16色 アップルドロップ
「失礼します」
私はマロン先輩のいる教室の扉をノックしてスライド式の扉を開け教室の中を覗くとマロン先輩は本棚の前の脚立に座っていた。
「よく来たね林檎くん入りたまえ」
私に気が付くと教室に入る様に促して脚立から降りた。
「今日はワタシに何か用かな?」
相変わらず子供の様な見た目から放たれるとてつもなく低くて渋いかっこいい声の破壊力は凄まじいです。
「はい、この前お借りした本を返しにきました」
「わざわざ足を運んでくれてすまないね」
「いえ、お借りした立場なので当然です」
私は鞄から借りていた本を出して先輩に渡す。
「林檎くん謎が解けていない顔をしているね」
「え?」
私から本を受け取ったマロン先輩が突然私に云い放つ。
「そんな顔してました?」
私自身どんな顔をしているか気付いていなくて先輩に聞く。
「ああ、していたよ。『まだ、喉に何か引っかかっているような気がする』そんな顔だね」
「はは…そんな顔をしていたんですね…はい、恐らくその通りかもしれません」
私は乾いた笑いを出しながら答える。
「あの、マロン先輩聞いて欲しい話があるんですけどお時間頂けますか?」
この謎の感覚を話せば少しは解消出来るかもしれないと思った私は先輩に思い切って聞いてみる。
「ああ、別に構わないよ。それになかなか興味深い話が聴けそうだね」
察しのいい先輩は二つ返事で了承してくれた。
「ありがとうございます」
先輩に一言お礼を云うと私は試練のことを話した。
「なるほど、かなり特別な体験をしたんだね」
実に面白いと云い先輩はコーヒーを口に運ぶ。
「はい、今生きてるのが奇跡なんじゃないかってぐらいです」
一通り話終えて私も先輩の淹れてくれたコーヒーを口にする。
「恐らくだが林檎くん、キミの推測は当たっていると思うよ」
「え?」
マロン先輩はコップを机に置くと私にそう告げる。
「あれ?私自分の推測を口にしましたっけ?」
驚いた私は先輩に聞き返す。
「いや、口にはしていないが、話の内容を聞く限りキミならそう考えるんじゃないかと思ってね」
「やはり先輩はすごいですね。そこまで解ってしまうなんて」
「まあ、研究柄人の考えていることを推測出来てしまうものでね。不気味ですまないね」
「いえ、寧ろ羨ましいです。私のおじいちゃんも職業柄そういった能力に優れていますが、私も見習いたいと思っています。それともうひとつ」
私はさっきから私の周りをウヨウヨと浮きながら周っている人物に目を向ける。
「先輩のスルースキル私も欲しいですね。さっきから視界が鬱陶しくて」
ついにガマン出来なくなり彼に声をかける。
「いや、私も気にならなかった訳ではないのだがね」
「えー!?ヒドイなー今までボクのことを気づいていて無視してたってこと?」
「いや、逆に何故気付かれてないと思ったんですか?」
私は終始浮き続けるノワルに向かってチョップをかますが避けられてしまう。
「しまった!つい避けちゃった…マルちゃんのチョップなんてご褒美じゃないか」
「よし、次は避けないでくださいよ。ダイナミックチョップをかましてやりますから」
「あははは!それ喰らったらボクの頭陥没しそうだねー♪」
ノワルはケラケラと笑いながら少し高めに浮き上がる。
「コノヤロー!逃げるんじゃねえですよ」
「相変わらずキミ達は面白いね」
騒いでいた私達にマロン先輩が云う。
「あ!すみません!騒がしくしてしまって」
騒がしくしてしまっていたことに気づいた私は先輩に頭を下げる。
「そうだよ。マルちゃん反省してね」
何故か私の前で腕組をしだしたノワルに少しイラッとした私は無言の高速チョップを繰り出すがそれもかわされてしまう。
「ノワル、私のこの手がパーの内に当たっておくことをおすすめしますよ」
私はノワルに笑顔で云う。
「そうしないとどうなるの?」
「その内グーに変わります」
「殴る気満々だね」
