終わった世界の復讐者 ー僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐するー

触手マスター佐堂

第1話 終わる世界



 夜月(よるづき) 帳(とばり)は引きこもりだった。




 いや、正確に言えば不登校というのが正しい表現だろうか。


 トバリは今年で十六歳になる、高校一年生だ。

 そしてトバリは、今年の六月あたりから高校へ行っていない。

 というのも、クラスメイトたちから嫌がらせを受けていたからだ。




 俗に言う、いじめである。




 トバリの通っている学校は、巷(ちまた)では進学校と呼ばれている程度の学力があった。

 だが進学校だからといって、通っている生徒たちの知能レベルが高かったかと尋ねられれば、トバリは首を捻るだろう。


 とにかく、クズが多かったというのがトバリの意見だった。

 トバリにとってはもはや、クラスメイトと呼ぶことすら躊躇われる低レベルの人間が、あまりにも多すぎたのだ。


 クズたちは、トバリに心ない仕打ちをした。

 それらすべてが、トバリにとって思い出したくもない悪夢の日々だ。


 そんな日々の中でトバリの味方と呼べたのは、彼の幼なじみの刹那(せつな)だけだった。

 刹那だけは、トバリが学校でいじめられている間も彼を庇い、トバリが学校に通わなくなってからも、毎朝彼のことを迎えに来てくれていた。

 それが気恥ずかしかったトバリは、結局、刹那にお礼の一つも言っていないのだが。


 学校に通わなくなっても、トバリの両親は何も言わなかったが、彼らは単純にトバリに興味がなかったのだろう。

 とはいえ、なんだかんだで朝昼夕の食事は作ってくれていたので、母はトバリにそれなりの愛情は抱いていたのかもしれないが。


 そんな彼は、自宅でモンスターの狩猟に明け暮れる日々を送っていた。


 トバリは決してゲーマーではなかった。

 ただ、彼が手を出したゲームが面白すぎただけなのだ。


 モンスターをハントする喜びに取り憑かれてしまったトバリは、やがて登校すら面倒に思うようになり、徐々に自主休校の日が増えていった。

 それもいじめに拍車を掛ける要因になり、気付けば、彼は全く学校に行かなくなっていた。


 そしていつの間にか一学期が終わり、夏休みまでもが終わろうとしている。


 夏休みの最後の日、八月三十一日。

 トバリはついに、このゲームを全クリした。


 血の滲むような努力の結果、ありとあらゆる素材と武器、それに防具を集め、モンスターの狩猟数をカンストさせ、狩猟のタイムレコードは全て最高ランクのSを取得した。

 それはまさに、最強のゲームデータと呼ぶにふさわしい。


「……あれ?」


 そこでトバリは、「なんで自分はこんなことをしていたんだろう」という疑問を抱いた。

 ゲームのホーム画面に表示されている日付を確認すると、そこには無慈悲にも『8/31 8:06』の文字が。


「やってしまった……」


 今更悔いたところでもう遅い。

 もう既に夏休みは終わってしまったのだ。

 いや、まだ終わったわけではないが、ほぼ終わったと言っても過言ではない状況だろう。


「……そういえば、刹那(せつな)が最近来てないと思ったら、夏休みだからか」


 幼なじみの刹那(せつな)も、僕に愛想を尽かして迎えに来てくれなくなったのか、とトバリは一瞬思ったが、よく考えたら今はまだ夏休みだ。

 いくらトバリが不登校だからといって、夏休みにまで来るはずがない。


「とりあえず、何か食べよう」


 最後に食べ物を口にしたのはいつだったか。

 ゲームに意識を奪われていたとはいえ、最低限の食事はしていたはずだが、記憶がない。

 トバリは、何か食べられるものがないかどうか探してみることにした。


 時間的には朝なので、トーストと卵をいただくことにする。

 音が無いのが寂しかったので、テレビをつけての朝食だ。

 だがテレビをつけても、砂嵐が飛んでいるだけで何も映る気配がなかった。


「あれ?」


 チャンネルを変えてみても、他の局も同じように砂嵐が飛んでいる。

 こんな時にテレビの故障とはついていないが、文句を言っても仕方ない。


 トバリは、スマホでまとめサイトを開くことにした。

 自分がゲームに夢中になっている間に、世界がどんな動きをしていたのか知りたくなったからだ。

 このまとめサイトを開くのも久しぶりだった。


「……ん?」


 最終更新の日付は、八月二十九日とある。


 ――おかしい。

 そこでようやく、トバリは違和感を覚えた。


 ここのまとめサイトの管理人は、何年にも渡って、一年中、一日も欠かさずに更新をしていることでも有名なのだ。


 逸る気持ちを抑えて、トバリは最新の記事を開く。

 その内容は、トバリの想像を遥かに超えるものだった。




 世界中で大規模なパンデミックが発生。

 推定される死亡者は、十数億人にも達していると言われている。


 原因は一切不明。

 日本政府はまともに機能しておらず、自衛隊や有志の人間たちが各地で救助活動を行っているようだが、救助は難航している。




「は?」


 ――爆発感染パンデミック

 それは、トバリがこれまで生きてきた中で、現実では一度も耳にすることのなかったフレーズだ。

 そもそも、そんなものが日本で起こるということ自体、考えにくいとトバリは思っていた。


 だが現に、日本はおろか、世界中で同じようなことが同時に起こっているという。

 記事を読み進めていくと、さらに驚くべきことが発覚した。


 世界中で爆発的にその勢力を広げている、そのウイルスの致死率は、なんと百パーセント。

 感染すると身体が急速に冷えていき、早い場合は僅か十分ほどで死に至る。


 そしてなんと、しばらくするとその死体は動き出し、生きている人間を襲い始めるという。

 その動く死体に傷をつけられた人間がまたウイルスに感染し……死亡したあと、彼らの仲間となる。

 それはまるで、


「ゾンビ……?」


 その単語がトバリの脳裏を過ぎったのも、自然なことと言えるだろう。

 記事に書いてあるのは、まさにゾンビと呼ぶにふさわしい化け物たちの詳細だった。


 ゾンビは痛みを感じないらしく、頭を潰さない限りその動きは止まらないらしい。

 力は人間だった頃の年齢や筋力に依存するため、ゾンビになった途端にパワーが上がる、といったことはないようだ。


 ウイルスは、ゾンビに齧(かじ)られたり爪で傷をつけられたりすると感染する。

 空気感染は今のところ確認されていない。

 ゾンビに傷つけられない限りは、突然死んだりすることはなさそうだ。


「……そういえば、父さんと母さんはどこ行ったんだ」


 トバリの両親は共働きだ。

 しかし、いつもこのぐらいの時間であればまだ家にいるはずなのだが……。


「……っ」


 最悪の可能性を想像して、トバリは首を振った。

 まだ、そう決め付けるのは早い。

 しかし、両親に電話をかけてみても繋がらなかった。


「とにかく、外がどうなっているのか確かめないと」


 実際に自分の目で見てみなければ信じられない情報が、あまりにも多すぎる。

 トバリはそう判断し、一階の玄関へと向かった。

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