第4章 第3話 姉の記憶 未だ遠く
「じゃあ早速、ギルドハウスに行こうか」
月食エリアに到着した鼎達は、汐音を連れてギルドハウスへ向かった。やはりというか、汐音はまだ不安そうな様子を見せていた。
「本当にお姉ちゃんだったら…」
「私達も色々話してみたけど…やっぱり汐音の事を覚えて無い可能性が高い」
「その辺も踏まえて、出来るだけ取り乱さない様にして欲しいかな」
鼎達は冷静に、汐音を落ち着かせようと努めていた。何も覚えてない姉を見て、ショックを受ける可能性が高いからだ。
「大丈夫です。とにかく、姉と同じ顔かどうかを確かめなければいけません」
美来に似たNPCが何も覚えてない可能性や、本当に他人である可能性もある。汐音は、何の手がかりも得られない覚悟も出来ていた。
ーー
「あれ?その子新入り?」
「新人プレイヤー。ボク達のギルドハウスに入るかどうかは、まだ決まって無いよ」
まだ多くのユーザーが集う時間では無かったが、ワウカの他数人のギルドメンバーが既にいた。特にミッションをする事もなく、ギルドハウスで他愛のない話をしていたみたいだ。
「ふーん…可愛い子じゃん」
「…私を守るの疎かにしないでね」
「ちょっと可愛いなと思っただけです…」
「そうなの?なら別にいいけど」
ワウカの取り巻きの男の中には、明らかに汐音に見惚れている者もいた。自分の味方が減る事を恐れているワウカは、彼らの様子にも注意していた。
「あの…このギルドにミクというNPCの人が居ると聞いて来たのですが…」
「ああ…彼女なら向こうの部屋に…って、ちょっと?!」
それを聞いた汐音は、すぐにミクがいる部屋に向かった。ギルドメンバーの中には驚いている者もいたが、桃香と鼎は落ち着いて後を追った。
ーー
「きゃっ!」
「あっ、すみません!」
急いでいた汐音は、廊下の角でギルドメンバーとぶつかってしまった。勢いがあった訳ではないので、どちらも怪我は無かった。
「あの…大丈夫ですか…っ!」
ぶつかった相手を心配した汐音は、彼女が姉と同じ顔をしている事に気づいてしまった。前から分かっていたはずなのに、声が出なくなって動けなくなってしまった。
「ちょっと汐音チャン、そんなに急いだら危ないって…おっと」
後から追って来た桃香も、汐音がミクと遭遇した事に気づいた。汐音が取り乱していないと判断した彼女は、しばらく静かにすると決めた。
「そっちこそ大丈夫?顔色悪いけど…」
「はい…」
ミクは驚いた様子の汐音の顔を、不安そうに見ていた。それは妹を見る目では無く、初対面の相手と接する時の目だった。
「私達…何処かで、会った事…ありませんか…?」
「勘違いじゃないかな…あなたの姿はゲーム内で見た事無いし…」
汐音はその言葉を聞いて、取り敢えず諦めがついた。今の彼女は汐音の姉では無く、lunar eclipse projectのゲーム内に存在するNPCなのだ。
「汐音、大丈夫…じゃないか」
「あ、ミクちゃんは気にしなくて大丈夫だから」
ミクは汐音を少し不審に思っていたが、桃香は余計な説明はしない方が良いと思っていた。自身をNPCと認識している彼女に余計な情報を与えると、混乱を招く可能性がある。
「さっきの子も、ギルドメンバーになるんですか?」
「まだ分からないよ。ゲームに慣れたら、それでお別れになるかも」
ミクは汐音の事を気にしていて、力になれるなら助けたいと考えていた。汐音に関する記憶は無かったが、それでも気になっている様だ。
「ミクはゆっくりしてて」
(また私は一人なんだ…)
そう言って鼎と桃香は、メンバーが集う広間へ戻って行った。ミクはメンバーの会合に混ぜてもらえない事に不満を抱いていたが、今回も我慢する事にした。
ーー
「さっきの子はミクに興味があるみたいだったけど、今は大丈夫?」
「思ったより落ち着いてるよ。すぐにメンタルケアが必要な状態じゃないね」
広間にいたワウカは、桃香に汐音の精神は大丈夫か聞いた。彼女は別に汐音の事はライバル視しておらず、普通に心配していた。
「で、汐音ちゃんもかなりの訳アリっぽいけど…教えてよ桃香」
「分かった。同じギルドの仲間だし、教えるよ」
ーー
桃香はワウカや彼女の取り巻きの男達に、汐音とミクの繋がりについて伝えた。ワウカは真剣に聞いていたが、他のメンバーは疑わしそうに聞いていた。
「ミクってNPCだよね…それが汐音ちゃんの姉…?」
「はぁ…あり得ない。人違いじゃ無いのか?」
やはりというか、ワウカ達は本当に繋がりがあるとは思っていない様子だった。鼎は汐音に申し訳ないと思いながらも、比較した画像を見せた。
「確かに似てる…ってか髪の色とか目の色以外ほぼ一緒じゃん」
「現実世界だと、美来サンは昏睡状態になってるみたいだよ」
ワウカの取り巻きの男達の1人が“まさかそんな…”と呟いた。ワウカ本人も、本当ならアナザーアース自体が相当危険なのでは無いかと思い始めていた。
「え…ユーザーの意識が戻らないまま昏睡する事件って、本当にあるんスか?」
「前に被害者を助けた事もある。ちゃんと意識が戻って良かったよ」
「あんな可愛い子が被害に遭うなんて、恐ろしいよ〜」
鼎達は、以前賭場で売られそうになっていた一橋朱音という少女を助けた事がある。彼女の意識は無事に戻り、以前と変わりなく生活している。
