19色 マルとクロロン 前編

「おや?あれは確か」


 私は実家のある商店街をぶらぶらと歩いていると見覚えのある髪がクルクルと跳ねている緑のパーカーを着ている少年を見つけた。


「こんにちは、こんなとこで会うなんて奇遇ですね」


 私が声を掛けるとテンパ少年はこちらに気が付き少し驚きながらも挨拶を返してくれる。


「あ、こんにちは。えーっとたしか『マルモリ』さんでしたっけ?」

「丸内です」

「す、すいません!昔やってたドラマのうたの名前と間違えました」

「それは『マル・モリ』ですね」

「人の名前を覚えるの苦手で申し訳ないです」


 テンパ少年は頬を掻きながら「…ハハハ」と苦笑いしながら申し訳なさそうに云う。


「まあ、会ったのはクーの時とアノ件の二度なので仕方ないですよ『ナチュラルテンパボーイ』くん」

「みどりかぜくうたです」


 おっと、私も人のことがいえなかったようですね。


「ところで今日はどうしてこちらに?買い物ですか?それともメガネくんにでも会いに来たんですか?」


 確か彼とメガネくんは友人同士だったと思われますからね。


「いえ、ちょっと喫茶店とかそういった所に行こうかなと思って」

「わざわざ隣町まで足を運んだんですか?」

「はい、なんとなくですけど、散歩がてらいろいろと商店街もみようと思いまして」

「なるほど、そういうことでしたらオススメの場所を紹介しますので良かったら一緒にお茶でもしませんか?」

「え!?いいんですか!?」

「はい、ある意味ここは私のホームなので観光案内の人とでも思って頂ければ」

「ぼくなんかのために貴重な時間を使っていただいてありがとうございます」


 テンパ少年は律儀に頭を下げる。


「お礼はいいですよ。それに貴方と話してみたいと思っていたので」

「え?ぼくとですか?」


 彼はキョトンとする。


「はい、それと私は癖ですけど、敬語を使わなくても大丈夫ですよ」

「いいんで…かな?」


 少年は敬語とため口が混ざった返しをする。


「徐々に慣れていけばいいですよ」

「は…うん、わかりま…たよ」


 私は彼を行きつけの場所に案内した。


 お店の前に着くと私は入口のドアを開けて中に入る。


「いらっしゃいま…ってアナタまたきたの?」


 私を認識すると彼女はとても怪訝そうにいう。


「そんなに嫌がらないで下さいよ。今日はちゃんとしたお客さんを連れてきたんですから」


 彼女ことスミレは私の後ろにいる少年に眼を向ける。


「アナタ誰?」

「あ、えっと」

「ちょっとスミレお客様に失礼ですよ。彼は私の親友の友人のナチュラルテンパボーイくんです」

「みどりかぜくうたです」

「ワタシの云えたことではないけど失礼にも程があるわね」


 おっと、またやってしまったみたいです。


「コホン…これは度々失礼しました。気を取り直してまずは席にでも座りましょうか」


 咳ばらいをして誤魔化すとスミレは席に案内してくれた。


「先程は失礼しました。私どうしても昔から人の名前を覚えるのが苦手でして」


 私は席に着くなり彼に頭を下げる。


「大丈夫ですよ。ぼくも人の名前とか覚えるのが苦手だから気持ちはわかるよ」


 彼もとい緑風くんは両手を前に振り全然大丈夫といってくれる。


「ここってケーキ屋さんかな?」


 上着を二枚脱いで椅子に掛けて座ると彼は疑問に思ったのか聞いてくる。


「はい、メインはケーキ屋ですが、少しだけお店に喫茶スペースを設けているんです」


 私は彼に説明するが、彼がお店の内装を気になった様に私も彼の服装が気になってしまった。


 いや、別にいけないという訳ではないのですが、まさかのダブルパーカーだったとは…しかも、さらに中にフード付きの服を着ていると…ということはトリプルフードですか?それでも控え目にいってあれですが、さらに問題は中の服のイラストと文字が気になり過ぎる。


 えーっと、文字の方はローマ字で服のド真中に『KOUHIIWORLD』って書いてありますけど、ワールドはしっかり英語なのになんでコーヒーだけローマ字にしただけなんですか?

 しかもですよ、円で書かれているその文字の中に謎の黒い物体に顔がありに申し訳程度に手足の様なモノが付いる謎の生物がいます。


 なんですかそれ?


