第3話
誰もいなくなった商店街を抜け、俺は住宅地へと入っていった。住宅地と言っても、ほんとに昔ながらの家並みが続くだけで、ここ最近建てられたような家はほとんど見当たらない。新しく道路が舗装されたような様子もなく、それはおそらく「新参者」が久しくここに来ていないことを示している。
新しい家が建てられた時に必要な道路工事の類は、一切行われていないのだろう。確かに、そこに「生活」はあるのだろうけど、「未来」は果たしてあるのかどうか。今住んでいる人が、いつまでそこに暮らし続けるのだろうか……。なぜか、そんなやるせない気持ちにさせる町並みだった。
そして俺の実家は、こんなやるせない町並みをずっと通り抜けた、最果ての地と言ってもいいところにある。それが、ここに帰ってこなかった言い訳には、決してならない事もわかってはいたけれど。
俺がそんな複雑な思いに耽っていると、商店街での騒ぎを聞きつけたのか、家の中からひっそりと、何人かの視線がこちらを伺っているのがわかった。そのまま家の中にいるのなら、俺も手出しはしない。でももし、家から出てくるのなら……! そう思った時、一人の老人が、フラフラと俺の前に現れた。
それは、騒ぎを聞きつけて出てきたわけではなく、何か反射的な行動というか、明確な目的を持ってそうしているというわけではないような気がした。それでも、仕方ない。俺の前に出てきた以上。俺は、まだ足元のおぼつかないその老人の頭に、狙いを定めた。
ずぎゃっ……!
比較的俺から近くに出てきたその老人の頭は、見事に粉砕され、勢い余って首から下の部分までが抉れていた。おそらく、もう長い年月を経て生き続けてきた老人の肉も骨も、ショットガンの衝撃に耐えられぬほどもろくなっていたのだろう。
着ていたシャツがはだけ、老人のか細い鎖骨がむき出しになり。その左右の鎖骨の間、ついさっきまで首があった部分がUの字に抉れ、そこから噴出す大量の血の中に、ちらりと白い背骨が見えた。
こうして俺は住宅地を進み、その後も目の前に時たま現れる人物を、容赦なく、ためらいなく標的にしていった。そこに何かしらの感情は、もはやなかった。自分の中で、やるべき事をこなしているだけのような、何か不思議な無常感があった。しかし。
住宅地を歩き始めてから、五人目か六人目だろうか……その人影を確認した時、俺は思わず目を背けた。それは心の中である程度の予想はしていたのだが、現実にはならないで欲しいと思っていたことだった。
「真実……」
十数年前、俺がこの町を出る時に、唯一その決心を鈍らせたもの。残るべきか、出て行くべきか、最後まで迷ったその要因。それが、今俺の前に出てきた彼女、真実だった。この町そのものには何の未練もなかったが、彼女を残していく事だけは、胸が張り裂けんばかりの思いにかられた。最後はもう、逃げるようにして町を出たのだ。彼女に見送りなどされたら、そこで迷いが生じるかもしれない。そう、思ったから。
今、目の前にいる真実は、もうあの時の彼女ではない。ウワサによると、町にそのまま残った彼女は、俺が出て行った後結婚もし、子供もニ人いるとかいう話も聞いた。それで当然なのだ。
しかし……十数年の時を経て、なお一目見て彼女だとわかるその面影に、俺は涙が出そうになった。それはもしかしたら俺が勝手に、俺の中にある真実の思い出の姿を、今の彼女にダブらせていたのだけなのかもしれないが。俺の目には、今の彼女は俺が最後に見た彼女と、寸分たがわぬように見えた。そして、彼女の目が、俺を捉えた。
真実がその時、俺の事を俺だと確認したのか。ずっと昔に自分を捨てていった男だと確認出来たのか、それはわからない。しかし俺は、彼女と目が合ったその瞬間、本当に、ショットガンを放り投げ、彼女に駆け寄り抱擁しようかとすら思った。しかし……それは出来ない。してはならない事なんだ。正気を保て。冷静になれ!
俺は目に溢れそうになった涙を拭うと、ショットガンを降ろし、腰につけていた拳銃を取り出した。ショットガンの散弾で、彼女の顔が吹っ飛ぶのだけは見たくなかったのだ。俺は拳銃を構え、彼女の額に狙いを定めた。
ダーーーン……!
銃声が響き、彼女の額の真ん中に、赤く丸い印が刻まれ。彼女はその場に、どさりと崩れ落ちた。
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