第3章 第6話 月食エリア 初めてのVRMMO

「ようこそ、月食エリアへ」


「MMORPG専用のブロックがあるなんて…」


lunar eclipse project用のブロックのエントランスは、赤い色の月に照らされていた。このエリアでは、常に月食という現象が発生しているらしい。


「さてと…じゃあまずはボクのギルドに入ってもらおうかな」


「分かった…って、何このギルド名…」


「アルティメット気持ち良すぎだろギャラクシー、いい名前でしょ」


「…その内で良いからギルド名変えて」


ギルド名は気に入らなかったが、鼎は桃香のギルド、アルティメット気持ち良すぎだろギャラクシーに加入した。ギルドには鼎や桃香以外にも、10人近いメンバーがいた。


「そいつらもギルドハウスに来てるはずだよ」


そう言った桃香は、鼎と一緒にギルドハウスに転送した。桃香のギルドハウスは天井が低く暖色系の家具が多い、落ち着いた空間だった。


「新入りか…ん、アンタは」


「よっ、ハンター。鼎サンの事覚えてたんだ」


真っ先に新入り…鼎の存在に気づいたのは、ブラックエリアの賭場の見張りをしていたモヒカンの男だった。彼のアバター名はハンター、以前と変わりない姿で、lunar eclipse projectをプレイしている様だ。


「あれー?コイツ新入りー?」


「あなたは…」


「そうだよ、ワウカ。優しく接してあげてね」


鼎に近づいて顔を観察し始めたのは、犬耳で褐色肌の、小柄な少女だった。目が少し大きく見える顔で、かなり可愛い部類の少女だった。


「おっ…女の子か」


「ワウカちゃんと比べると、全然だな…」


ギルドメンバーには、ハンター以外にも数人の男性がいた。20代後半と思われる男達は、明らかに鼎とワウカを見比べていた。


「鼎サン、どうかした?」


「揃いも揃って、私みたいなのには興味がない人たちね…まぁ、その方が自然体でいられるけど」


アナザーアースの鼎は、リアルとは違い長く美しい黒髪の持ち主だった。どうやらワウカの周りに集っている男達は"普通の美人"には興味が無いらしい。


「やっぱりああいうのが好きって事なの…?」


「…このゲームのプレイヤー層を考えると、変なのが多くなるのは仕方ないと思うけどね」


lunar eclipse projectはかなりマイナーな部類のVRMMORPGだ。ライトユーザーは存在すら知らないので、集まるのは自然とコアゲーマーばかりになってしまう。


「ロリコンが集まったのは…ワウカが原因だと思うけどね」


ワウカは品の無い男達にも愛想良く振る舞っているみたいだ。したたかな人物なのか、それとも相当頭がゆるいのか…


「じゃあ鼎サン、武器はどれが良い?」


「やっぱり剣かな」


この手のMMOを初めてプレイする鼎は、取り敢えず剣を選択した。自分はRPG初心者なので、剣を使えば良いと思っていたのだ。


「ミーハーな感じだね」


「やっぱりそうかな?」


「でも正解だよ。このゲームでも、剣は一番使いやすい武器なんだ」


「あなたの武器は…何それ?浮いてるの?」


桃香が使う武器は、浮いている板や筒のようなものらしい。射出口の様な物も見えるので、遠距離攻撃用の武器だろう。


「まぁそれは後の楽しみに取って置こうよ。さてミッションに挑もうか」


桃香は掲示板を手早く調べて、開催中のイベントを確認する。彼女が選ぼうとした横から、ワウカに群がっていた男の1人が割り込んで来る。


「これこれ、ワウカちゃんが欲しい素材が大量に手に入るミッションだよ」


「わーやったぁ!うれしいなぁ」


割り込んで来た男が勝手にイベントミッションを選択してしまい、ワウカはわざとらしく喜ぶ。彼女に群がる男達が嬉しそうにしている様子を、桃香と鼎は横から見ている事しか出来なかった。


