱える。

 次の瞬間、小舟が左右に揺れた。

 少女がバランスを崩したのだ。


 転びそうになるのを堪えて、少女は小舟の上に立つ。

 そこへ少し大きな波が押し寄せて、舟は前後に大きく揺れた。


「きゃっ……」


 舟のへりに手をついてかがみ込んだ。

 離れた位置からその様子を見守っていたもう一隻の舟から舌打ちが聞こえる。


 少女が乗る小舟より二回りほど大きな船には、三人の男が乗っていた。

 村長と神主と、少女の父親だった。


「ゆれろ、ゆれろ、舟ゆれろ」


 三人の大人に見つめられながら少女は繰り返す。


「お願い……ゆれて……!」


 少女の口から切実な祈りの言葉が漏れる。

 ところが、少女の願いは聞き届けられなかったらしい。


「ゆれろ、ゆれろ、舟ゆれろ!

 ゆれろ、ゆれろ、舟ゆれろっ!!」


 少女は何度も繰り返す。

 その声はいつしか悲痛な叫びに変わっていた。

 波は穏やかで、小舟はわずかに揺れるばかりだ。


「……駄目だな」


 少女の様子を見ていた村長がポツリと漏らす。

 大人たちが乗る舟が少女の小舟にすーっと近付くと、少女の父親が舟を漕いでいたかいで少女の背中を突いた。


 元々不安定だった少女の体はバランスを失い、吸い込まれるように海に落ちた。

 一拍置いて大きな飛沫が上がる。


「済まない」


 どうにかして浮上しようとする少女の頭を父親が持つ櫂が打ち据える。

 しばらくすると少女は完全に海中に沈み、海は再び静かになった。


「帰ろう」


 村長の言葉に促され、大人たちが乗る舟が海面を滑り出した。

 櫂は本来の役割を取り戻し、その場には少女が乗っていた小舟だけが残された。

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