「あの、非常に聞きにくいのですが、その服に描かれている謎の黒い生物はなんですか?」


 謎が解けなくて私は思い切って聞いてみる。


「コーヒーゼリーくんだよ」


 ええ!?それコーヒーゼリーなんですか!?しかも、ほぼ答えが書いてあっての滅茶苦茶安直じゃないですか。


 失礼ながら超絶ダサイです。ですが、逆に似合っていると思ってしまうのは彼が童顔の可愛らしい顔をしているからでしょうか?


「そちらの服は御自分で選ばれたんですか?」

「ううん、かーさんがぼくに似合うと思うってすごいうれしそうに買ってきてくれたんだ」


 まさかの母親セレクションでしたか…。


 それを屈託のない笑顔で話されたら口が裂けてもダサイなんて云えない。


「注文は決まったかしら」


 私が心の中の葛藤をしているとスミレが注文を取りにきた。


「あ、では、私は紅茶とアップルパイをお願いします。緑風くんはどうしますか?」

「えーっと、どうしようかな?」


 私は慣れた感じで注文を済ますが、はじめての彼はメニューをみて悩んでいる。


「焦らなくてもいいですよ」

「う、うん」


 ふと、スミレの方を観ると彼の服をみて何か云いたそうな顔をしていた。


「なに?その服ダ…」

「ヘアイ!!」

「!?」


 私のセンサーが反応して光の如し速さでスミレをお店の端に移動させる。


「な、なによ!?」


 突然の私の行動にスミレは驚く。


「スミレ口が裂けてもそれは言ってはいけません」


 彼女の両肩に手を置き訴える。


「はあ?なんでよ?」

「観て下さい。あのクリクリした純粋な瞳を」


 私はキョトンとした表情でこちらを観ている緑風くんをスミレにみせるとこちらと眼があった彼は可愛らしい笑顔を向ける。


「解りますかそういうことです」

「はあ…わかったわよ」


 スミレは私の説得に溜息を付きながら納得してくれたみたいです。


「すみませんね。ちょっとした世間話をしてました」


 席に戻った私は不審な挙動をしたことを誤魔化す様に云う。


「全然大丈夫だよ。逆に戻ってきて大丈夫だったかな?大事な話じゃなかったかな?」


 私の言葉を信じた緑風くんはこちらを心配してくれるが半分嘘なので良心が痛い。


「はい、問題ありません。注文は決まりましたか?」

「うん、えっと…注文いいですか?」

「ええ」


 緑風くんはスミレに確認するとメニューをみながら注文の品を口にする。


「コーヒーとコーヒーゼリーをお願いします」

「コーヒーオブコーヒー」


 恐らく一ミリもボケていないのは分かっているのですが、思わずツッコミを入れてしまった。


「フレッシュなどはお付けしますか?」


 スミレはお客様ということで一応丁寧に対応をしてくれる。


「ブラックでお願いします」

「渋いですね」


 顔に似合わず渋い注文をしたので思わず声に出してしまう。


「ブラックが飲めるなんて大人ですね」

「うん、飲めたほうがカッコイイかなと思って」


 理由が可愛い。


「ご注文は以上でいいかしら?」

「はい、ではお願いします」

「はい、大丈夫です」


 互いに返事をするとスミレは厨房に向かっていった。


「緑風くんはよく一人でお出掛けなどをされるんですか?」 

 

 注文の品がくるまでしばらく掛かりそうなので緑風くんに会話を振ってみることにする。


「よくっていうか実はあまりお出かけをしたことがないんだよね」

「え?そうなんですか?」


 意外な返しに少し驚く。


「うん、ぼくって自分でいうのもなんだけど昔からカラダが弱くてあまり外に出かけたことがなかったんだけど、ここ最近調子がよくてそれでいろいろ外の世界をみてみたいと思ってこの町まで来てみたんだ」


 そうでした。私としたことがそのことを忘れていたとは迂闊でした。


 彼のことは少しだけですが、先輩から伺っていたのに気にしていないかもしれませんが失言でした。


「あまり聞くのもいけないかもしれませんが一つ質問いいですか?」

「うんいいよ」

「今、楽しいですか?」

「え?」


 私の不躾な質問に緑風くんは当然呆然とする。

 

 この質問に深い意味はありません。強いて云うなら興味本位ですね。


「すみません。突然過ぎますよね。深い意味ではなくて少しだけですが、貴方のことは先輩やアカリから聞いていて、アカリがとても優しくていつも楽しそうにしていて一緒にいて楽しいって云っていたのでちょっと緑風空太という一人の人が気になったんです」