「ちょっと…!」


「ほっときなよ。こういう所で喧嘩したくないし」


そうは言いつつも、桃香はうんざりした様子になっていた。恐らくワウカを持ち上げたい男達によって、何度も繰り返されてきたのだろう。


「ミッションはアイツらが勝手に選んじゃったけど…まぁ何とかなるでしょ」


そしてギルドハウスから、ミッション用のフィールドへ移動する。荒野にぽつんと存在する、遺跡のフィールドの様だ。


「鼎サンは雰囲気に慣れる事最優先でね」


「分かった…後ろの方で様子を見てる」


MMOのプレイが初めてである鼎は、前線で敵と戦う事よりも生き残る事を優先するべきなのは間違いない。彼女は遺跡の中に突入する桃香達の後を追う形になった。


ーー


「ちょっと…こんなに敵いるの?!」


桃香達が遺跡に突入した途端に複数の敵が発生して、鼎は困惑した。手慣れたプレイヤーである桃香達は、素早く殲滅に移った。


「やっぱり初心者にはキツイよこれ」


室内という狭いフィールドでの混戦に、鼎はついて行く事が出来なかった。桃香は素早く敵を倒せているが、遅れを取っているギルドメンバーもいる。


「えいっ」


「そんなビーム撃てるの?チートじゃなくて?」


桃香は浮いている筒の様な射出口から、太いビームを放った。彼女が以前使っていた技と見た目は殆ど同じだった。


「これは月食に実装されている武器だよ。手に入れるのに苦労したんだー」


桃香は複数の雑魚敵相手に善戦していたが、他のギルドメンバーはそうはいかなかった。ワウカの取り巻きの男達の殆どは、明らかに押されていた。


「ぐあっ…ったく、毎回思うけど何でこんな強く設定されてんだよ!」


「素材のレア度が高いんだから、しょうがないでしょ」


ワウカに群がっていた男の1人が愚痴を言うが、桃香はすぐに嗜める。彼はナンパが目的で始めたユーザーなので、実力はあまり無い。


「鼎サーン、無事?」


「このゲームどうなってるの…普段と同じ様に身体が動かない!」


鼎は殴打や蹴りでモンスターに応戦しようとしたが、思うようにダメージを与えられない。苦戦している鼎に、桃香は素早く戦い方を変える様に指示を出す。


「今の鼎サンの武器は剣だから!普段と同じ戦い方じゃダメージ与えられないよ!」


「え…わ、分かった!」


鼎は剣を握り直して、モンスターに斬りかかった。剣で戦うという経験はこれまでの人生であるはずが無かったが、どうやらダメージを与える事が出来ている様だ。


「この敵硬くない?」


「初心者向けのミッションじゃ無いからね、これ」


桃香はイベントミッションの中でも初心者向けのものを選ぶつもりだったが、割り込んで来たギルドメンバーが勝手に選んでしまった。定期的に開催されるミッションの中でも、比較的難易度が高かった。


「全然ダメージ入ってないのは、装備品が弱いから?」


「このゲームハクスラ系だからね」


ハクスラ…ハックアンドスラッシュの略称、別名である。敵を倒して強い装備を手に入れて、さらなる強敵に挑む…という戦闘が醍醐味のゲームは、ハクスラ系と呼ばれる。


初心者が上級者向けのミッションに挑むのは無謀なタイプのゲームだが、鼎は装備が整っていない状態で挑む事になってしまった。今の鼎は、他のプレイヤーに守ってもらっている状態である。


「ひゃっほー!」


「ワウカちゃんに続けー!」


ワウカは手慣れているプレイヤーらしく、ガンガン突っ込んで敵を倒していた。その後ろから、取り巻きの男達が援護したり盾になったりしていた。


ワウカの武器はグローブ型で近接戦闘に特化した物だったので、モンスターとの至近距離の殴り合いでも問題は無かった。しかし他のプレイヤー達の武器はバラバラだったので、呆気なくやられる場合も多かった。


「みんなありがとね〜」


ワウカが突っ込んだ後の場所には、盾になったプレイヤーが斃れて死屍累々の光景が広がっていた。悲惨な光景だがゲームなので、現実の体に影響が発生する訳ではない。


「やっぱあの子狙ってるのかな。中々酷いプレイスタイルだけど合理的だよ」


「ワザとじゃ無いんだったら、ある意味すごい…」


ワウカは自分の代わりに犠牲になったプレイヤーを見ても、非常に軽いノリを崩していなかった。本当に頭が軽いのか、それとも演技なのかは分からない。


「まあ今回はボクもワウカ任せにしちゃってるけど…」


「桃香達も早く早くー」


先程の遭遇戦で、かなりの数のギルドメンバーがリタイアしてしまった。残り少ないメンバーは、桃香やワウカに続いて先に進んだ。


ーー


キシャアアーッ!


「何この馬鹿でかい蜘蛛…」


このミッションのボスは巨大な毒蜘蛛、スパイダークイーンだった。桃香とハンターが主体になって、立ち向かう事にした。


「チッ…チマチマ削るしか無いか…桃香!近接用の武器に持ち替えろ!」


「えっやだよそういうのは」


ハンターは桃香に指示を出したが、彼女は当然の様に拒んだ。ギルドマスターに指図する状況も異常だが、単純に桃香は最前線に出たく無いのだ。


「ちょっと…大丈夫なの?」


「えーと…新入り…名前は?」


「鼎だよ。ワウカは前線に出ないの?」


「だって疲れたもん。"彼氏達"もだいぶやられちゃったし」


ワウカは先程斃れたプレイヤー達の事を、平然と"彼氏達"と言った。そこに突っ込む気力が無かった鼎は、打開策を考え始める。


(ハンターはボウガン、桃香はビット…手練れの2人はどちらも遠距離武器….)


