第20話 断罪
「そこからは、夜月も知ってる通りだよ……。お前らが東とあいつを殺して、俺もこの有様だ」
「……なるほど、な。中西とか佐々木とか、他の奴らがどこに行ったのかは知らないのか?」
トバリにとって、安藤の次に殺さなければならない人間たちの名前を出したが、安藤の表情は優れない。
「あいつらとはパンデミックの初日に会ったきりだ。どこに行ったのかは俺にも見当がつかない……」
「そうか。まあ仕方ないな」
トバリは、安藤の話を聞いて、安藤の身に何が起こっていたのかを理解していった。
まず、高校で何が起こったのか。
最初は、高校は生徒たちの避難所としてしっかりと機能していたようだ。
それは安藤の話を聞いていても十分に理解できる。
だがそのコミュニティーは、かなり早い段階で崩壊した。
『セフィロトの樹(き)』を名乗る法衣の男と、彼が連れた化け物によって。
もしかしたらいるかもしれないとは思っていたが、実際にゾンビ以外の化け物が存在しているのが確定するとなると、気が滅入らずにはいられない。
しかし、その存在を知っているのなら、対策することはできる。
今後、トバリたちも注意が必要となってくるところだろう。
「それにしても、『セフィロトの樹』、か……」
トバリも聞いたことがある。
怪しげな新興宗教の団体だ。
具体的にどういう活動をしているとか、どういう神様を信仰しているのだとか、そういったことはトバリは一切知らない。
ただ少し前に、彼らの存在がネット上で噂になり、小耳に挟んだことがある程度だ。
「そうだ、あれって……」
『セフィロトの樹』が一躍有名になった理由。
それは彼らが、世界滅亡の日を予言していたからだ。
どうせ、その世界滅亡の日が来ても、何も起こらない。
いつもと同じ日常が続いていくと、そう思われていた。
……だが、『セフィロトの樹』が示していた、世界滅亡の日。
それはたしか、今年の八月二十五日ではなかったか。
「……っ!!」
それを思い出した瞬間、トバリの背筋を冷たいものが走り抜けた。
安藤の話を聞く限り、パンデミックが起きたのは八月の二十五日で間違いない。
そして、安藤が接触したという『セフィロトの樹』の人間の存在。
とても偶然とは思えなかった。
もしこのパンデミックと『セフィロトの樹』に何か関連性があるのなら――確かめる必要がある。
「なぁ……夜月。聞きたいことがあるんだ」
そんなことを考えていると、トバリは安藤に声をかけられた。
トバリは黙って、安藤のことを一瞥(いちべつ)する。
「どうして、ゾンビ達は突然ここを襲いはじめたんだ……? お前が、やったのか……?」
まるで、トバリに自分以上の能力が備わっていることが信じられない、とでも言いたげな表情で、安藤はそんな疑問の言葉をぶつけた。
「ああ。僕には、ゾンビを操る力があるんだ」
「ゾンビを……操る力、か。なるほど、な」
トバリの返事を聞いた安藤は、瞳を閉じた。
まるで、耐えがたい何かに必死に耐えるように。
「……もう、いい。はやく、ころそう」
ユリがトバリの手を引いて、不満げな表情で安藤を睨みつける。
彼女にしてみれば、安藤がまだ生きていること自体許せないのだろう。
ユリがそう思うのも無理はない。
安藤の話を聞いて、トバリは考えを固めていた。
やはり安藤は、どうしようもないクズなのだと。
こいつをお咎めなしで野放しにすれば、またどこかで間違いなく今後も同じようなことが起こる。
やはり、ここで殺しておかなければならない。
「ユリ」
「……なに?」
「こいつを、殺したいか?」
ユリは深く頷いた。
その瞳には、いまだに消えぬ憎悪の光が宿っている。
「でも、それは――」
「いいんだ、もう」
トバリよりも、ユリのほうが安藤からひどい仕打ちを受けている。
ユリが安藤のことを殺したいと望むのなら、トバリはそれを止めるつもりはなかった。
「だから、ユリ。お前が、こいつを殺せ」
