第3章 第8話 月食の地 流浪
「どうだった、ハンター」
「怪しげな挙動をしているNPCは2体いた」
ハンターは人間らしい感情を持つミクを見てから、大急ぎでlunar eclipse projectのフィールドをチェックした。その結果、プロトコルが設定されていないNPCが見つかった。
「片方はやたらゲームのプログラムをチェックしてる。もう片方は…何もしてねえな」
「何もしてない?」
「ああ…ずっと同じ場所に突っ立ってて、全く動いてねぇ…」
「何の指示も出されてないって事かな…」
その横でワウカ達は退屈そうにしていて、ミクは鼎からゲームの外の話を聞いていた。NPCであるにも関わらず、外の世界を認識しているのだ。
「ねえ、鼎はいつまであのNPCに付き合うつもりなの?」
「ボクも分からないなぁ」
「ギルドマスターなら、ちゃんと方針決めてよ」
「ボクだってこのゲームのNPCに興味があるんだよ」
そう言った桃香は、さっさとハンターが見つけたNPCに話しかけに行った。完全に蚊帳の外にされているワウカと取り巻きの男達は、不満を募らせていた。
(他所のギルド…ダメ、悪評が広まってる)
「もう少し様子を見なきゃ…」
ーー
(あのピンク色の髪の子か)
桃香は既に、ピンク色のボブカットの髪の少女に目をつけていた。彼女はただ立っているだけで、本当に何もしていなかった。
「ねえ!ギルドに入ってないの?」
「え…その…」
ピンク髪の少女は驚いて、返答に困っている様子だった。桃香は彼女を、自分のギルドに誘ってみる事にした。
「その…ここが何処なのかも…」
(こりゃ重症だな)
その少女はゲームの中と外側の区別もついていないらしい。仕方無く鼎達の所に連れて行って、色々教えてあげる事にした。
ーー
「その子、何処から連れて来たの…」
「いやぁ何も分かんないみたいだからさ、放っとけないでしょ」
「…ここアナザーアースでプレイするゲームの中だよ?そんな子いる?」
「このゲームが胡散くさいのは、知ってる上でプレイしてるんでしょ。これくらいあり得るよ」
ワウカは、桃香がいきなり見知らぬ少女を連れて来た事に驚いて、面倒そうにしていた。桃香はそんな彼女を気にする事無く、楽しそうにしている。
「ともかくギルドメンバーも増えたし、これからどんどん楽しく…ってあれ、知らないプレイヤーからメッセージが…」
「不審な内容じゃない?」
「プロフィールを見たけど、lunar eclipse projectの異常性に気づいているみたい。こっちの情報が欲しいんじゃないかな」
「会ってみれば情報交換が出来るかもしれないのね」
桃香はこんな所で罠を仕掛けられる可能性は低いと考えていた。鼎とハンター以外のメンバーは、今回の件に興味が無さそうだった。
「好きにしてよ。私は大人しくしてるからさ」
「ワウカちゃんがそう言うなら…」
今回の件は、使えるギルドメンバーが増える可能性があるので、ワウカは何も言わない事にしていた。彼女としても良い男子を見つける目的とは別に、優秀なプレイヤーが居てくれた方が助かるからである。
「じゃ、決まりだね。連絡くれたプレイヤー…アリスさんに会いに行って見ようか」
ーー
「こんにちは。あなた達の事は、以前から知っていました」
「おっ…ボクたち、案外有名なギルドだったりするのかな」
「多分悪い意味だな…」
「ほら、ギルド名が表示されてるよ」
桃香の頭上に表示されているのはギルド名で、アルティメット気持ち良すぎだろギャラクシーという名前が浮かんでいた。アリスはギルド名は見ただけで、興味を示してはいなかった。
「あなたも特異なNPCに遭遇したと聞きましたが…」
「2人とも、ボクのギルドに同行してもらってるよ」
ミクと先ほど出会った少女は、桃香達に同行していた。まだ名前等は聞いていなかったが、とても放っておける状態ではなさそうだったのだ。
「私のギルドにもNPCがいます」
「おっ、そうなの?」
アリスが呼んだのは、オレンジ色の髪のNPCだった。桃香のギルドにいる2人と比べて背が高く、元気そうだった。
「どーもです。私はペルタ、よろしくです」
「あっ、私はミクです!」
ペルタが挨拶したのを見て、同じNPCであるミクも挨拶していた。ミクの横にいたNPCは、自分も名乗り出た方が良いのか迷っていた。
「あの…」
「ん?君も名前教えてくれる?」
「ユームです…」
「ユームちゃん!よろしくね!」
ユームはペルタに話しかけられるまで、ほとんど自分から声を発していなかった。桃香達も、彼女の名前を知らない状況が続いていたのだ。
「私はアリスちゃんと一緒に、ここの秘密を探ってるの。桃香ちゃん達もそんな感じ?」
「うん。だいぶ大所帯だから、のんびりやってる感じだけど」
アリスは人間のプレイヤー1人でやっている分、フットワークが軽そうだった。桃香のギルドはそれなりの人数がいるので、常に彼女の目的の為に動かせるわけでは無かった。
「アリス達もボクのギルドに来る?」
「…遠慮します」
桃香のギルド名“アルティメット気持ち良すぎだろギャラクシー”は、先ほどからずっと表示されている。そのギルド名を見たプレイヤーは、大抵ギョッとしている。
「お互いのギルドのNPCがいる事もわかったのでじっくり話し合いたい…所ですが」
「おっと…流石に夜も遅いね。まあボクはいつまでもログインしてても平気だけど」
既に現実世界の時刻は23時を回っていて、鼎達のログイン時間もかなり長かった。そろそろログアウトして、体を休めた方が良いだろう。
「アリスさんはこんな時間までゲームしてて大丈夫?」
「文句を言うタイプの親では無いので…早く寝た方が良いのですが」
夜遅くになってしまうので、今後の方針について話すのはまた後日という事になった。鼎もログアウトの準備を進めるが、NPC達を置いて行くのが気がかりだった。
「ミクとユームは大丈夫?」
「ユームは私が見ておくから。現実世界の事、また教えてくれたら…」
「すぐ戻って来るよ」
「あ、うん。じゃあね!」
月食エリアを出た桃香達は、それぞれ現実世界に帰る事になった。鼎はログアウトする前に、アナザーアースの夜景を眺めていた。
「…東京って街は、綺麗だったんだね」
「うん…」
赤色の塔が聳え立つ、2010年代の街並みが広がるエリア。アナザーアースが夜も賑わっている事が、よく分かる場所だった。
「ミクやユームにも、この景色を見せたいって思ってるでしょ」
桃香には、夜景を見ている鼎の考えなどすぐに分かった。鼎自身は気づいていないが、妙なところでお人好しな面があるのだ。
「あのNPC達…ひょっとして元は」
「今鼎サンが考えてる事も、察しがつくよ」
鼎の中の、アナザーアースへの疑念はますます強くなっていた。あれこれ考えるよりも、早くログアウトする方が先だった。
ーー
「体…重い」
「ずっとログインしっぱなしだったからね。健康にも良くないし、気をつけないと…」
現実世界、夜のエリア003は既に真っ暗になっていた。人口密集地と言えど、住宅街は閑静な場所だった。
「食欲無いし…風呂入って寝る…」
そう言った桃香はゆっくりと立ち上がって、風呂を沸かしに向かった。鼎も食欲は無かったので、このまま寝ようと思っていた。
(現実と仮想空間…アナザーアースの美しさは、偽物なのかな)
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