第55話 甘えんぼ?

 普通に考えれば、昼休みは待ち遠しいものだ。


 昼休み前の、4時間目の後半なんて、みんなもうほぼ、授業の内容は頭に入って来ず。


 お弁当の中身や購買戦争に想いを馳せているだろう。


 あるいは、親しい友人、はたまた恋人と……



 キーンコーンカーンコーン♪



 陽気なチャイムが告げると、教室内が一気に騒がしくなる。


 それぞれのグループに分かれて、思い思いに駆けて行く。


 俺も少し前まではそんな感じで、昼休みに胸を躍らせていた。


 けれども、今は……


「…………」


 ふと視線を感じて見ると、リナちゃんが無言でこちらを見つめていた。


 いや、睨んでいる、と言った方が正しい。


 やがて、ツンと顔を逸らし、友人のトモエツとお弁当を食べ出す。


 その光景を目の当たりにして、俺のメンタルはまたしても沈んでしまう。


 今の俺は、楽しそうなこの教室の雰囲気にいると、どんどん気落ちして、下手すればうつ状態に陥ってしまう。


 不幸中の幸い、そう察することが出来た俺は、人知れず教室を後にする。


 とは言え、行くあてが思い付かない。


 中庭は陽キャ、あるいはカップルに占拠されているだろう。


 屋上も然り。


 非常階段は、ちょっとやんちゃな連中がいるだろうし。


 となると、残る選択肢は……


「……ホッ」


 幸い、校舎裏には誰もいなかった。


 告白の定番スポットだから、それこそ陽キャどもに出くわす可能性が高くなるけど。


 昼休みよりも、放課後がベターだと思うから。


 ていうか俺、見た目こそ陽キャっぽくなったけど、中身は変わらず陰キャ寄りというか、小心者のままだな。


 だから、リナちゃんにも見捨てられて……


「……はぁ~」


 俺は校舎裏の階段に腰を下ろす。


 その内、運動部が顔を覗かせるかもしれない。


 そうなると心底きまずいから、さっさと食べて、後は図書室で時間を潰そうか……


「――昇太くん」


 沈む俺に降りかかるのは、天使……のようでいて、実は悪魔かもしれない。


 そんな清楚さと残酷さを持ち合わせる、飛び切りの美女さまがいらっしゃった。


「……芽衣ちゃん」


「こんな所で、1人で食べるの?」


「うん、まあ……」


「……ごめんなさい」


「えっ?」


「私のせいで、里菜ちゃんとギクシャクしちゃって」


「いや、まあ……でも結局は、俺の責任だから。芽衣ちゃんは、気にしないで」


「昇太くん……」


 芽衣ちゃんはわずかに顔をうつむけてから、スッと俺の方に歩み寄る。


「となり、良い?」


「えっと……」


 俺は少し悩んでから、


「……良いよ」


「ありがとう」


 芽衣ちゃんは俺のとなりに腰を下ろす。


 膝の上に、愛らしい柄の巾着を置く。


 そこから、お弁当箱を取り出した。


 パカッと開くと……


「……あっ、からあげ」


「うん、あとキャベツもね」


「へぇ、美味しそう」


「ちなみにこれ、私の手作りなの」


「すごっ」


「前に、里菜ちゃんに教えてもらったの」


「えっ」


「私も少しでも、お胸を育てたくて……まあ、今の所、あまり成果は出ていないけど。ほら、夏って季節の巡り的に太りにくいから。けど、これからは食欲の秋、そして冬だから。がんばって、お肉をつけるわ」


