2022 春 2
「うわっ!」
俺はさっきの場所に倒れていた。
今見たのは一体?周りは明るい。
顔を拭ってみるが、血はついていなかった。
切った枝は俺の隣に落ちていた。
夢?それとも頭を打って幻覚でも見たのか、にしては妙にリアルだった。
まるで、何かの記憶を見ているようだった。
「枝の記憶?」
俺はつぶやき、今見た全てを鮮明に思い出そうとした。
もちろん仕事の手は休めない。
母に似た雰囲気の女性が殺害されていた。
犯人は、分からない。
黒い影、振り下ろされた凶器。
場所はまさに脚立から落ちたシダレザクラのあった場所。
異なっていたのは、暗かったこと、近くの電灯が今の物とは違ったいた事、周りの木々は秋の様相だった事くらいだろうか。
つまり、現在ではない、過去の記憶。
過去の事件。
中学生の頃、幼なじみの菊富勇志がこんな事を言っていた。
昔、この村で行方不明事件が相次いで起こった。
今見た記憶は、その事件に関係しているのだろうか。
何より、母に似た雰囲気の女性についても気になる。
俺は仕事を一通り済ませると、師匠に挨拶をして帰宅した。
人は考え事をしていると時間が進むのが早いと聞いたことがあったが、まさにこの状況だと思う。
いつの間にか夕暮れだった。
「ただいま」
俺が家に帰ると、キッチンの方から母の声が聞こえた。
「おかえり。そろそろ夕飯ができるから手を洗ったら来て」
「はーい」
俺は適当に返事を返し、洗面所に向かった。
鏡に映る顔には血はついていない。
額に滴った血は幻覚だったのだろう。
ところで、桜下家では一家揃って食事をすることが習慣となっている。
夕飯は俺の帰りを待っていたようで、食卓には祖父も父も既に座っていた。
夕飯はいつも通りの和食だった。俺の好きな唐揚げは、高校野球部が食べるような量が作られていた。
祖父と父は進んで箸を伸ばそうとしないので、俺は胃もたれ覚悟で大量の唐揚げに立ち向かった。
「どうだ正暉。仕事の方は慣れてきたか?」
父がお茶を飲み終えると尋ねてきた。
「まあね。大学で習ってることも役立ってるし、師匠も分かりやすく教えてくれるからだいぶ慣れた」
父は嬉しそうな顔になると、「明日も頑張れよ。ごちそうさまでした」と行って風呂に向かった。
自然な会話が生まれたことタイミングで、例の行方不明事件について切り出そうと思った。
「ねぇ、じいちゃん。昔この村で行方不明事件があったのってほんと?」
俺が行方不明事件と言った瞬間、祖父と母の表情はすぐに硬くなった。
「誰かから聞いたか?」
「いや、中年の頃勇志がそんな事言ってたなーって思って」
「そうか。まあ、隠すことでもないからな」
そういうと祖父は母とアイコンタクトをとり、持っていた小さな茶碗を机に置いた。
「実は、正暉の叔母で、彩子の姉にあたる真紀子が34年前の10月19日に行方不明になってるんだ。もちろんまだ見つかってない」
祖父の発言に衝撃が走った。
母の姉。俺に叔母がいたなんて知らなかった。34年前に行方不明になっていると言うなら知らなくて当然だが。
そうすると、今日見た記憶の女性は叔母の真紀子ということになるのか?だとすると、母に雰囲気に似ていた事も納得できる。
また、10月19日という日付にはなぜか心当たりがあった。
しかし、俺の頭の中は疑問で溢れていた。
「行方不明って、警察とかの捜査はどうだったの?」
「もちろん捜査してもらった。でもな。数日後に差出人不明の手紙が届いたんだ。確か内容は、駆け落ちを示すものだった。2人で遠くの町へ行く、探さないでくれって、男の文字だったが。それで警察も真剣に取り合ってくれなくなったんだ。結局、真紀子からの連絡は34年間一切ない。わしももう諦めかけとる」
そこまで話し終えた時、母の目には涙がうかんでいた。
そして、涙を拭いながら話し出した。
「私が中1で姉さんが高3の時だったわ。私は必死に警察に訴えたのよ。姉さんは駆け落ちするような人じゃないって、手紙だって姉さんの名前もない、ちゃんと捜査してくださいって。でもダメだったの。その事件の心労で私のかあさんも病気になっちゃって。ほんとに酷い事件だった。」
すると母は、席を立ちどこかに行ってしまった。
「じいちゃんは、誘拐とか事件に巻き込まれたって思ってるの?」
祖父は険しい顔つきになった。34年前を思い出すことが苦しいのだろう。
「ああ、駆け落ちや家出なんかではないと思ってる。でも今となっては真実はわからん。最後に学校の校門で真紀子と別れた友人もそんなことをする様子はなかったと言っていたしな」
「最後に叔母さんが目撃されたのって、何時くらい?」
俺の具体的的な質問に少し驚いた祖父だったが、「6時15分頃らしい」と答えてくれた。
しばらく沈黙が続いた。
今日見た記憶の話をするべきだろうか。あれは叔母の死を暗示させる内容だった。
とても祖父と母の前では話せない。
少しして、古いアルバムらしきものを母が持ってきた。
「これが姉さんよ。」
真紀子の高校の入学式で撮ったと思われる写真だった。
記憶の通りだった。
母に似ており、制服も一致していた。
「これが、俺の叔母さん」
それ以外に言葉は浮かばなかった。
「姉さんが行方不明になった年は他にも色々あったわ」
母が消えそうな声で呟いた。
「そういえば、そうだったな」
詳しく聞こうと思ったが、母はアルバムを閉じて夕飯の片付けを始め、祖父も茶碗を持ち直し夕飯の再開してしまった。
「ごちそうさま」と言い残し俺は部屋に戻った。
10月19日。
俺は、スマホを取り出し日記のアプリを開いた。
女々しいかもしれないが、俺は日記をつけている。元々は部活の振り返りノートのような形で始めたが、それが現在に至るまで習慣となっている。
すぐに2016年のページの10月19日を見つけた。
そう、この日だ。
俺は日記を読み直して笑った。
その前後の記憶も思い出し、青春してたんだと思い返した。
それから1週間程で、師匠のもとでの仕事は一区切りついた。
大学ですることも残っていたため、次の帰省は夏と決め俺は村を去った。
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