「ところでマロちゃん」
「ちょ、話を逸らす気ですね」
私の会話を逸らしノワルはマロン先輩に話を振る。
「何だい?」
「このマロちゃんの教室って色々なモノがあっておもしろいねー」
ノワルはふわふわと本棚に近づき本を眺める。
「まあ、確かにとても興味深いモノが沢山ありますね」
ノワルの考えに賛同するのは癪ですが私も沢山の本が並べられている本棚をみる。
「あくまでこの教室は借り物だがね。キミ達の知っての通りこの学園は少し『変わった人材』を集めているからね」
おっと、今更ですが私の通う学園の説明をしていませんでしたね。
マロン先輩の云う通り、私の通うこのセーラン魔導学園は一癖も二癖もある人が数多く通っています。私と幼馴染のトウマくんスミレにリュイ先輩の様に実家が近くにあるという理由で通う人もいますが、マロン先輩の場合は実家が隣町のカーミンですが研究の為に学校に住み込みで通っていたりノワルの場合は住み着いています。ノワルはこの町からさらに離れた町の出身なのですが観ての通り常時ずっと浮いている不思議な人なので学園からスカウトという形で入学したみたいです。ノワルの浮いている理由についてはまた後日語るとして多方面の才能を磨けるまたは研究の為の学校として外では有名みたいですね。
「マロちゃん一つ質問してもいいかな?」
「構わないよ」
「ボクって色々な人にかわってるーっていわれるんだよねーまあ、自分が変な奴だって自覚はあるんだけどーマロちゃんもそんなこといわれたりするのー?そういう時ってキミはどんな気持ちなのかな?」
何時もの様に陽気に笑いながらノワルは云う。
「ノワル何故そのような質問を?」
ノワルにしては質問?というよりは悩み相談みたいなことを言い出し、私は何故急にそんなことを云うのかと気になった。
「そうだね。では、私の個人的考えを答えようか」
マロン先輩は私から返された本を開く。
「この本に限らず研究や実験などの本を執筆した人物の事を世間の人達は変わりモノと云うがそれを私に置き換えて聞いてくれるかい?」
「はい」
「………」
「ワタシのやっていることは普通じゃない。普通そんなことはしない。普通考えないとワタシを変わりモノだと奇妙な眼でみる人も沢山いた。しかし、ワタシはこう思うんだ」
マロン先輩は本を閉じると静かな声だけどとても意志の籠った眼を私に向けながら云う。
「『君の普通で普通を語るな 世の中普通な人間なんて存在しないのさ』」
「!?」
その言葉が私の胸の奥にグッとくる感覚がする。
「これはあくまでワタシの持論だが、例えば、九人の人がいたとしよう敢えて十人ではなく何故九人にしたか解るかい?」
「それは『真ん中の人』を例える為でしょうか?」
「ご名答、その通りだ。九人いたとしたら真ん中の五の人が普通ということになる。しかし、よく考えてみてくれたまえ九人中五番目の人は一人しかいないんだ。当たり前のことをいっているかもしれないが何かおかしく思わないかい?」
「確かに普通のことをいっている様に聞こえますが、そうなると残りの八人が普通じゃないという捉え方も出来ます」
「そう、ワタシのこの考え方を否定する人もいるだろう。だが、それでも構わないさ、寧ろそうだろう、自分の思っている考えつまり『普通』と他人の『普通』は違っていて当たり前だからね」
「他人と自分の違いと向き合うのが大切ということですね」
「ああ、自分の生き方や考え方を否定されることもあるだろう。だが、逆に自分の意見に賛同してくれる人も必ずいることを忘れないでいてほしいね」
「はい」
「………ふーん、そういう考えね」
「野和くんキミは変わっているが、それは『個性』つまり自分を表す『象徴』だ。それに誇りを持てばいいとワタシは思うよ」
ノワルは何故か黙ったまま何も云わない。
「まあ、私が貴方と関わるのは嫌いじゃないからですよ」
