第31話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 陸

 私は帰宅するとすぐに枕の下へ本を押し込み、ベッドに寝転んだ。

 いつもより早い時間だからまだ眠気はないけれど、ゆっくりと深呼吸をして眠りにつく努力をしてみる。




「あ。入れた」


 気が付くと私は夢の図書館にいた。


「お久しぶりです」

「また来ていただけたのですね。光栄です」


 リーリエちゃんと睡さんが私を出迎えてくれる。

 けれど、二人の目つきは以前と比べてなんだか鋭い。


「前回とは違う本からお越しになられたのですか?」

「……あ、はい。私が持ってた本は違う人に貸しちゃってて、別でこの本を持ってる人がいたからそれを借りてここへ来たんだけど」


 私の言葉を聞いた二人はひそひそと言葉を交わしてから私に向き直った。


「申し訳ございませんが本日はお帰りください」

「えっ?」


 私が理由を尋ねる前に図書館は消え、世界は光に包まれた。




 夢から強制退室させられるなんて初めての経験だったから、驚いて目が覚めてしまった。

 どうしよう、結城ちゃんを捜すっていう役目を果たせなかった。

 もう一回寝直せば大丈夫かな?


 眠気が早く来るようにホットミルクを一杯飲んで、改めて布団に潜り込む。

 しかし、その晩に私が見たのは特に印象に残ることもない普通の夢だった。




「ごめんなさい。役立たずでした」


 私は伏木分室に入ってすぐ頭を下げた。

 三つの影がいいのいいの、と私を庇ってくれる。


 ……三つの、影?


「結城ちゃん!?」

「俺が見付けたっス~」


 ドヤ顔はムカつくけど、すごい活躍。

 結城ちゃんは昨日よりさらにやつれていた。

 

 耳なし芳一の話を信じるなら、命を取られるのは七日目。

 つまり明日だ。


 見ていて痛々しい姿だけれど、今日は夢の図書館に繋がる本を持ってきている。

 おかげで、ちょっとだけ安心できた。


「この本、香塚先輩に返します。なんだか怖くなっちゃった……」

「えっ? いいの?」


 こういうのってもっと取り返すまでに時間がかかりそうな気がしたけど。


「問題は、どうやって夢の図書館との縁を切るかね」


 小津骨さんが深刻そうな顔で言う。

 縁を切るって、本を手放した時点で切れるものじゃないの?


「今日と明日の夜は俺が付き添うっス」

「そうね。私も行くわ」

「え、えっと、行くって?」


 人数分の本が揃ったのかな?

 でも私は出禁食らっちゃったし……。


「香塚さんには話してなかったわね。

 怜太がね、昨日の夜に夢の図書館を見付けてきたのよ」

「あったんですか? 現実に!?」

「あったんス! そこにゆーきちゃんもいたっス!」


 ……ってことは私もそこに行ってたのかな?

 それにしても、ますます耳なし芳一っぽい展開。


 待てよ。

 世界各地の人がいたんだから、その人たちがみんなしてキッカイ町に集まって来てるなんておかしな話だよね。


「もしかして信じてないっスか? 今から行ってもいいんスよ??」

「そうね。夜中に行くよりは安全だろうし、今行ってみる?」


 小津骨さんの鶴の一声で、私たちはこの町のどこかにあるという夢の図書館に向かうことになった。

 運転手はいつも通り真藤くん。

 私は瀬田さんからもらったメガネをしっかり装着して、じっと車が止まる瞬間を待った。




 車を走らせること小一時間。

 辿り着いたのは岡志奈おかしな名園なぞのの間くらいの寂れた土地だった。

 昔は畑だったのだろう荒れた土地の間に走る細くて古い道の途中で、いきなり車が止まった。


「着いたっス」


 真藤くんがそう言って車を降りたのは、私たちの背丈くらいある草が生い茂った土地だった。

 目を凝らしてみると、草の間から錆びついた門の一部が見えている。


「本当に!? こんなところに入るの?」

「入るっスよ~」


 言いながら、真藤くんは草を掻き分けて歩き始める。

 お化けは怖がるのに藪の中に入ってくのは平気なんだ!??

 私はこっちの方が変な虫とかいそうで怖いんだけど。


 いつの間にかパンプスを長靴に履き替えていた小津骨さんも真藤くんの後をついて歩き出し、疲労でフラフラのはずの結城ちゃんもスカートを気にしながらそれに続く。

 こうなっては私一人が車に残るわけにもいかない。

 みんなを見失わないように小走りで後を追いかけた。


 


「見えたっス~!」


 草むらと格闘していた真藤くんが手を上げて合図をしてくれる。

 鬱蒼と茂った草むらの中で顔を上げると遠くに洋館が見えた。


「えっ……あそこまで行くの?」


 まだ百メートルくらいありそうなんだけど。

 あちこち虫に刺されてる気がするし、それだけの距離を同じように進むくらいなら引き返して草刈り機でも持ってきたいくらいだよ。


「結城ちゃんっ!?」


 私が文句を言っている途中、ちょっと前を歩いていた結城ちゃんがバランスを崩してよろめいた。

 慌てて手を伸ばして受け止めた結城ちゃんは、呼吸が荒い上に苦しそうに顔を歪めている。


「真藤くん、小津骨さん!」


 助けを求めて声を上げると、すぐに小津骨さんが結城ちゃんの左腕を自分の肩へ回して体を支えてくれた。

 私もそれに倣って結城ちゃんの右腕を肩へ回し、担ぐ。


 これが小柄な結城ちゃんでよかった。

 真藤くんだったら置いて帰るしかなかったよ。


「どうしましょう……。引き返しますか?」

「そうねぇ。その方がいいかもしれないわ」

「いや、行くっス」


 真藤くんが珍しく反論してきた。

 その目は真剣そのものだ。


「ゆーきちゃん、寝てるっスよね? きっとここに引っ張られてるっス」


 真藤くんに言われて確認してみれば、さっきまでの荒い呼吸はいつの間にか落ち着き、すやすやと寝息を立てているではないか。

 結城ちゃんと夢の図書館との間に強い結びつきができているのは本当だし、タイミングもぴったりだし。

 そういうこともあり得るのかな?


 それにしても、霊感の弱いはずの真藤くんがどうしてそんなことを?

 これが恋のチカラってやつ??


 よくわからないけど、真藤くんは草の根元を踏んで道をつけながらぐんぐん屋敷の方へ向かっていってしまう。

 私と小津骨さんは顔を見合わせて、ひとまずは真藤くんについていってみることに決めた。

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