Episode5 いくつに見えます?
私だって、優亜(ゆあ)が根はいい子だってことはちゃんと分かっている。
なんだかんだ言って、幼稚園の時からの同級生であり、幼馴染であり、なおかつ親友でもあるという間柄で、かれこれ二十年以上もの長い付き合いだ。
でも時々、これさえなければ……と思うことがある。
「いくつに見えます?」
この言葉は、優亜の口癖と言っても過言ではない。
店員さんなどの初めて会う相手、あるいは知り合ってまだ日も浅く、自分の実年齢(三十歳)を知らないであろう相手などには必ずこう言うのだ。
年よりも若く見える自分。
いつまでも少女のような自分。
それが優亜のアイデンティティであった。
まあ、確かに”年より若く見える”のはお世辞ではない。
垢抜けなくてモッサリしているがゆえに、若く見られる……というよりも年齢不詳なタイプには該当しない。
実際に可愛いらしい顔はしているし、さすがに本物の少女(女子中学生や女子高校生)には見えないも、フレッシュな新卒の女の子ぐらいには見える。
しかし、ナチュラル風ではあるも完全に大人の女として熟練したヘアメイクは常に施しているし、彼氏も過去に何人かいて、私より豊富な性経験を有してもいるというおまけつきだけれども。
※※※
今日も私は優亜と会う約束をしていた。
一緒に歩きながら優亜は言う。
「こうして出かけるの久しぶりだね。また前みたいに、姉妹に間違えられちゃったらどうしよう?」
それは、同級生なのにあんたが妹で私が姉に間違えられたらどうしようっていうことか?
どうせ私は老け顔だ。
ナチュラルに無神経というか、なんというか。
でも「親子に間違えられちゃったらどうしよう?」って言わなかっただけマシだと思うことにした。
優亜のこういったところには辟易はしているけど、私は優亜の付き合いをやめる気はない。
人間誰しも長く付き合っていったらいったで、いろいろと粗が見えてくるのは当たり前だ。
「結婚前には両目を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ」というトーマス・フラーの名言があるけれども、この名言は友情に関しても応用できると私は思う。
「常日頃から片目を閉じても見られるところは閉じたままでいよ。相手も片目を閉じてくれているのかもしれないのだから」と。
優亜だって私に言いたいことがあったとしても、私の粗には片目を閉じてくれているのかもしれないのだ。
でも、正直なところ、これからの人生、若く見られることだけに固執していると自分自身がつらくないかとは思う。
三十歳の私たちが日本人女性の平均寿命まで生きたとして、あと五十年以上もの人生が残っている。
今、こうしている間にも着実に老いてはいっているのだから。
※※※
そんな矢先、優亜に彼氏ができた。
会社の同僚が主催してくれた合コンで知り合ったらしく、私たちの一歳年上の三十一歳の男性とのことだ。
優亜も多少は盛って私に話してくれたのかもしれないが、その彼氏の話を聞いた限り、彼氏としてだけじゃなくて結婚相手としても好条件というか、かなりのハイスペックでもあった。
そして、実際に優亜は私にそのハイスペック彼氏を紹介してくれた。
確かに毛並みの良さというか、エリート臭はこれでもかというほどに醸し出されていたけれども、それは上っ面だけのものであるようにも思え、なんだか”人として嫌な感じのする男”だった。
案の定、奴と付き合いだしてからと言うもの、優亜は変わり始めた。
優亜の変化は、あまりにも分かりやすかった。
率直に言うと年相応に近づいてきたというか……目に見えて老けてきたのだ。
顔立ち自体はなんら変わっていないし、ヘアメイクだって今まで通りというか、若く見せようと頑張っていることが感じられるけれども、優亜がまとっている雰囲気が明らかに今までと違ってきている。
優亜は私に話してくれた。
「彼にこう言われたの。『お前は大して若くは見えないし、どっからどう見ても年相応のおばさんだ。社会で重要なのは見た目年齢じゃなくて実年齢なんだよ』とか、『若く見られたなんて喜ぶなよ。世の中の大半の奴らはお世辞を使うことの効用を知ってるんだ。そして、お前が見た目にばかりこだわる馬鹿な女だってこともな』とか……」
この話を聞いた時、信じがたいが”言霊”って本当にあるのかもしれないと私は思った。
いや、何よりも……奴の言動はモラハラ以外の何物でもない。
こんな奴と付き合って楽しいはずがない。
別れたら? と言った私に、優亜は首を横に振った。
「でも私たち、もう三十歳なんだよ。独身だった他の友だちや同級生だって皆、次々に結婚していってるし」
あ、そこらへんの危機感は持っていたのか。