「ひぃ…そんな事もあったのかよ」
「聞いたことあるよ〜物騒な事件だよね…」
鼎は朱音救出の一件で、ブラックエリアとの関わりを持つ様になってしまった。だが、一人の少女を無事に救い出す事が出来たので、後悔はしていない。
「…アイリの意識は、まだ戻っていない」
ブラックエリアとアナザーアースの開発者の事件に巻き込まれた結果、水瀬愛莉は昏睡状態になっている。鼎に協力した結果、被害者になってしまったのだ。
「私があの子に協力しなくていいって、ちゃんと言っていたら…」
愛莉はある事件で知り合ってから、協力を申し出ていた。力になっていたが、結果としてこの様な事態になってしまった。
「おいおい…流石に冗談でしょ…」
「鼎は投げ出したいって思わなかったの?」
ワウカの取り巻き達は怯える一方で、本人は意外と落ち着いていた。彼女の目的は彼氏を見つける事なので、これくらいの事で逃げ出す訳にはいかないのだ。
「私は、これでも探偵業をやっているから。フィクションの中に出てくる探偵とは違うけど、こんな事態になって調査しないで逃げ出すなんて出来ない」
「…まあ、こんな感じで鼎サンはすごいから」
鼎は、愛莉が昏睡状態になったことに責任を感じていた。だからこそ、探偵として出来る事をして救出したいと思っているのだ。
「鼎はすごいなぁー…でも私だって彼氏探しで必死だからねー」
「それ…アナザーアースの外でも出来ない?」
ワウカは自分も大変だと言いたいみたいだが、鼎の頭には疑問符が浮かんでいた。アナザーアースにログインしないと、若い男性に会えないという事は…
「住んでるとこが相当な田舎でさージジババしかいなんだよね」
「どこに住んでるのか、教えてもらえる?」
「エリア047の外縁部…ドが付くほどの田舎だよ〜」
「…あそこの交通網の不便さは、私も知っている」
エリア047は中央の都市部と、外縁部の格差が非常に激しい事で有名だった。鼎と桃香も、外縁部には大量の限界集落があると聞いていた。
「あそこもあんまり良い話は聞かないね…」
「それなら…周りを男で囲っている理由も、分かる」
「分かってくれて助かるよ〜」
鼎は恋愛にはほとんど興味が無かったが、取り敢えずワウカに合わせておく事にした。同じギルドのメンバーであるワウカとも仲良くしておいて損は無い。
ーー
「それでアンタらどうするの?命の危険が無い範囲なら手伝ってあげても良いけど〜」
「今日はそれよりも挑戦しなきゃいけないミッションがあるんだよ」
そう言うと桃香は、ミッション選択画面を表示した。鼎は昏睡事件の手がかりを探すんじゃ無いのか、と少し落胆した。
「鼎サンは、ミクちゃんと汐音チャンを呼んで来てよ」
「両方ともミッションに挑むメンバーに選ぶの?」
「うん、妹チャンと一緒にいればミクちゃんの心も刺激されるかも知れないでしょ」
「なるほどー…確かに忘れてても、現実世界親しかった人といれば記憶が戻るかもってのはあるね」
そしてギルドマスターである桃香の指示で、ギルドメンバーを集めた。その中には、まだ正式加入していない汐音も含まれていた。
(お姉ちゃん…)
「汐音チャン、これはギルドメンバー同士で協力するゲームだからね。危ないと思ったらすぐに助けを求めるんだよ?」
「あ、はい。分かりました!」
(汐音が姉と会話しやすい流れを作ってるのね…)
この手のゲームは、ギルドメンバー同士で協力し合うのは基本である。汐音とミクが協力すれば、自然と会話も生まれるだろう。
「そう言えば桃香、今日はハンターって人は来てないの?」
「賭場の方が忙しいんだよ」
桃香はブラックエリアの賭場の運営にも関わっている。裏社会の人々からは、かなりの大物として認識されている。
「ちゃんと初心者向けのミッション選んだ方が良いと思う」
「いや、今回はメンバー同士が協力し合う為に、それなりの難易度のミッションを選ぶよ」
そう言って桃香は他のギルドメンバーと一緒に、荒野の様なフィールドへ移動する。今回のミッションに使用されるフィールドで、広々とした見通しの良い場所だ。
「このミッションにはギルドメンバー以外の人も参加するから、仲良くしないとね」
「ちょっと、ギルマスは余計な事言わなくいいの。あっ、ギルドメンバー以外は仲間じゃ無いし蹴落としても良いからね」
桃香が説明している横で、ワウカはギルドメンバー以外は気にしなくていいと汐音やミクに伝える。プレイヤー同士仲良くした方がメリットは大きいのだが、彼氏を作る事が目的であるワウカは気にしていない。
「一緒にミッションに挑むプレイヤーも、女の子みたいっすよ」
「あっ、こっちに来ました」
そのプレイヤーは銀色の髪をボブカットにした、少女のアバターを使用していた。耳の形は、ファンタジー作品に出てくるエルフの様に尖っていた。
「桃香〜この子もミッションに挑戦するみたいだよー」
「おっそうなの…って」
「あなたは…!」
「…久しぶりですね」
そこにいたのは以前戦った相手、アナザーアース開発者の娘であるハートだった。
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