第40話 被害妄想ではなく
答えはヴァスが教えてくれた。途端にユスティーナの体中の力が抜けた。同時にずれていた何かが火花を散らしながら、あるべきところに収まっていく。
「ああ、そう……そう、なの……それで……ローゼはヴァスを、迎えに……」
ナインが再起する。全ての前提を覆す情報が、急速に冷酷な真実を組み上げた。
ほとんどの手駒を失い、幽閉を受け入れざるを得なくなったナインであるが、ヴァスの死が彼の意地を折ったのだ。裏を返せば、最大戦力が生きていると知ったナインが懲りずに動き出すのは必然である。とにかく彼は諦めが悪い男なのだから。
ローゼも同じだ。彼は何も変わっていない。理不尽に追放されたこの離宮に戻ってきたのは、ユスティーナを許してくれたからではない。ヴァスにナインの意思を伝え、再び王家に牙を剥くために。
「私に……復讐する、ために……」
真新しい弓だこを潰すように拳を握りながら、ユスティーナは思わずあたりを見回す。ヴァスがすかさず牽制してきた。
「助けを呼んでも無駄だぞ。双子どもも含めて、離宮内の連中は無力化してある」
「──さすがですね、ヴァス。あなたがそう言うのなら、もう抵抗しても無駄なのでしょう。命まで取ってはいないようですし」
どちらかといえば、使用人たちが生きているかどうかを確認するために探査の風を放ったのだが、幸い二人に無関係の人間まで害する意思はないようだった。それだけ分かれば、ユスティーナの腹は決まった。
「分かりました。覚悟はできています。ご覧のとおり、私も九割方元の姿に戻りました。そろそろだとは、思っていました」
布団を払い、敷布の上に座り直したユスティーナは乱れていた髪を手櫛で簡単に整え、後ろに流す。ヴァスの向こうに覗く長椅子の上で、ふかふかの毛を梳いてやっていた時の思い出が頭を過り、消えていった。
「ローゼも、私だけにしてくれるわよね。私以外の者たちは、イシュカ様の決定に従っただけなのですから」
降り注ぐ冷たい視線を受け止めながら、ユスティーナはローゼに対しても確認を取る。
七年前、ローゼたちを追い出さないでくれと、イシュカに頼めるのはその運命であるユスティーナだけだった。だが彼女はローゼ父子の悲劇を傍観して終わった。
実際はユスティーナの意見など、ほとんど聞いてもらったことはないとしてもだ。それどころかやんわりと、「今後は一層、側に置く相手は選ばないとね」と言い含められていたこともあり、ローゼに責められても文句一つ言えずにいたのは事実である。
「……お、おう」
想定よりも落ち着き払ったユスティーナの態度に圧倒されたのか、ローゼの視線が揺れた。そこにつけ込む……わけではないが、後悔のないようにしておこうと、ユスティーナは続けた。
「二人とも、念のために言っておきますけど、私がいなくてもイシュカ様がナインを」
「黙れ!」
衝撃に、ユスティーナは枕に叩き付けられた。かっとなったローゼの右手が、彼女の頬を張り飛ばしたのだ。
「分かったような口をきくな! あいつに捨てられたくせに、いつまでイシュカに夢を見てやがる!!」
「……夢ではありません。事実です。あの方は習わしに縛られているから、ご自身で戦わないだけ。私という人形を使われないほうが、遙かにお強いのですよ。あなただって、それは理解しているでしょう」
腫れた頬に触れもせずにユスティーナが答えると、ローゼは自分のほうが打たれたかのように表情を軋ませた。
「何も彼も分かったような面で、馬鹿にしやがって……」
劣等感のにじんだ顔は、比較的記憶に新しいものだ。沈黙の観客と化しているヴァスのことなど忘れてしまったかのように、ローゼは嘆いた。
「ティナ、お前は本当に変わっちまったな。いいや、俺の知ってるお前のほうが、本当は芝居だったのか? って言っても、もう十年近く前の、ガキの頃の話だけどよぉ……」
だまし討ちのような形でユスティーナの寝込みを襲ったローゼであるが、むしろ自分のほうがだまされたと、彼は言いたげだった。
「修行の名の下に一緒に山の中を走り回って、遊び回って……イシュカが来る前では、お前はただのおてんば娘だった。それがなんだよ、突然銀月の君だなんて呼ばれて、かしこまりやがって……俺のことなんて最初から、御者のガキに過ぎないと下に見ていたのか?」
それはずっと、ローゼの中に封じられていた言葉だったのだろう。追放された時からさらに年月をかけ、煮詰められた怒りと屈辱がユスティーナの全身にぶちまけられる。
「だから戦場で出くわした時も、まともに相手をしてくれなかったのかよ」
頬を張られた時よりもユスティーナは身を強張らせた。ヴァスも瞳を険しくし、ローゼはぎりぎりと歯噛みした。
「……へえ、そうか、そうかよ……はは、見逃されたと感じたのは、俺の被害妄想じゃなかったんだな」
痙攣するように、ローゼの声は時々上ずる。自分で言い出したことではあるが、それが真実だと認めるのは彼の自尊心を傷付けるからだ。
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