ハンターと桃香は、スパイダークイーンが鼎達を狙わない様に囮になりながら攻撃していた。いつ致命的なダメージを負ってもおかしくない状況だ。


(私は剣、ワウカはグローブ、他は…)


ワウカの取り巻きの男達の中にも、近接用の武器を持っている者がいた。鼎は彼らにも協力を求めれば、勝機を見出せると判断した。


「ワウカ、このままじゃ私達は負ける。前に出て敵の攻撃を正面から受け止める必要がある」


「まって、私はタンクじゃないよ…」


アタッカーであるワウカは、当然その役割を嫌がった。とは言え、残りのメンバーで攻撃を受け止められる者が少ないのも事実だ。


「アンタ達も手伝って。ワウカの為なら、痛いのだって我慢できるでしょ?」


「わ、分かった…ワウカちゃんの為にも、ミッションをクリアしなくちゃいけないからな…」


盾役が出来そうなメンバーを中心に、スパイダークイーンに特攻を仕掛ける。それが鼎が思いついた、この状況における最善策だった。


「さて…やるよ」


「新入りのくせに仕切ろうとしてんじゃねえよ」


メンバーの1人が鼎に文句を言ったが、それは無視された。鼎としても、初ミッションはクリアして終わりたいと思っていた。


「じゃあワウカが先に攻撃して」


「ワウカちゃんに無茶させるな!オレが先に突っ込む!」


近接戦闘に特化したワウカが先陣を切るはずだったが、盾持ちのメンバーが勝手にスパイダークイーンに向かって行った。彼もワウカの事が好きな男で、いつか告白しようと思っていた。


「ぐああ…」


「アイツ無茶を…仕方ない、このまま行くよ!」


鼎達が向かって来た事に気づいたスパイダークイーンは、桃香達を放置してそちらに攻撃を仕掛ける。ハンターは急に鼎達が動き出した事に困惑していた。


「おいおい…鼎のやつ何やって…」


「これも想定内、鼎サン達に続くよ」


桃香とハンターは敵に追撃出来る位置に、素早く移動する。鼎達が受けたダメージを無駄にしない為に、確実にトドメを刺すつもりだ。


「これならやれるよ!」


盾役は犠牲になったがその陰に隠れていたワウカが、スパイダークイーンに強烈な一撃を加えた。続いて鼎も剣による斬撃を喰らわせたが、レベル差がありすぎて大したダメージにならなかった。


「しまった…うあっ!」


「よしっ…全照射!」


鼎は跳ね飛ばされてしまったが、その隙に桃香がSPを消費してスキルを使用した。ダメージを負って体勢を崩していたクイーンに、ビットから放たれたレーザーが直撃した。


ーー


「おっ…鼎サン生きてた」


「何とか、ね…」


吹っ飛ばされて受け身をとっていた鼎は無事だった。スパイダークイーンの攻撃を受けた彼女だったが防御していたお陰で、一撃で倒される事は防いでいた。


「そう言えばボスは…」


「倒せたよ。イイ感じにダメージが蓄積してたお陰でね」


スパイダークイーンは既に倒れていて、ミッションリザルトも表示されていた。評価はBランク、イマイチなスコアだったらしい。


「鼎サン、感想は?」


「…次はもっと簡単なミッションで」


今の鼎は疲れ切っていて、lunar eclipse projectにも良い印象を持っていなかった。取り敢えず少し休みたいという気持ちで一杯だったのだ。


「休んだら、他のユーザーをチェックするよ」


「分かってる…怪しいプレイヤーがいたらすぐにユーザー情報を調べるから」


ーー


交流用エリアに向かった鼎達は、プレイヤー達のプロフィールをチェックし始めた。しかし、怪しそうなプレイヤーが見つかる事は無かった。


「…どのプレイヤーも普通のユーザーだった」


「うーん…まぁそう簡単に"不審なユーザーです"って分かる様にしてる奴らじゃ無さそうだしなぁ…」


基本的にプレイヤーはプロフィールを公開していて、当たり障りの無い情報のみ記載されている。ここからテロ組織のメンバーを探すのは明らかに困難だった。


「あれはNPC?プロフィールが記載されてないみたいだけど」


「このゲームは戦闘メインだから、NPCは単純な動きしか出来ないはずだけど…」


鼎が注視し始めた薄いピンク色の髪をした、少女のNPCは他のプレイヤーと会話していた。簡単な受け答えしか出来ないはずなのに、どんな服が好きなのか話し始めたのだ。


「他にも細かい設定があるNPCはいるのかな」


「一通りNPCをチェックしてみよう」


鼎達は、lunar eclipse projectのNPCと会話を試みる事にした…

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