第18話 怪奇レポート005.落ちた花弁から滴る血・漆

 結局、劇的な何かが起きることはなく、真藤くんが呼んだ警察官によって善蔵さんと耕一郎さんは任意同行されていった。


 その後の捜査でバラ園の土の中から人骨の破片とみられるものが見つかり、連日ニュースで取り上げられている。

 二人が逮捕されるのも時間の問題のようだ。


 当然のように須鯉造園は営業休止になった。

 バラの返品を求める人も少なくないため、ちょっとした騒動にまでなっているらしい。

 特に影響が大きかったのは慧くんももらっていたコンクールで賞も取ったという品種で、過去の受賞も含めすべてが取り消しになった。


 事情を知らない慧くんには、小津骨さんが紺野生花店までわざわざ出向いて自費で購入した新しい花束を改めて渡していた。

 そこには夕花ちゃんからのメッセージカードがついていて、二人はLIMEで連絡を取り合うようになったらしい。


「それにしても、小津骨さんって本当にすごいんですね」

「ほんと! あの時は名探偵がここに!! って思いましたよ」


 興奮冷めやらぬまま私と結城ちゃんに対し、小津骨さんは浮かない顔をしている。


「……どうしたんですか?」

「二人とも、おかしいと思わなかった?」


 不意に向けられた問いかけに私は首をかしげる。

 ピンと来ていないのは結城ちゃんも同じのようだった。


「全部嘘なのよ」

「え?」


 小津骨さんの言っている意味がすぐには理解できなかった。


「よく考えてみて。専門的な血液の鑑定ができるところなんてキッカイ町みたいな小さな町にはないし、一日足らずで終わるはずないでしょ? それに、報告書には情報提供者の職業なんて書いてないし」

「で、ですよね……。でも、それならどうして事件のことがわかったんですか?」

「夢にね、出てきたのよ」


 遠くを見つめるように視線を滑らせた小津骨さんはポツリと呟いた。


「私、あそこのおばあちゃまには良くしてもらっててね。最近見かけなくなったから心配してたんだけど……。まさかあんなことになってるなんて思いもしなかったわ」

「言われてみれば……あのおばあちゃん優しかったですよね。ワタシたちが遠足とかの行事で名園自然公園に行くたびに歓迎してくれて。昔は公園の案内の人だと思ってましたもん」


 しみじみと語る小津骨さんと結城ちゃん。

 地元民ではない私には接点のない人だったけれど、須鯉造園のおばあちゃんはみんなから愛されていたようだ。


「慧くんがバラの花束を持ってきた晩にね、おばあちゃまが夢に出てきて言ったのよ。『じいさんと息子に埋められた』、『助けてくれ』ってね。

 最初は信じられなかったんだけど、紺野生花店に行って話を聞いてみたらおばあちゃまより前に息子さんの奥さんも行方不明になってるっていうじゃない。その時に頭をよぎったのよ。

 ――桜の下には死体が埋まってる、っていう都市伝説」


 もちろん丸っきり信じてるわけじゃないわよ? と小津骨さんは冗談めかして言う。

 蛍光灯の加減のせいなのかもしれないけれど、その顔には重い影が落ちていた。


 とにかく須鯉造園に行って話を聞かなければという思いに駆られ、紺野生花店からの帰りの車中で取材申し込みの電話をかけた。

 顔なじみの小津骨さんの頼みだから、とちょっと開いていた隙間に半ば無理やり面会の時間を設けてくれたらしい。


「疑いたくはなかったのよ? だけど……息子さんの方とはあまり会ったことがないから置いておくとして、おじいちゃまの方はもしかしたら、って思うところがあったのよね。昔っからバラ一筋で、いつかでかい賞を取ってやる! って常に言っていて、そのためなら何でもしてやるっていうのが口癖だったし。

 それにね、私一人で事務所に入った時、おじいちゃまの後ろに立ってたのよ。おばあちゃまと息子さんの奥さんが」


 二人の幽霊が恨みと悲しみの入り混じった顔で善蔵さんと耕一郎さんを見つめていたのを見て、小津骨さんの中の予感が確信に変わった。

 とはいえ、証拠もないまま問い詰めても相手にされることはないだろう。


 善蔵さんと耕一郎さんと話を進めながら考えを巡らせていると、二人がほんの少し前まで町長と会談していたことを知った。

 町長たちが会談を終えたタイミング的にちょうど私たちと鉢合わせをしている可能性が頭をよぎった。

 私が見ていて感じたように、真藤くんは父親の町長のことを好ましく思っていないのでトラブルになっていないか心配になって適当な理由をつけて外へ探しに出てきたのだそうだ。


 そして、私たちと合流した小津骨さんは一対二の時にはできなかった、二人へのはったりをかましてみようと思った。

 町長と別れてすぐ、自供が取れた時のため真藤くんには警察と電話を繋げておくよう指示を出したところ、想像以上に上手くいってしまったというのが事の顛末のようだ。


「あの時もビックリしたんですよ! まさか三人が家族だったなんて……!!」

「元、家族ね。まあ、私にとっては元夫でも怜太から見れば元父親にはならないのが厄介なんだけど」


 あえて「元」というところを強調するのが引っかかる。

 きっと小津骨さんと真藤町長の間にはいろんなことがあったんだろうな……。


「おかげで真藤くんと小津骨さんが不気味なくらい仲がいい理由がわかったから安心しました。ワタシ、二人が付き合ってるんじゃないかと思って気を遣ってたんですからね!」


 結城ちゃんの発言に小津骨さんが飲んでいたお茶を吹き出した。

 けほけほとむせながらお腹を抱えて爆笑している。


「やだぁ。そんな風に見えてたの? 仕事に私情を持ち込みたくないから伏せてたのに……ごめんなさいね。

 今頃、怜太も大学でくしゃみしてるんじゃないかしら」


 ゼミの集まりで大学に呼ばれたという真藤くんがくしゃみをしているのを想像したら思わず笑顔になってしまった。


 今まで隠していた理由が公私混同を嫌っているからだなんて、なんて小津骨さんらしいんだろう。

 なんだか私の中の好感度がさらに急上昇してほぼ直角ぐらいの勢いでうなぎ登りどころか滝登りだ。

 怪奇現象対策課なのに殺人事件に関わってしまうなんて想像もしていなかったから不安だったけれど、この人とならやっていける気がしちゃうな。


 そんなこんなでゴールデンウイーク前最後の大仕事は幕を閉じた。




【怪奇レポート005.落ちた花弁から滴る血


 概要:名園自然公園内にて営業する須鯉造園で購入したバラが散った際に花びらから血液のような赤い液体が流出するとの報告が多数寄せられた。

 実際にバラを入手し調査を行ったところ、故意に花びらを千切ったり茎を切り付けた際にも赤い液体が滲み出すことを確認。


 須鯉造園での現地調査も行った。

 会長の須鯉善蔵氏の妻・かをる氏と社長の耕一郎氏の妻・佑里子ゆりこ氏 (共に故人)の証言により両名が殺害、解体された末に肥料と共にバラ園の土中へ遺棄されていたことが判明した。


 対応:須鯉善蔵、耕一郎両氏の供述を元に警察が捜査を実施。かをる氏と佑里子氏の遺骨の七割が回収された。

 今後バラ園の土は全て取り払われ、新しいものと入れ替えられる予定である。】 

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