「……うん」
トバリの言葉を聞いて、ユリは、ただ深く頷いた。
「……ぇ? ま、待てよ。話したら殺さないって言ったじゃ――」
「死ね」
安藤のさえずりを無視して、ユリは彼の頭部に金属バットを振り下ろした。
鈍い音がして、安藤の身体が大きく跳ねる。
「死ね」
ユリの殴打は終わらない。
これまでの安藤への怨みを、全てその鉄の棒に込めるように。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇぇえええええええッ!!!」
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、安藤に向かって金属バットを振り下ろす。
金属バットに付着した血が飛び散り、ユリの顔を赤が汚していく。
それは、少女がその内に秘めていた狂気の発露だった。
それから、どれくらい経っただろうか。
ユリが腕を止めると、安藤の頭は見るも無惨なことになっていた。
もはや、息もしていない。
完全に死んでいる。
それをトバリは、無感動な目で見つめていた。
憎かったクラスメイトの一人を、安藤を殺した。
完全なるトバリたちの勝利だ。
「……おかあ、さん」
「っ……」
だから、ユリの口から漏れたあまりに小さいその呟きは、聞かなかったことにした。
「すっかり遅くなっちまったな……」
来た時はまだ昼前だったが、もうすっかり夕日が照る時間になってしまっていた。
夕焼けで赤く染まっている校舎を後にする。
今日は、かなり多くの収穫があった日だった。
ユリという頼れる仲間を引き入れることができたし、復讐対象の一人だった安藤も殺すことができた。
そして、多くの情報を得ることもできた。
もうここに戻ってくることもないだろう。
「……あれ?」
ふと、違和感を感じて周囲を確認する。
ついさっきまで隣に感じていた、ユリの気配が消えていた。
慌てて小学校の中へと戻る。
「あ、いたいた」
ユリは、まだ校舎の中にいた。
赤色の夕焼けに照らされた教室の中で、ぼけっと立ち尽くしている。
「なに突っ立ってんだ? はやく帰るぞ」
トバリがそう声をかけると、ユリがトバリのほうを向いた。
「……帰る? どこに?」
本当に不思議そうな表情で、ユリはそう言う。
「どこに、って……僕たちが暮らしてる家にだよ。早く帰らないと日が暮れちまう」
「……ユリも、行っていいの?」
「……? 当たり前だろ。行くあてがないなら、僕たちの家に来たらいい。歓迎するよ」
ユリがそれを望むなら、トバリはこれからもユリと行動を共にしたいと考えている。
ユリは完全なゾンビではないようだが、ゾンビとしての性質を色濃く残している。
トバリの命令に従う時点で、それは明らかだ。
ユリは非常に使い勝手のいい駒になると、トバリは確信していた。
決してユリを一人にしておくのはかわいそうだからとか、そんな理由からではない。断じて違う。
だから、
「僕と一緒に行こう、ユリ」
「……うん!」
ユリは頷き、小さな笑みを浮かべた。
トバリにはそれが、今日一番の収穫に思えた。
「手」
「ん? お、おう。ほら」
トバリが右手を差し出すと、ユリは自身の左手をつなぐ。
そしてそのまま、その手を握りしめる。
まるで、トバリの手の感触を確かめているかのように。
ユリの手は少し冷たいが、死体ほどの冷たさではない。
やはり、ユリは完全なゾンビではないのだろう。
「じゃあ帰ろうぜ。家に帰ったら夕飯も作らなきゃなー」
「ご飯……? 食べられる、かな……」
「どうだろうなあ。食べられたらいいけど」
「そう、だね」
そう言って、ユリが少しだけ微笑む。
手を繋いだ二人の影は、夕焼けに照らされて長く長く伸びていた。
こうして、トバリの小学校の探索は幕を下ろしたのだった。
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