 緑風くんは「はあ?」と首を横に傾げる。


「まあ、私の家族が探偵をしているので私もそれで少し気になってしまったと云うことですね」


 私は簡潔に説明すると納得したのか彼は口を開く。


「いろのさんにそうやっていってもらえていたなんて恥ずかしいけど嬉しいな」


 彼は恥ずかしそうに頬を掻く。


「『今』が楽しいかの質問についてはイエスだけど状況によってはノーかな」

「それはどういう意味でしょうか?」

「正直ぼくは自分の性格が好きじゃなかったんだよね」

「!?」


 私の問いに彼は少し哀しそうな顔をしながら返す。


「それは、『過去』が関係しているということでしょうか?」

「うーん、そうだね。たしか、まるうちさんってしょうくんと知り合いだったよね?」


 しょうくんとは恐らくマロン先輩のことですね。


「はい、尊敬する先輩ですね」

「だったらすこしだけ聞いてるかもしれないけどぼくの話を聞いてもらってもいいかな?」

「構いません」


 私は承諾する。


「なんで自分の性格が好きじゃなかったかというとね。なんていったらいいかな~えーと、あっそうだ、よくいわれたのが『へらへらしていてムカツク』かな」

「…」

「ぼくは本当にバカにしていないのにバカにしてる裏があるとよくいわれちゃってね。だけど、ぼくはこれが本当の性格だしぼくはバカだから沢山嫌なことをされちゃったんだけど、どうしていいのかわからなくて本当はすごく傷ついたけど『気にしていないフリ』をしたんだよね。だけど、逆にそれが気持ち悪かったみたいで本当にどうしたらいいかわからなかったんだよね。それと、ぼく自身のすべてを否定されたみたいですごく哀しかったんだ」 

「……」


 私は静かに彼の胸の内を聞く。

 

 これは私の唯の勘ですが、恐らく彼とアカリは『同じタイプの人』だと思います。アカリも自分をバカとかドジと云っていますが別に彼女を見下したいからトモダチになったのではなく私がアカリを親友だと認めたのは何か『人を惹きつけるチカラ』を感じたからです。何を云っているんだと思うかも知れませんが考えてみてください。例えば、とある有名人や歴史の人物を人々が『惹きつける何かを感じた』と言葉にするのと同じです。しかし、それが必ずしもいいことではありません。『善意あるもの』を惹きつけるか『悪意あるもの』を惹きつけるかで人生は大きく変わってしまいます。恐らく彼の場合が『後者』だったと思われます。彼はその『悪意あるもの』に相当酷い目に遭わされたのでしょう…。だから、純粋に楽しそうにしているのに時折『哀しそうで何かに脅えている眼』をしているのだと思われます。


「でも、いろのさんはぼくを否定しなくてむしろ認めてくれたんだよね」

「アカリがですか?」

「もちろん家族や幼馴染のみっくんはぼくのことを受け入れてくれてるんだけど、ぼくって小さい時の知り合いしかトモダチや信頼出来る人がいなかったんだよね」

「しかしアカリは違ったと」

「うん、いろのさんとはカーミン魔導学園からの付き合いだけどみっくん以降のトモダチってあまりいなかったんだよね。それと、いたとしてもみんな離れていっちゃったんだ。でも、いろのさんは今までの人とは違って信用出来る気がしたんだ」


 彼は嘘一つない言葉を口にしているのが解った。


「確証は正直ないけどね」


 彼は締まらないけど真実を口にしていた。


「やはりそうでしたね」


 私は顎に手を当てながら笑う。


「え?」

「アカリの云った通り君は誰より優しいってことですよ」

「ぼくが?」


 彼は私の言葉を理解出来ていないのか頭にハテナを浮かべていた。


「あっそうだ、今話したこといろのさんには内緒にしてもらってもいいかな?」

「それはなぜでしょうか?」

「ちょっと恥ずかしいからかな」


 彼は恥ずかしそうにそういった。


「わかりました。アカリには内緒にしておきましょう」

「ありがとう」

「おまたせしました」


 彼の話が一段落したところで丁度注文の品が運ばれてきた。


 コーヒーゼリーをみて緑風くんは眼を輝かせて本当に幸せそうに食べていた。


 お茶をしながら色々な話をしてもうそろそろお店を出ることにすると彼がお手洗いの為に一度席を外したところでスミレが空いたお皿などを下げにきた。


「スミレ先程はありがとうございました」

「なんのことよ?」


 私はお礼を一言口にするが彼女は何のことか分かっていない様子。


「緑風くんの話が終わるのを待っていてくれたんですよね?」

「!?」


 私の言葉に彼女は驚きの表情になる。


「なにいってるのかしら?」


 スミレはそっぽを向き誤魔化す。


「飲み物は淹れる時間があったとしてもケーキは元々作っていたのを持ってくるだけですので数分程しか掛からないはずです。ですので、彼の話を切らない様に待っていてくれたのだと私は推測しました」

