第2章 第3話 闇取引の調査
『それで、現実世界での調査は行き詰まってるのかな?』
「ええ…桃香はブラックエリアで人捜しを頼まれた事はある?」
『頼まれても見つからないからボクが大金貰っておしまいってケースがほとんどかな。でも見つかる事もゼロじゃない』
(やっぱりこんな詐欺師みたいな人に協力を頼むのはまずいかな…)
『ちょっと、何黙ってるの?ボクの事今更怪しんでるの?』
「最初から怪しんでるし、今も警戒してる…」
鼎は現実世界のデータセンターで013の事件を追っていたが、中々愛莉の行方の手がかりになりそうな情報は見つからなかった。アナザーアース、それもブラックエリアでの情報収集には、桃香の協力が必要不可欠だろう。
『それで愛莉の捜索を手伝って欲しいの?013の犯罪組織の人間から行方を聞き出せるかもしれないけど…』
「それもあるけど…ちょうどブラックエリア関係の依頼も来たの」
今回鼎の元に舞い込んだ依頼は、ブラックエリアで行われる闇取引の調査依頼だった。既にブラックエリアに踏み込んでいる探偵である彼女に、こういう依頼が来るのは、自然な事だった。
『依頼人の身元は、ハッキリしてる?』
「資産家みたいだけど…怪しい噂も多い。でも今回の依頼、受けるつもりだよ」
鼎はブラックエリアに堂々と出入りするには、やっぱり口実が欲しいと思っていた。やはり危険地帯に行く時は何らかの目的があった方が、信用を得られるのだ。
『今回の調査、ボクも協力するよ。もし依頼主が報酬を出さなかったら、ボクが話つける…ってことで良いよね?』
「まぁ…あなたみたいのがいると、公権力が頼りにならない時に助かるよね」
ーー
「いつもの日本エリア…桃香は?」
「おーいたいた鼎サン」
2010年代の日本の大都市をモチーフにしたエリアで、鼎は桃香と待ち合わせをしていた。桃香は約2分遅れで、待ち合わせ場所にやって来た。
「ちょっと遅かったよ」
「ボクだって毎日大変で疲れてるんだよー…って何それ?普通に危険物に見えるけど」
桃香が透視機能で確認したところ、鼎が大きめのリュックサックに入れていたのは、試作ウイルスプログラムだった。頑丈そうなケースはハリボテでは無く、本当に厳重なセキュリティの元で管理されているのが分かった。
「巴に頼んで作ってもらったんだ。ブラックエリアだし、これくらい持ち込んでも良いでしょ?」
「物騒だなぁ…このウイルス、起動させたらどうなるか検証してないんでしょ?緊急事態に陥らない様にしないと」
鼎はブラックエリアに赴くには、十分すぎるほどの武器を持って来ていた。桃香はちょっと引いていたが、取り押さえられた鼎の警戒心は強くなっていた。
「それじゃあ行きましょ。今回は私も自衛手段を持って来た訳だし、命に関わる様な事態にはならないかな」
「そのウイルスプログラムは最後の手段にしてね。とんでもない事態になるかもしれないんだから」
十分な装備を身につけた鼎は、桃香と共にブラックエリアへと向かう。今回は、いざとなったら桃香を頼ると決めていたので、精神的に余裕があった。
ーー
「気をつけてよ。この辺りは賭場よりも治安が悪いんだから」
桃香の言う通り、ネオンで照らされていた賭場の辺りとは違い、まともに機能していない街灯しか灯りがなかった。ここは、表の世界で生きていけない連中が、静かにシノギを削る場所なのだ。
「それじゃ、話が通じそうな奴から聞いて回りますか」
ーー
「テメェみたいなおじょうちゃんに話す事なんてねぇよ」
「まぁまぁそんな事言わないで」
「お前は…桃香?!テリトリーは賭場周辺じゃなかったのか?!」
頭部に傷がついたアバターの男は鼎を冷たくあしらったが、彼女の後ろから現れた桃香を見て驚愕していた。ブラックエリアの賭場の運営に関わっている強豪が何故こんな所いるのか、男は理解出来なかった。
「いくらテメェでも、賭場から離れた場所でやりたい放題できると思うなよ」
「こんな所根城にしたいなんて思ってないよ。そんな事よりも、この辺りで取り引きがよく行われている場所を教えて欲しいんだけど」
気を取り直した男は、改めて桃香に対しても高圧的な態度を取った。ここであっさり折れたら、他の連中に臆病者だと罵られるからだろう。
