90秒のカラオケ・ローテーション
場面は事務所から、東京某所の公園へと変わる。
トキワは黒ずくめの男たちを文字通り一掃している最中だ──ただし彼女ひとりではなく、強力な組織からの助太刀も込みで。
「なんだこのジジイ!? 弾が全然当たらねえ……ぐふうっ」
構えた拳銃を
ブランコのあたりで事の顛末を見守っている他なかったサトウは、その看板に、何より男たちを薙ぎ倒していく老人に見覚えがあった。
「あなたは……やきいも屋!!」
やきいも屋の店主は終始無言だ。タクローにも劣らぬ仏頂面を浮かべたまま、粛々と敵を拳ひとつで打ちのめしていく。その姿はさながら雑魚始末の職人芸がごとし。
「きゃっははははははははははははっ!!」
片や、トキワも甲高い笑い声を上げながら、バットを振りまわし襲いかかってきた男へ容赦ないドロップキックをかます。
瞬間──ビリビリッ!!
鋭い電流がトキワ伝いに流れ込まれ、男は泡を吹いて倒れる。
『レベル91、無敵の雷』
サトウの足元へ転がしていたトキワのスマホ画面から、タクローの声が聞こえてきた。電流はトキワではなく、タクローからの援護射撃によるものらしい。
「こ、これは……もしかしてタクローさんのSNSの力なのか?」
「さっすがタク
戸惑うサトウに対して、トキワはいたく上機嫌だ。
──ところで。
タクローが思いのほか短いスパンで高得点を連発させていたのにも、実はちゃんとカラクリがある。
ちまたで流通している楽曲の大半は3分から5分程度の演奏時間がある。5分とは短いようで長い。カラオケ採点の結果を各ステータスへと変換すると言う手間がかかる以上、それは味方を援護するには無視できないタイムロスとなる。
レンジでもすぐに見抜けたSNS『無敵の男』の弱点……それをタクローが理解していないはずがない。
ゆえにタクローは歌っていたのだ──アニメソングを。
しかもフルサイズではなく『
ニポーン国で放映されているTVアニメの大半には主題歌がある。それがオープニングにしろエンディングにしろ、1番組30分という枠組みの中で主題歌に与えられた時間は約1分半──すなわち90秒だ。
フルサイズで流せば5分の曲が、テレビでは90秒しか流されないし、カラオケにも90秒だけのヴァージョンが用意されていたりする。
そのヴァージョンこそが、タクローのSNSの回転率をぐんと早めていたのだ。
ただし、曲が短いということはそれだけ加点する箇所が限られてくるので、フルサイズで歌うよりも高得点を取る難易度は多少跳ね上がってしまう。
かといってフルサイズのヴァージョンを途中で演奏終了してしまえば、100点満点はどうあがいたって取れない。良くて50点といったところか。
ともかく、レンジがかなり早い段階で見抜いたSNSの弱点を、TVサイズ90秒間のローテンションをがっちり組むことによって大幅にカバーしていたのが、『カラオケ採点』ガチ勢ことタクローである。
トゥオッチのコメント欄では「『タクローアニソンメドレー』キター!」「なんで毎回同じ歌なの?(笑)」などといまだかつてない盛り上がりを見せている。
リスナーは誰よりもタクローのカラオケ採点攻略法に詳しい。勝負を決めなければならない時は、決まって同じ楽曲を同じ並びでぶっ通しで歌う。
しかも。
カラオケ採点結果を自身や他人のステータスに置き換えるというタクローのSNS──あまり大っぴらには言わないだけで、実はもうひとつ小技がある。
100点を取ったからと言って、その点数を
もちろん100点に近いステータス、つまりレベル100で技を繰り出すのが最も確実なのは間違いない。特に『無敵の盾』なんかは、下手な低レベルで放っても相手の強力なSNSに貫通されてしまっては意味がないからである。
しかし、そんな本気100パーセントの攻撃や防御を、レンジのようなボスキャラならともかく、たとえば公園でトキワたちが相手取っている雑魚キャラたちへ放つ必要性はいかがなものか。
(92点か。なら50点をトキワへ『無敵の雷』として変換、強化支援。35点を店長へ『無敵の槍』として変換、強化支援。……ユカリはなんかもう7点くらい寄越してやればじゅうぶんだろ)
新たに採点結果が表示されるなり、タクローは脳内で即座にステータスを割り振った。タクローの静かな本気が、カラオケボックス105号室で繰り出されていた。
彼らがタクローの仲間である限り──『SNS環境破壊防衛軍』の一員である限りはいつどこからでも無敵の恩恵を受けられるのだ。
やがてコメント欄経由で、ハートマークの絵文字と共に投げ銭が送られてくる。
これは匿名のリスナーからではなく、トキワからの合図──敵の制圧完了を知らせる暗号とも呼べぬ信号だ。
「じゃ。今日はこのぐらいで。また明日」
リスナーたちへそう言い捨てるなり、タクローは何食わぬ顔でマイクを置きいつもと同じノリでライブ配信終了のボタンを押す。
配信の終わりはいつだって唐突に訪れる。閑散となったカラオケボックスへ、またしても何も知らない老婆がウーロン茶を運びに入室してくる。
「タクロー、ばあちゃんとダーツするかえ?」
「しない」
呑気な老婆はにこにこと、カラオケボックスを後にした。東京の平穏を人知れず守り抜いたタクローは、終始にこりともしなかった。
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