にじいろの糸

桃本もも

第1話

 クリスマスは戦場。

 きっと今日のわたしたちはサンタクロースの次に忙しい。


「ねぇ、いちごもう今日の分ないって」


「えっ!? あと30台も残ってるのに!? 全然足りないですよ!」


 クリスマスソングが流れる工場に、悲鳴にも似た声が響き渡る。作業台に向かっていたスタッフに不安が走るのと同時に、今度は慌ただしい足音が近づいてくる。


「ショートケーキチームが全然終わらないって言ってるんだけど誰かヘルプ行ける!?」


 不穏な空気がじわっと広がった。リーダーである五十嵐さんの顔をうかがう。帽子とマスクで目もと以外は隠れているが、嫌そうな顔をしたのがはっきりと分かる。


「どこもギリギリでしょ……トラック積むまであとどのくらい?」


「2時間くらいです!」


 はあっ、と乱暴なため息をつき、五十嵐さんはうなずいた。


「分かった、1人だけ出すから!」


 白く清潔な蛍光灯の光の下、もう12時間以上立ちっぱなし。

 12月24日の午後9時。

 サンタでもないのにわたしたちは聖なる夜に忙しく働き続けており、しかも終わりはまだ見えていない。


 ここはそこそこ有名なチェーン店のケーキ工場。今日作っているケーキは、クリスマス本番の25日に店頭に並ぶものだ。

 クリスマス商戦も今日で終わり。戦場のような工場も、明日には嘘のように落ち着くはず――だけど。


 長時間労働と睡眠不足を強いられて4日目。さすがに終わりを楽しみに思える気力も体力も残っていない。

 その上、戦力を奪われたことを根に持っている五十嵐さんは、さっきよりもピリピリしている。マスカットをトッピングする動作が少し乱雑になっている。


「誰だよ、有線をクリスマスソングのチャンネルなんかにしたヤツは」


 しゃんしゃんと鈴の音が降ってくるスピーカーを睨みつけている。クリスマスケーキを作る工場に似つかわしいけど、心を逆撫でられるのはたしかだ。

 わたしはマスカットの位置を調整しながら、ナパージュを塗ってケーキを完成させていく。薄くゼリーを纏った果物はきらきらと輝いている。


 正直、お客さまに素敵なケーキを、なんて殊勝な考えなど毛頭ない。早く帰りたい、寝られるだけ寝たい、としか思っていない。


 それでも、このケーキが誰かの幸せなクリスマスを彩るんだと思うと、ふっと笑みがこぼれた。


「良い子のところにはもうサンタさんが来てるんでしょうね」


「クリスマスの夜中に働いてるあたしたちもサンタの一種だよねぇ」


「日づけ越えますかね」


「いっそのこと越しちゃった方が気が楽だよ」


 有線がクリスマスソングからラジオに切り替わり、午後10時の時報を鳴らした。

 終業が近づくと聞こえてくる、掃除の音や穏やかなざわめきは、今日はまだ聞こえてこない。


 また陽気な鈴の音が聞こえはじめたとき、五十嵐さんは「あたしさ」とつぶやいた。


「もう彼氏に辞めろって言われてるんだよね、こんな仕事。子どもができてからも他人のサンタやるつもりかって」


 もしかして、結婚を考えているのだろうか。

 五十嵐さんはわたしの2個上だから、来年30歳になるはずだ。普通の人なら結婚を考えたくなる歳だろう。


 普通なら。


 わたしは「あぁ、まあそうなりますよね」と曖昧な相槌を打った。恋愛とか結婚とかの話題を掘り下げたくなかった。


 自分が「普通」じゃないと、嫌でも再認識させられることになるから。

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