「取り引きなんざあちこちでやってるよ。賭場を仕切ってる奴がそんな事も知らねえとは…痛え!テメェ何をした!」
「そんなボロッボロのアバターで頑張ってるご褒美」
「うわぁ…そこまでしなくても」
桃香はデバイスを操作して、相手のアバターの傷ついている部分を刺激した。男は怒りの感情を露わにすると同時に、痛みに対して怯え始めていた。
「このままもっと痛めつける事も出来るよ。キミはどこまで耐えられるかなぁ…」
「ま、まてまて‼︎この奥の路地を何度も曲がった先に変な取引所がある!そこに"研究資材"として変な物が持ち込まれてる筈だ!」
痛みに恐怖した男は、慌てて自分が知っている怪しい場所を教えた。一応納得した様子を見せた桃香は、鼎と共に路地へ向かった。
ーー
「さっきの男の情報は…」
「半分正解だけど、半分罠だよ。ほら…ボク達を待ち伏せしてたみたいだ」
鼎達は、いつの間にか建物の隙間から這い出て来た者達によって、包囲されていた。彼らはアバターのあちこちに傷を負っていて、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「へっへっ…そこの女も可哀想だなぁ…桃香のせいでこんな目に遭うんだからよ…」
「桃香…テメェがどんなに叫ぼうが、だーれも助けちゃくれないよ〜?」
鼎はすぐに臨戦態勢になって、デバイスをナイフの形に変えた。一方の桃香は退屈そうにデバイスを使って、ソーシャルゲームのログインボーナスを受け取っていた。
「ちょっと、桃香も手伝って」
「はいはい分かってる…って、そのウイルスを起動するのはちょっと待って」
「何揉めてんだぁ?やっちまえ!」
ブラックエリアのごろつき達は、合図と共に一斉に襲いかかってきた。鼎がコンピュータウイルスの起動装置に手を伸ばす前に、桃香が動いた。
バァン!「ぐわっ‼︎」
「桃香?!」
「だからぁ…それは最後の手段にしてよ」
桃香は鼎の横で銃弾を放って、ごろつきの1人を撃ち抜いた。そのまま次々とごろつき達に向かって銃を撃って倒していく。
「へっ…そんなんでオレたちがビビるとでも…」
「雷撃網」
「ぐわぁーっ‼︎」
「いつの間にそんなの張ってたの…」
待ち伏せを察知した桃香が張っていた網から、凄まじい電撃が放たれた。アバターにすらダメージを与える電撃により、敵の大半が再起不能になっていた。
「さて、残ってる連中はどうする?」
「ひっ…て、てめぇら、生きて帰れると思うなよ!」
軽傷だったゴロツキは、捨て台詞を吐きながら逃げ去っていった。後に残されたのは鼎と桃香と、倒れているゴロツキ達だった。
「こいつら放っておくの?」
「うん、早く先に行こ」
鼎達は気絶したゴロツキ達を放置して、先へと進む。アナザーアース内での怪我は、余程のことが無ければ現実には影響しない。
ーー
「ここが取り引き所ね」
「人がいない…関係者じゃ無いけど、もっと奥に入らせてもらおう」
取り引き所はボロボロのカウンターがある建物で、人の気配は無かった。カウンターの奥にも出入り口があったので、鼎達はそちらへと向かった。
ーー
裏路地の奥にあったのは、いかにも怪しい雰囲気の鉄の扉だった。扉には"Authorized personnel only."…"関係者以外立ち入り禁止"と刻まれていた。
「この扉は…」
「見た目通り、強固なセキュリティで守られてるね。まぁ、ボクなら簡単に破れるけど」
そう言った桃香はデバイスを扉に押し当てて、数十秒で解錠した。鼎は桃香の事を凄いと思っていたが、あまりにも多才すぎる事は分かり始めていたので、驚きはしなかった。
「ブラックエリアのセキュリティはどこも大した事無いから。この前協力してくれた、巴サンのセキュリティなら、手動でやっても厳しいかも…」
解錠された扉の先は路地とは違って、清潔感がある下り階段だった。いくつか灯りがあるので、踏み外す心配は必要ないだろう。
「このケースは研究用器具を収納する頑丈なケース…と言う事は」
「この先は研究施設だね」
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