第12話 ニクスの逡巡
ドレイクに合図されて、ヨードが頭の上に封書を掲げた。封書にはアルラウネの紋章が象られた蝋で封がしてある。歩み寄ってきたニクスがそれを受け取ると、階段を上り、アウドムラ国王にその封書を手渡した。国王は受け取った封書の封を切るよう指示する。ニクスが封を切り開封して、中の文書を引き出して開き、それを国王に手渡した。国王は玉座に肩ひじを突いたまま無言でその文書に目を通すと、読み終えた文書をニクスに戻した。
ドレイクは言う。
「我が主は、この戦争の終結を望んでおられます。我が国と貴国は互いに力を合わせて発展の道を進むべきだと申しておられます。我が国の農産物と工業技術、貴国の農産物と科学技術、これらを相互に交換し合えば、互いに発展していけるはずであると!」
アウドムラ国王は少し間を空けてから答えた。
「であるか。どうやらアルラウネ公に先を越されてしまったのお」
「王様……」
驚いた顔を上げたニクスにアウドムラ国王は言った。
「もうそろそろ潮時じゃろう。余もそう思っておった。剣を鞘に戻す時が来たようじゃな」
「そんな。失礼ながら、我が王よ、それでは、我々はいったい何のために、これまで戦ってきたというのですか」
「理由などない。それが戦じゃ」
「納得いきませぬ! それでは、これまでに死んだ兵士たちの魂はどうなりますか!」
「浮かばれぬのう。じゃが、今戦を止めなければ、彼らの魂は亡霊となって黄泉の国を彷徨うであろう。我が僕、ニクスよ。この国と余に命を捧げた多くの戦士たちの魂のためにも、この戦を終えようではないか。今は両国で争っているばあいではない。協力して魔物たちに対抗せねば」
「できませぬ! いくら王命でも、こればかりは……」
その時、大きな地鳴りがして王宮全体がぐらりと揺れた。天井から塵が筋を引いて落ちてくる。駆け込んできた兵士(今度はひろしではない)にニクスが声を飛ばした。
「ここは王の間であるぞ。まずは所属と名を名乗れ!」
「は。申し訳ございません。私は王都防衛部所属の、『真夜中』の『満点パパ』ひぐらしと申します」
「よし、ひぐらし、何事か!」
「バロールが現れました!」
「何だと。間違いないのだな」
「は。『第六感』ではありますが、これは『猫の手を借りた結果』でございますので、確かかと」
「なるほど。ということは、つまり、魔眼の巨獣バロールがついに現れたということか! それで、城門は!」
「城門は既に破られました。バロールはこの王都に侵入してきております」
剣を握って立ち上がったドレイクが兵士に尋ねた。
「数は」
「バロールは一体、他にも酔いどれドワーフと激悪エルフが数十体、王都内に侵入したもようです!」
ドレイクはアウドムラ国王に一礼する。
「陛下、ご無礼をお許しください。私は戦士です。民のために戦わせてください!」
アウドムラ国王は強く頷いた。
「良かろう。行くがよい、アルラウネの勇敢な戦士よ。きっと神の御加護があるであろう」
再度一礼して立ち去ろうとしたドレイクは、動こうとしないニクスに声を掛けた。
「ニクス、何をしているのだ。バロールは私一人では倒せない。君の協力が必要だ。君と二人でなければ、あの巨獣は倒せないぞ!」
ニクスは顔を逸らした。
「我は誇り高きアウドムラの戦士。アルラウネの者となど共に戦えはせぬ! 行きたければ、おまえ一人で行くがいい!」
「何を馬鹿な事を言っているんだ! 君が行かなければ、兵士たちの士気も上がらないぞ! それに、バロールを放っておいていいのか! このままでは多くの民が死んでしまう。それでいいのか! 君は誇り高きアウドムラの戦士なのだろう。民を守りたくはないのか! 行こう、共に戦おう!」
「……くう……敵国の奴と……」
「ニクス!」
「うおおおお!」
掛け声と共に、階段の上からアウドムラ国王が降りてきた。彼はマントを振り外すと、皺枯れた腕で剣を抜き、叫んだ。
「ワシも戦うぞ! 若い衆よ、余について参れ! あなちんごー!」
チンアナゴだ。
金の兜を被った、タンクトップ一枚のアウドムラ国王は、ヨタヨタと走りながら外へと出ていった。
ドレイクがニクスに怒鳴る。
「ニクス! 君はその筋肉を何のために鍛えてきたんだ! 筋肉は会議室のためにあるんじゃない、現場で使うためにあるんだ! ニクス!」
ドレイクの言葉に、ニクスは一瞬だけハッとした表情を見せた後、ドレイクの目を見て頷いた。
「分かった。私が間違えていた。この筋肉は民のためだ。その為に何度も赤いモッコリパンツ一丁で恥ずかしいコンクールに出場してきたのだ。よし、行こう、ドレイク。共にバロールを倒そう! 君の力を貸してくれ! 一緒に仲良く戦おう!」
ドレイクとニクスは視線を合わせて強く頷き合うと、共に剣を抜き、猛然として外へと駆けていった。
報告に来た先ほどの兵士ひぐらしはそれを見て一言つぶやいた。
「あついねえ……」
突然、鎧を脱ぎ捨てたひぐらしは、ふんどし一枚の姿になり、胸にビキニの水着を着けると、言った。
「最後の戦いになるかもしれないなら私はこれを着ける。だって私は『異世界俳人ビキニ鎧ちゃん』だから……」
彼はそのまま両手に剣を握りしめ、『二刀流』スタイルで外へと駆け出していった。
それを見ていたヨードが茫然とした様子で呟く。
「可哀そうに。――ひぐらし……ちまよったか……」
一人で王の間に取り残されたヨードは、ジーパン刑事スタイルで言ってみた。
「なんじゃ、こりゃ……」
彼の声だけが何度も木霊していた。
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