第3話

由奈に似た娘が気になった僕は

更にラブリーカフェに通うようになる。


男性部屋の壁には女性部屋にいる

女性の登録カードが貼られているが、

その内容はいつも同じだった。


-----------.

名前:ほのか 

年齢:18歳

興味ある事:特に無し

外に出たい気分:0%

------------


どう見ても部屋目的の客だが、

彼女はいつも1人でお店に来るので

トークルームに呼ばれる事が多い。


1人だと誘いやすいし口説けば

どうにか出来ると考える男は多いのだ。


しかし、僕が知る限り一度も外出はせず

ずっと1人で漫画を読んでいるだけだった。


お店に来る女子高生は大抵複数だが

1人で来る娘もいない訳では無い。


それでも彼女は来る頻度や時間が多く、

更に誰とも一切言葉を交わさない事で

1人異彩を放っていて、そのオーラが

更に男性を動かしている。


普通、部屋目的で来ている場合、

女性はトークルームに呼ばれて

男性と会話するのはストレスである。


これが何度も続けば大抵は嫌気がさして

お店に来なくなるのが一般的だが、

彼女はそれでも構わず入店を続ける。


そして、男性客の間でも

「あいつは店のサクラだ」

と、言う噂が出てくる始末だ。


僕はこの話に耳を傾けず

ただマジックミラーの向こうにいる

本を読む彼女を見続ける。


果たして彼女はサクラなのだろうか。


……

………


翌週。ついに学校側が動いたらしい。

それに合わせて新聞やネットでも

話題になり、あんな不健全な店は

規制しろという動きも見せている。


こうなったら普通の女子高生なら

行かなくなるのは当然の事だ。


少しずつお店に制服姿の娘は

見えなくなり、本来の出会い喫茶の

姿に戻りつつあった。



しかし、それでもほのかは相変わらず

ラブリーカフェに通い続けている。


ただでさえ目立っていた彼女は

更に新規男性客の興味と欲望を

受け続けている。


この様子を見ていて僕は不安になった。

本人が望む望まざるに拘わらず

近い内にここに来なくなるのではないか?

という予感がしたのである。


この時間が永遠に続く筈は無い。

その事は当然理解しているし

今回の件は只の偶然だとも知っている。


しかし、僕の心は激しく揺れていた。


果たして水族館に佇んでいる

"由奈"をそのままにして良いのか。


このまま終わらせても良いのか。

そして"またお前は動かないのか"と。


「……行くか」


僕は腹を括り、いつもは滅多に

話しかけない店員に声をかけた。



「あの、5番の子と話したいんですが」



「えっ?……え、ええ!こちらへ」


トークルームどころか最低限の絡みしか

しない男からの依頼で明らかに

驚いていた店員は少し戸惑いながらも

僕をトークルームに連れて行く。


まず、トーク料を店員に払い、

暗室から出てその横にある無数の

カーテンの1枚をめくると2人用の

ソファーがありそこに通される。


先に男性が座って女性を待つ形だ。


対面ではなくすぐ横に女子高生が座る事、

そして"由奈"に会う事に緊張しながら待つ、


数分後、カーテンの向こうから

店員の声が聞こえて、それと同時に

1人の女子高生が入ってきた。


「こんにちは」


……近くで見ても由奈にしか見えない。

一卵性の双子を見ている気分だ。


また、顔が似てると声も似るのだろうか、

イントネーションは少し違うものの

声質は由奈に似ていた。



「こ、こんにちは。よろしくお願いし…」

「やっと私を指名してくれたね」


彼女は僕の挨拶を遮りサラッと

とんでもない事を言ってのけた。


「!? 何で、そんな事を」


「店員から聞いてるよ?いつもずっと

 私を見ている男がいるって」


「……」


「だからもし何か合ったら

 すぐ呼んで。だってさ」


まいった。お店側がこんなに簡単に

こちらの情報を漏らすとは思わなかった。


「ねぇ、何で私の事をずっと見てたの?」


一番聞きたかった事なのだろう。

怪訝な表情では無く目をキラキラさせながら

核心を聞いてくる。


「あ、ああ。君の顔が高校時代の

 後輩に似てたから気になってね」


「それだけ?」


「んー。まぁいいか」


僕は素直に由奈との事を話す。

好かれていた事。そして交通事故で

亡くなってしまった事を。


「……」


彼女は複雑な顔でこちらを見ている。

内容が内容だから仕方ないだろうが。


「今度は僕の番。何で君はいつも

 この店にいるの?学校から

 何か言われてない?」


「絶対行くなと言われてるよ?

 でも私には関係無い事だもん」


一瞬淋しそうな表情を見せる。


「んっ?」


彼女はそのまま話を続ける。

家族とは仲が悪く学校にも友人はいない事。

だから何処にも自分のいる場所が無い事。


「でもね?このお店にいると

 沢山の男の人がお金を払ってまで

 私と話をしてくれるの」


「……」


「ここなら私は無価値じゃない事を

 実感出来てとても嬉しいの」


「……君は」


「ところで、今日男の人何人いるの?」


また途中で話を遮られた。


……

………


「それでね? 今読んでる漫画が……」


あれから楽しそうに話しかけて来るが

僕の頭の中はさっきの質問の答えで

いっぱいだった。



"私に居場所はない"

"私は無価値じゃない"



普通に過ごしている女子高生の

口からは出てこない単語が

僕を不安にさせるんだ。


「ねぇ」

「ん?」


僕はもっと彼女と話したいと思い、

ダメ元で2階にあるレストランで

ご飯食べようかと提案をした。


「へっ? おじさん私を誘うんだ」


彼女は意外そうな反応を見せる。


私をずっと見ているなら誘っても

無駄な事を知っているでしょ?と

言いたげな表情だ。


「うん。もっと君と話したいんだ」


僕自身この行動には驚いている。

しかし、ここから連れ出したいという

気持ちは止められなかった。


少しの間、お互い無言になったが、

その沈黙を崩したのは彼女だった。


「私、ドライブがしたいな」


「へっ!?」


「ちょっと驚きすぎ・笑」


余程驚いた顔をしていたのだろうか、

彼女は笑いながらそう言った。


「それから私の名前は"ほのか"だよ。

 よろしくね。おじさんっ」

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