Episode10 中止になったお泊まり会

「やっぱり今回は止めにしとかない?」と杏(あんず)が言う。

 苦渋の選択を迫られた杏が苦渋の決断を下さざるを得なかったのは、その表情から分かった。

「そうだね。今回は止めとこう。また、次の機会があると思うし」

 柚(ゆず)が杏に同意した。

 彼女の表情を見た私、苺(いちご)は思う。

 柚もきっと誰かがそう言ってくれるのを待っていたのだろう、と。

「残念だけど仕方ないよね」と、私も二人に賛成した。


 本来なら私がお泊まり会の中止を言い出すべきだったのかもしれない。

 だって、他の誰でもない私の家でお泊り会をする予定だったのだから。


 私たちは、同じ中学校の同じ二年A組の仲良し三人グループだ。

 スクールカーストの中間層に位置づけられるであろう一般女子三人。

 私含め三人とも気が強すぎることも気が荒すぎることもなく、周りの生徒たちとも波風立てずにうまくやっていける……いや、やっていこうとしている一般女子だ。

 それゆえか、私のみならず杏も柚も、相手を……というか”彼女”をスッパリ&キッパリと鎌で断ち切るがごとく拒絶はできなかった。


「じゃあ、葉暮(はぐれ)さんにも伝えよっか? お泊り会は中止になったって」

「理由はどうするの?」

「私たち二人が家の事情で苺の家に行けなくなったとかでいいじゃん……しっかし、葉暮さん、どこで私たちのお泊まり会のことを嗅ぎつけたんだろうね?」


 杏が、私と柚の顔を交互に見た。

 ”もしかして、二人のどっちかが葉暮さんに話したの?”という無言の問いだ。


 私も柚も首を横に振った。

 だが、実のところ、私には心当たりはあった。

 私はスマホアプリではなく、アナログな紙の手帳でスケジュール管理を行っている。

 ある日の休み時間、手帳のマンスリーページを開きっぱなしにしたまま、教室の席を離れたことがあった。

 そのマンスリーページにはお泊まり会の予定が……しかも、とても楽しみにしていたのでその日付の欄に目立つように可愛いシールまでも貼っていた。

 私が教室に戻ってきた時、彼女――葉暮メロン――がそのページをジーッと覗き込んでいたことがあったのだ。

 だが、絶対にこのことは杏と柚には言うまい……というよりも言えない。


 しかし、手帳を開きっぱなしにしたまま席を離れた私の脇が甘かったのは百も承知だが、まさか人の手帳をああも無遠慮に覗いているとは思わなかった。

 そればかりか、お泊まり会に誘ってもいないのに「仲良し四人でのお泊り会、楽しみだねぇ」と私たち三人に満面の笑みで話しかけてくるとは……。


 杏が溜息をつく。


「葉暮さんは『仲良し四人でのお泊り会、楽しみだねぇ』なんて言ってたけど、そもそもあんたがいつ私たちのグループに入ったんだか。いつの間にか私たちの話に割り込んでくるようになって、いつの間にか私たちの近くにいて、当然のように一緒に行動するようになってきて、正直怖いんだけど」


 頷いた柚も溜息をつく。


「本人もいい加減、気づいても良い頃だと思うよ。というよりも、私たち三人が”壁を作っている”ことぐらい普通気づくでしょ? 素でああだとしたら鈍すぎるのか、何でも自分の都合の良い方に解釈してしまうのかは分からないけど」


 柚の言う通り、私たちは葉暮メロンに対して”壁を作っている”し、その壁を崩したことはない。

 代表的なものとしては、お互いの呼び名だ。

 私たち三人は皆、名前で呼び合っている。

 けれども、私たちは葉暮メロンに対し、”葉暮さん”という名字呼びを絶対に崩さない。

 それなのに、向こうは「杏ぅ!」や「柚ぅ!」や「苺ぉ!」など、馴れ馴れしく名前を呼んでくるし、事あるごとに体に触れてくる。

 ”体に触れてくる”と言っても、デリケートなゾーンを触ってくるわけではなく、ポンと肩を軽く叩いてきたり、腕を絡ませてじゃれてくるだけではあるも、いくら同性とはいえ、あまり仲良くない人に……”仲良くしたいとも思っていない人”に体を触られると何とも言えない気持ち悪さを感じずにはいられない。

 しかも、私たちに気持ち悪さを与えてくる張本人は、そのことに微塵も気づいていないし、気づくこともないだろう。

 

 よって、楽しみにしていたお泊まり会も中止せざるを得なかった。

 葉暮メロンに嗅ぎつけられた時点で、私たちの楽しみはヒュルヒュルとしぼんだうえシナシナに萎びてしまったわけだし、学校内のみならずプライベートな空間で一晩一緒に過ごすなんて何の罰ゲームだというのだ。