「だよねー♪やっぱりボクってマルちゃんに好かれていたんだねー♪」
私は少し元気になってもらおうと云った言葉にノワルは嬉しそうにする。
「間違ってはいませんが解釈違いはしないでくださいよ」
「そうだね。ここまで話したならもう少しだけワタシの話を聞いてくれないかい?」
調子に乗り過ぎない様にノワルを咎めていると先輩からその様なことを云われる。
「はい。構いません。寧ろ先輩のお話が聞けるなんて光栄です」
「それを、云ってくれるとありがたいね」
コップを手に取り一口コーヒーを口にすると先輩は話はじめる。
「ワタシがこの様に考えることになったのは数年前のある出来事があってね。そこで出会った一人の少年と話したことがきっかけなんだ」
「数年前ということはこの学園に入学する前のことですか?」
「ああ、ワタシはその時期研究に没頭するあまり体調を崩してしまって数日程入院することになってしまってね。そこで同じ病室になった一人の少年と出会ったんだ。その少年はとても穏やかで心優しい少年でね、昔からカラダが弱くてよく入退院を繰り返していたらしいんだ。その時は持病の喘息で入院していたらしいんだが、肺炎や一度鼓膜が破れたり足が動かなくなる病にもかかったこともあるらしい」
「壮絶な人生ですね…」
「そんなに病弱なら周りは優しかっただろうねー」
「ワタシもそう思った。そう『口にしてしまった』んだ」
「え?」
先輩は俯きコップに視線を向ける。
先輩の持っているコップがかすかにチカラがはいったのがわかった。
「『そんなに病弱なら周りはさぞかし支えてくれたんだろうね』…迂闊だった、いや、愚かだったと云うべきかもね。だが、気づいた時には遅かったんだ。少年は哀しそうな眼をして小さい時からのことを話してくれたよ。少年は小さい時から周りから仲間に入れて貰えず従兄弟達からも迫害されて片方の祖母から犬以下の扱いもされたといっていた。そして、今通っている学園でも暴言や暴力を受けていたらしい。そして、身に覚えのない罪で教師から罰を与えられたこともあったとも云っていた」
「…酷い話…です」
「………」
「普通じゃないことで彼は苦しんだらしい」
私とノワルは言葉を失う。
「人間そこまでされたら普通どうなると思うかね?」
「普通は…いえ、大半の人が心を病んだり性格が歪んだり命を絶つ可能性があります」
私がもしそんなことをされたらと思うと耐えられるかわからない。
「世界を恨むだろうね」
ノワルもそう口にする。
「そうだね。ワタシも同じことを考えるだろうね。彼も命を絶つことを考えたことがあるらしい。だが、彼はこう云ったんだ『今、自分のことを嫌いな人が百人千人いたとしてもいつか自分を認めて受け入れてくれる人が絶対いる。だから、今がどんなに辛くても自分を受け入れてくれる人が百人中一人でもいる自分は幸せモノだ』と彼は云っていたね」
「強い子なんですね」
「ああ、彼は強い子だったよ。そして、彼のお陰でワタシは気づいたんだ。大半の人が普通で誰よりも純粋で優しい彼が普通じゃないと虐げられるというなら普通って何なんだとね。だから、ワタシは普通という考えを否定しよう。そして、自分の考えの普通を押し付けをやめようとね」
先輩の眼から決意が感じられた。
「愚痴臭くなってすまないね」
「いえ、ありがとうございます。やはりマロン先輩の云うことは深いです」
「お礼を云いたいのは寧ろこちらの方だね」
「どういうことでしょうか?」
「この話をしたのはワタシが林檎くん君を気に入っているからかもしれないね」
「?それはどうい…」
「わあー!マロちゃんずるいぞ!りんごちゃんを独占していいのはボクだけなんだからねー!」
「殴りますよ?」
私達がまた騒ぎはじめると先輩はクスリと笑う。
「だが、心残りがあってね」
「心残りですか?」
先輩は冷めてしまったコーヒーを口にしながら云う。