「たまたまよ」


 しかし、スミレはまた誤魔化す。


「おかしいですね。いつも私が来たときは5分も掛からないはずなんですが、それもたまたまですか?」

「うっ…」


 私が悪戯っぽくいうとスミレは小さく唸る。 


「考え過ぎよ」 


 観念したのか諦めたのか髪をかきあげながら、そう一言だけ云う。


「それと、なんとなくだけど似てたのよ…センパイに…」

「リュイ先輩にですか?」

「わからないけどなんとなく雰囲気がね」


 スミレは確信はないけどそう感じたらしいです。


「まあ、わからなくはないです」


 私もそれに賛同する。


「ここまで云わせたならひとつだけいいかしら?」

「ん?なんですか?」


 スミレから私に話掛けるとは珍しい。


「あんなに美味しそうに…幸せそうに食べてくれて…『ありがとう』って伝えてくれないかしら?」

「!?」


 今度は私が驚いてしまう。


「馬鹿にする訳ではありませんが、スミレからそんなことを云うなんて珍しいですね」

「わ、わるい?」

「いえ、でしたら自分で伝えた方がいいんじゃないでしょうか?」

「黙っていればいいことを詮索した罰よ」


 おっと、これは一本取られましたね。


「分かりました。これでおあいこですね」

「そうゆうことにしといてあげるわ」


 スミレは悪戯っぽく笑うと食器を持って厨房に姿を消した。それと、入れ替わる感じで緑風くんが戻ってきた。


「ごめん。またせちゃったね」

「いえ、大丈夫ですよ。では、行きましょうか」


 私は伝票を手に取り席を立つ。


「あ、お金渡すね」

「ここは私が持ちます」

「え、それはわるいよ」

「全然いいですよ」

「それに男のぼくが女性にお金を出させるなんてカッコわるいな」


 緑風くんは申し訳なさそうに云う。


「そうですね。なら、代わりに私のお願いを聞いてもらってもいいですか?」

「おねがい?」

「今回は私が出す代わりにこのお店のリピーターになるというのはどうでしょうか?」

「りぴーたー?」

「つまりまた来るということです」


 それならスミレの言葉も私から伝えなくても伝わるはずですよね。


「それでいいならいいのかな?」

 緑風くんは納得していいのかと頭を悩ませていた。

「コーヒーゼリーの味はどうでしたか?」

「すっごいおいしかったよ」

 私の問いかけに眼を輝かせながら返事をする。

「それをまた食べれるなら一石二鳥ですよね?」

「そうゆうことならわかったよ。ありがとうまるうちさん」


 私の口車に乗せられる感じになってしまいましたが納得してくれたみたいです。


「ごちそうさまでした」


 私がお会計を済ますとその隣で緑風くんは律儀に私とスミレに頭を下げる。


「ねえ」


 お店を後にしようと入口のドアに手をかけたところでスミレに呼び止められた。


「どうかしましたか?スミレ」

「アナタには用はないわよ」


 私は冷たくあしらわれてしまう。


 私じゃないということはと思い隣の緑風くんに眼を向ける。


「アナタよ」

「え、ぼくですか?」


 突然声を掛けられた緑風くんは驚く。


「………」


 スミレの冷たい眼が緑風くんを捕えている。


「あ、あの…なんでしょうか?」


 緑風くんは少し怯えながらスミレに聞き返す。


「またのご来店お待ちしております」

「え?」


 スミレの予想外の言葉に緑風くんもだが私も驚いた。まさか、スミレがそんなことを云うなんて。


「はい、絶対またきます」


 ポカンとしていたけど緑風くんは元気よくスミレにそう伝える。


「ええ、待ってるわ」


 緑風くんの言葉にスミレはそっぽを向きながら返すが少し嬉しそうに微笑んでいるようにみえた。



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