 そもそも、私の家に……私の部屋に葉暮メロンを入れたくない。

 杏や柚なら私の部屋にいても嫌じゃないし、そもそも二人なら何回も遊びに来たこともあるし、私だってそれぞれの家に遊びにいったことだってある。

 だが、葉暮メロンは嫌だ。

 私の家の私の部屋で眠ったり、トイレやお風呂を使ったりしてもらいたくない。

 動物じゃないけれども自分のテリトリーに入られたくない、テリトリーを掻き乱して欲しくない……といった表現がこの場合はしっくりくるかもしれない。


 私たちは、葉暮メロンにお泊まり会の中止を伝えた。

 杏と柚に急な家の用事ができたから、今回のお泊まり会は中止になった、と。

 「そっか。それなら仕方ないね」と、葉暮メロンはあっさりと了承してくれた。



※※※


 中止になったお泊り会の当日。

 外は空の色すら分からぬほどの大雨が降っており、風は風で建物たちを嬲るがごとく吹き付けている。

 時折、空が光り、少し遅れて雷鳴も轟いでいた。


 両親はだいぶ前から予定されていた親戚の結婚式に出席するため、海外に行っている。

 一人で留守番中の私の元に両親から「まさか台風がこんなに早く上陸するとは思わなかったな。一人にするんじゃなかった」「家の戸締まりもしっかりして、万が一、避難指示が出たら、近所の人たちと一緒に避難するのよ」と連絡もあった。


 今日のお泊まり会は中止になってしまったけど、元々、中止になる運命だったのかもしれない。

 仮に、本当の仲良し三人だけでのお泊まり会であったとしても、杏も柚もこの天候でお泊まり会を決行しようとは言わないだろうし、おうちの人たちだって絶対に止めるはずだ。

 あらゆる意味で、こうなって良かったのかもしれない。


 庭のプランターやガーデンオーナメントを取りこぼしなくガレージに避難させていることや家の全ての雨戸をきちんと閉め切っていることを再確認した私は、いつもより早めにお風呂に入って寝ようとした。


 なのに、インターホンが鳴らされた。

 インターホンから聞こえてきたのは「苺ぉ!」という葉暮メロンの声だった。


 !!!

 私の全身はサアッと冷たくなる。

 豪雨や強風に煽られてもいないのに、全身が一瞬でびしょ濡れになったがごとく鳥肌が立っていた。


「きょ、今日のお泊まり会は中止になったって伝えたよね……杏も柚も来れなくなったからって……」


「中止になったってことは知ってるよぉん。でも、来ちゃったぁ。杏と柚が来れないなら、私たち二人だけでお泊まり会しようかなと思ってさぁ。いや、二人だけじゃないよぉ。だって私、家の犬二匹も連れてきたんだもぉん」


 えええええ!!!

 犬も連れてきた?!?

 しかも二匹も?!?


 私は別に犬は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。

 だが、人の家に無断で犬を連れてくるのはマナー違反だろう。

 さらには私の母親は潔癖症なところがあって、家で動物を飼うことを嫌がるタイプだ。

 犬を家の中に入れたりなんてしたら私が母親に叱られる……というか、あんた、色んな意味であり得ないから!!!


「あ、あの……葉暮さんの家の人、今頃すごく心配していると思うよ。こんな状況だし、早く家に帰った方がいいって…………」


「ううん、大丈夫だよぉ。だって、うちの親だって、私が苺の家に泊りに行くっていったら、『ああ、あのセレブな家ね。せっかくだから、お土産いっぱいもらって帰ってきなよ』って送り出してくれたもぉん」


 ……こ、子が子なら、親も親だ。

 この凄まじい台風のなか、なぜ送り出す?

 なぜ泊める側がお土産を渡す必要がある?

 普通、逆じゃないのか?

 いや、そんなことより、私はあんたを家に入れたくない……。


「ご、ごめん……やっぱり帰った方がいいって。それに、親からも誰も家に入れるなって言われてるし……」


 しばしの沈黙。

 分かってくれた(すなわち、帰ってくれた)のかと思いきや、ハァハァという荒い息遣いならびに犬の吠え声ともに、葉暮メロンは戻ってきたらしかった。


「ごめーん、何か言ってたぁ? さっきラッキーが門扉におしっこひっかけちゃってさぁ。私もラッキーもハッピーも寒くて震えてるし、お腹も空いてるんだけどぉ。早くおうちに入れてよぉ。お風呂に入って温まりたいよぉ」


 葉暮メロンの気持ち悪い甘え声。

 そのうえ、こいつは信じられないことまで言い出した。


「杏や柚とも友だちだけど、実は私、苺とは一番気が合うって思ってるんだよねぇ。二人には言えないけどぉ。苺もそう思っているでしょぉ? 四人グループなんだけど、私と苺の二人、そして杏と柚の二人がとりわけ仲良いペアだってさぁ。今日は杏と柚もいないんだし、二人だけでとことん語り合おうよぉ」


 えええええ!?!

 こいつは私狙いだったの?!?


 その時、外が明るくなり、雷鳴が轟いた。

 雷(いかづち)は葉暮メロンを貫いてはくれず、離れた場所に落ちたようだった。


 葉暮メロンは私が押しに弱く言うべきことをはっきり言えない性格であることを見抜いて、ハイエナのごとくたかってこうようとしている。

 そこまで理解しているのに拒絶できない私も私だと思うが……でもはっきり言えない。言えやしない。

 お願いお願い、助けて助けて助けて助けて助けて助けて。


 スマホを手に取った私は、無意識のうちにL○NEアプリを開いていた。

 こうなったらもう杏と柚に助けてもらうしかないのだから。



(完🐶)


 いやいや、さすがにこれは自分で断ろうよ……( ̄- ̄)

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