「ワタシは結局あれ以降、彼に一度も会えてなくてね。もう一度会って一言謝罪をしたいと思っているんだ」
「でしたら、私に任せて頂けませんか?」
「林檎くんにかい?」
私は胸を張り宣言する。
「お忘れですか?私の実家は八百屋兼探偵事務所ですよ。だから、浮気調査ペット探し人探し何でもござれです」
「では、お言葉に甘えて頼もうかな。ちょっと待っていてくれるかい?」
先輩は紙とペンを取り出すと何かを書き出してそれを私に渡す。
「彼の名前と特徴を書いたものだよ。数年前だから彼も成長して変わっているかもしれないがね」
「はい。おまかせください。依頼内容拝見致しま…!」
先輩から受け取った内容を確認した私は驚いた。
「どうかしたかい?」
「あ、いえ、何というかその…」
私は頬を指でかく。
「あはは…『世間は狭いな』と思いまして」
「林檎くんもしや?」
私の心情を察した先輩が驚いた顔をして目を丸くする。
「まあ、そういうことなので時間はあまり掛からないと思います」
「そうか、では報酬はいくらかな?」
「い、いえ!これはあくまで私から勝手に申し出たことなので大丈夫です」
「悪いね」
マロン先輩は私に一言お礼を云う。
すると、教室のドアがノックされる音がした。
「どうぞ」
先輩がそう云うと「失礼します」という声と共に白いシャツにネクタイを着けた征服姿の青年が入ってきた。
「あ、いたいた、りんごちゃんやっぱりここにいたね」
教室に入ってきた青年こと幼馴染のトウマくんが私に云う。
「こんにちは、先輩突然押し掛けてすみません」
「やあ、橙真くん林檎くんを探していたのかい?」
「はい、探したよりんごちゃん」
「あーもしかしてアラン、マルちゃんをストーキングしてたなー」
「ち、違うよ」
「そうですよノワル。貴方と違ってトウマくんは何か理由があって私を付け回したのだと推測します」
「りんごちゃん合ってるけど付け回してはないよ」
「では、堂々と手を出しにきたと」
「誤解を生む言い方やめてほしいな」
トウマくんは苦笑いしながら私の冗談にツッコム。
「で、どうしたのかな?トウマくん」
私はそろそろ本題に入ることにする。
「あ、そうそうりんごちゃんのお母さんから電話があったんだ」
「母からですか?」
「今日お店が忙しくなりそうだから手伝ってほしいって伝えてっていわれたよ。それにりんごちゃんにかけても繋がらないっていっていたね」
「それは迷惑をかけたね。私の携帯マナーモードにしていて気が付かなかったよ。それに確か今日は野菜の安売りをする日でした」
私は椅子に掛けていた鞄を取る。
「では、マロン先輩ということなので、今日は失礼させて頂きます。それと依頼の兼、しばらくお待ち頂きますがいいですか?」
「ああ、構わないよ。それとこちらからも改めてよろしくお願いするよ」
「はい、この依頼探偵の名に懸けて遂行いたします」
私はビシッと敬礼をしてそう告げると教室を後にする。
「すみませんトウマくんお店の手伝いトウマくんも一緒にお願い出来ますか?」
廊下を歩きながら隣を歩くトウマくんに私は聞く。
「いいよ。それにいわれなくても手伝うつもりだったしね」
「さすが!持つべきものは幼馴染です」
「えー!?ずるいぞー!ボクもマルちゃんのお店手伝うよー」
何故かナチュラルに私達についてきていたノワルが駄々をこねる様に云う。
「ありがたいですね。人手が多いに越したことはありませんからね」
「やったー」
「よーし!では、みんなでジャンジャン商品を割り引かせますよー」
「僕達は売る方だよ」
この何気ない会話が出来ることの幸せ、今しか感じることの出来ない時間。雫が落ちてそこから生まれる波紋の様に一瞬で終わってしまう日々だけど、私はその一瞬を噛み締めて今この瞬間を大切に生きていきたいとそう心から感じた。
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