確かに今は、第二次結婚ラッシュ(ちなみに第一次結婚ラッシュは私たちが二十四、五歳の時)だ。
さらに、優亜は続ける。
「それにね、彼は私の外見じゃなくて、中身を好きになったとも言ってくれたの」
うーん……それも奴の戦略だと思う。
奴も、優亜が自分の外見にすなわち年よりも若く見られることにアイデンティティを置いているのは一目で分かったろう。
優亜は出会いの場となった合コンでも、お決まりの「いくつに見えます?」をやったに違いないのだから。
彼氏彼女の関係だけで終わればマシだが、夫と妻という関係にまで進んでしまえば、優亜が苦労するのは目に見えている。
多少の粗どころの話ではない。
私なら、あんな奴と五十年近く一緒に暮らすぐらいなら一生独身でいることを選ぶけど、とはさすがに言えなかったものの、付き合いを続けるかどうかよく考えたら、とは優亜に伝えた。
※※※
そうこうしているうちに、取り返しのつかない状況になってしまった。
優亜が妊娠してしまった。
さらに優亜は、絶対に産むと言い張っている。
授かり婚なんて珍しくないし、ふしだらだのなんだのって弾劾されるような時代でもない。
相手があんな奴でなければ、私だって祝福していた。
これから優亜と優亜の子どもが乗り込もうとしている未来は、見た目は綺羅びやかであってもメッキでしかなく、実質は泥で出来た船に乗り込むようなものだ。
絶対に詰んでしまうだろう。
かといって、いくら長い付き合いの親友とはいえ、私が口を出してもいいことだろうか?
ただの別れ話ならまだしも(ただの別れ話だとしても口を出すのは是非あるだろうが)優亜の体にはもう一人の生命が宿っているのだ。
優亜の心はもう決まっているわけだし、昔からこうと決めたら一直線に突き進む性格なのだから。
優亜が奴に妊娠を告げた時、案の定、奴は真っ青になったらしい。
そして、優亜にこうも言い放ったと。
「え……? なんで妊娠なんかしてんだよ? 俺がお堅い仕事をしていることを知っているだろ? 上司や同僚に、計画性のない男だって思われたらどうしてくれるんだ?」
どうしてくれるんだ?……って、自分が子どもを作ったくせに。
そもそも、それほど体裁を気にしている(授かり婚=計画性がないと考えている)なら、ちゃんと結婚してから子作りをすれば良いものの、快楽だけを貪って、(奴の認識では)その”ツケ”を払うことを拒否するとは。
奴は当然のように続けたらしい。
「”お前は”いつ堕ろしにいくんだ?」と。
優亜は断固として、首を横に振った。
振り続けた。
これだけは譲れない、と。
自分の子を守りたい女と自分の子を殺したい男と攻防は続いた。
だが、結局は優亜の勝利となった。
優亜の方が一枚上手であったらしく、優亜は自身の両親だけでなく、奴の両親をも味方につけることに成功した。
渋々ながら最終的に結婚に同意してくれたとはいえ、一度は自分の子どもを無かったことにしようとした男とよく添い遂げようとしたものだと思わずにはいられなかった。
※※※
妻となり、ほどなくして母親にもなり、ライフ・ステージが変化した優亜は「いくつに見えます?」とはもう言わなくなっていた。
初めての育児は楽しさと刺激に満ちているも想像以上に大変で、見た目の若さなんかにこだわっている場合じゃないと思ったのだろう。
優亜もまた、世の大半のお母さんたちと同様に自分のことは二の次となってしまったようだ。
ある日、私は優亜の家にお邪魔することになった。
もちろん、奴が仕事中の時を狙ってだ。
今もなお、私は奴と同じ空気を吸いたくなかったし、ほんの数時間とはいえ奴が空気を吸っていた場所で過ごしたくはなかったのだが仕方ない。
子どもが小さいとやはり必然的に家で遊ぶことの方が多くなるのだろう。
優亜の子どもは、自分が生まれる前に両親の間でどんな事があったか知らぬまま、無邪気な笑みを私に見せてくれた。
しばらくして、チャイムが鳴った。
優亜は子どものオムツ替えで手を離せない状況にあったため、私が代わりに玄関先へと向かうことになった。
来客は子どもを抱いた女性だった。
肩には大きなマザーズバッグ。
女性の年齢は、私たちと同じぐらいか?
そして、女性が抱いている子どもは、優亜の子どもとほぼ同じぐらいの大きさだった。
私の全身にサッと目を走らせた女性は、勝ち誇ったような笑みをありありと浮かべる。
「はじめまして、奥様。…………”あの人”、私には堕胎を強要してきたというのに、奥様にはそうじゃなかったんですね。何も知らないまま、幸せそうに暮らしているとは聞いていたのですが、やはりきちんと知らせておいた方が良いと思ってお邪魔させていただきました。……この子、いくつに見えます?」
(完)
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