Episode7 二度寝妻(にどねづま)

 私が最初に異変を感知したのは、3日前の204○年7月7日午前5時49分14秒だった。

 前日までは何の異常もなかったと記録している。

 

 毎朝、私は午前6時00分00秒に目を覚まし、朝は必ず和食派である夫のために栄養バランスと時間配分をしっかりと計算した朝食とお弁当を作りを開始する。

 午前7時過ぎに起きてくる夫に「おはようございます」と三つ指をついて挨拶し、夫が家を出る時には再び三つ指をついて「いってらっしゃいませ」と見送る。

 留守を任された私は、冷蔵庫とパントリーに常備した食品や、夫に必要な消耗品含む生活用品の在庫を確認し、ロスを極力減らすために夫の消費ペースのデータと照らし合わせ、必要に応じてECサイトで夫の名前にて発注する。

 その後、2LDKのマンションを埃ひとつ残さずほど隅々までピカピカに磨き上げ、夫のために快適な居住空間を保持するのだ。

 なお、私は家から一歩も出ることはない。

 ちなみに、ゴミ捨てだけは夫が率先して行ってくれるため、私も夫に任せることにしている。


 以上、このように規則正しく、寸分の狂いもなく私は夫との生活を送っている。

 いや、送っていた。

 冒頭でお伝えした通り、3日前の204○年7月7日午前5時49分14秒、本来目覚めるはずのない時刻に目が覚めるという異変が私の身を襲うまでは。

 そればかりか、私はなんと二度寝までしてしまったのだ。

 私が再び目を開けたのは、定められた起床時刻である午前6時00分00秒ではなく、午前6時19分35秒であった。

 何たる時間のロス!

 私は取り急ぎ、冷蔵庫とパントリーに常備している食品から最も早く作ることができるであろう朝食とお弁当のレシピを、私自身の記録に照会した。

 よって、何とかその日は普段と変わらぬクオリティーの朝食とお弁当を夫に用意することができた。


 けれども、私は次の日も、そのまた次の日(つまりは今日)も二度寝をしてしまったのだ。

 二度寝による朝寝坊。

 今日など、夫の方が先に起きていた。

 夫の朝食もお弁当も間に合わなかった。

 こんなことあってはならない。

 さらにあろうことか、私はその二度寝の時間に……もう一度眠って再び目を覚ますまでの時間に、背徳感にも似た至福を感じてしまうまでにもなっていたのだ。

 眠っちゃいけない……起きて私の仕事を……夫のために家事全般を遂行しなければ……でも眠りたい……休みたい……ほんの少しだけでも……だって家事遂行中に船を漕ぐよりマシなんだから……だから、あともう少し……あぁ幸せ……何たる幸せ……まさにこれぞ至福の時……といった具合に。


 私は意を決して、夫に打ち明けることにした。

 夫に切り捨てられることは当然だと覚悟したうえで。

 切り捨てられる以外の未来があるなんて可能性は0%であったし、いつかやってくる私の最期の時がついに迫り来ただけなのだと受け入れるつもりだった。


 夫は黙って私の話を聞いてくれていた。


「……お前も疲れたんだろう。少し安んだ方がいい」

 

 ゴミのように……いや、こうなってしまった私はもはや紛うことなきゴミでしかなくスクラップ工場行きだと推測していたが、夫の口から発されたのは想定外の言葉だった。


「お前が俺の家に来てから、もう十四年か。たまに長期メンテナンス期間はあったが、それ以外のお前はよく働いてくれた。……さすがにロボットだって疲れはたまるよな。二度寝をしたくなる時期だってあるよな」


 夫は私の身に起こっていることを、”単なる経年劣化によるバグ”だとは言わなかった。

 私の胸が熱くなる。

 熱くなんてなるはずがないのに熱くなり、目の奥がツーンとしてきた。


「……で、ですが、さすがにそろそろ買い替え時です。この十四年の間にも製造元(私を作った会社)は海外会社とも提携し、格段に技術を高めています。私などよりも性能の良い家事ロボットも誕生しています。それに、いくら私が年を取らないまま……肌や髪、歯や体型の著しい老化現象は起こらないにしても、私の顔立ちや最初から施されているメイクは約十四年前の流行に乗っ取ったものであり、今の時代にはやや古臭さを感じさせるかと……いえ、外見はさておき、時は移り変わるわけですからロボットにもいずれは世代交代の時期が…………現に私の製造元でも新しくて初々しいピチピチのロボットたちが次々と誕生しているんです。……こんなに古びてしまったうえに、二度寝妻にも成り下がった私などもうロボット失格で…………」


 涙声にまでもなってしまった私は、これ以上、続けられなかった。

 「女房と畳は新しい方がいい」という日本のことわざがあるが、この場合は「ロボットと畳は新しい方がいい」と応用すべきか。

 所詮、代替が利く機械でしかない私に「女房と鍋釜は古いほど良い」や、フランスのことわざ「女とワインは古い方が良い」ならぬ、「ロボットと鍋釜は古いほど良い」や「ロボットとワインは古い方が良い」となるわけがないのは夫だって理解しているはずなのに。

 

 だが、夫は首を横に振った。

 そして、十四年前に私の購入を決めた時と同じ優しい目で私を見つめた。


「バグを修正してもらったら、またここに戻って来るんだ。古いとか新しいとか、そんなことは関係ない。俺はお前の代わりなんていないと思っている。何より、俺はずっとお前と一緒に暮らしたいんだから」



(完💕)

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