「…………」


「って、ごめんなさい。はしたないことを言っちゃって」


「いや、良いんだけど……」


「ちなみに、だけど……その内、また……昇太くんに、マッサージしてもらいたい」


「あっ、マッサージ……」


「うん……主にバストを」


「め、芽衣ちゃん……」


「やだ、もう私ってば……あの晩、昇太くんとキスをしてから……まだずっと、火照っているみたい」


 ……エッロ。


 確かにその胸はさして大きな成長は見られない。


 けど、そんなこと関係なく、この美女さまはとてもエロい。


 美しさに加えて、エロスが加わるとか……ヤバいな。


「いただきます」


 静かに焦る俺のとなりで、芽衣ちゃんはお行儀よくそう言って、からあげをパクリ。


「うん、美味しい。さすが、里菜ちゃん直伝ね」


「そっか……」


「昇太くん、良ければいる?」


「へっ? いや、俺は……」


「ああ、そっか。昇太くんはもう、たっぷり食べているもんね」


「いや、たっぷりってほどでは……」


「だって、里菜ちゃんのお胸、いっぱい食べているでしょ?」


「ふぁっ!?」


「あのバカみたいに大きなお乳は、このからあげで出来ているようなものだから……ねっ?」


 ねっ、て……本人がいないところで、めっちゃ煽りかけているしぃ!


 とりあえず、俺は苦笑いする他ない。


「でも、やっぱり、味見して欲しいな。ちゃんと、美味しく出来ているか」


「えっと……」


「はい、あーん」


 芽衣ちゃんは俺が返事を濁している間に、からあげを口元に差し出して来た。


 顔は微笑んでいるけど、どこか有無を言わさぬ空気が漂っている。


 恐らく、この誘いを断ったら、俺は……


「……じゃ、じゃあ、せっかくなので」


「ありがとう」


 香りは……うん、良い感じだ。


 そして、味の方は……


 パクッ。


「……あっ、ちゃんとジューシー」


「本当に? 良かったわ」


「でも、ちょっとリナちゃんのと違うかも」


「里菜ちゃんのよりも、ニンニクを控えめにしているの。代わりに、塩こうじで味付けをしたのよ」


「あー、だからか。塩こうじだなんて、凝っているね」


「ええ。さっぱりしつつ、ちゃんと味にコクも出るから。何より、ニンニクを入れてお口を臭くしたくないし」


「まあ、女子だし、学校だしね」


「あと、昇太くんとキス出来なくなるし」


 ぽろっ、と箸を落としてしまう。


「やべっ」


「あら、そのお箸、もう使えないわね」


「お、俺ちょっと、洗って来る」


「私のを使って」


「へっ? もしかして、スペアがあるの? さすが、芽衣ちゃ……」


「ううん、これだけ」


 芽衣ちゃんは既に自分が口にした箸を向けて言う。


 ていうか、今あーんをしてもらった時点で、俺も口にしているわ。


「既に間接は完了しているから……あとは直接ね」


「い、いやいや、それは……」


「じゃあ、ここからは、ひたすらに『あーんタイム』ね♡」


「あ、あーんタイムって……」


「遠慮しないで、昇太くんの唾液、いっぱいつけて良いわよ」


「そ、その言い方……いや、やっぱり、やめておくよ」


「それは……里菜ちゃんのため?」


「まあ……やっぱり、俺はリナちゃんのことを……」


 言葉が止まる。


 息が止まる。


 口に広がるのは……塩こうじって、名前は知っていたけど、こんな美味いんだ……じゃなくて!


「……どう? 美味しい?」


「め、芽衣ちゃん……」


「お箸が嫌なら、口移しするけど?」


「それもっとヤバいから!」


「うふふふふ」


 芽衣ちゃんは楽しそうに微笑むけど、俺は気が気じゃない。


「じゃあ、昇太くん……あーん♡」


「いや、その……」


「食べてくれないと、私すごく、泣いちゃうわ」


「な、泣くの?」


「うん」


 クソ、いつも大人っぽい芽衣ちゃんが、こんな風に甘えた顔を見せて来ると……


 こちらとしても、何だか心を揺さぶられ、守ってあげたい気持ちが芽生えて……


「……何してんの?」


 暖かくふわふわと浮かびかけたところ、冷気に足を取られて、スッと沈む。


 ギギギ、と顔を向けると……


「……リ、リナちゃん?」


 腕組みをして、こちらをひどく睨み付ける、彼女がいた。




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