お墓参り
一日暇を貰った華乃は紫月の墓に来ていた。
兄である紫月が眠っている墓だ。
「兄上」
困った時、落ち込んだ時、頼ってしまうのが癖になっている。
まだ幼い雅冬の世話をしていた時も行き詰ったり、
それを知る者はきっとない。
父の前でも柚稀の前でも弱い姿なんて見せたりしなかった。
もちろん、雅冬に気取られるようなヘマもしていない。
「来てしまいました」
華乃が拒絶した時代なら安心できる大きな手できっと頭を撫でてくれただろう。
落ち着くまでずっと側にいてくれただろう。
それから華乃の話を聞いて、助言をくれた。
一番に安心をくれる存在を恋しく思って顔を歪める。
前の生でも前の世界でもそして今でも、紫月に頼りきっている。
情けないと思うのに、それでも心のよりどころは敬愛する兄だけで、何の遠慮もなく心の
「幸せになってほしいのに、私が邪魔をしてるんです」
笑っていてほしい。
少しずつ笑うことを覚えた幼子の無邪気な笑顔を守りたいと思った。
甘えることを知らないあの子が自分にだけ甘えられることを知っていたから、ずっと側にいようと思った。
あの子が生きる道を守り、あの子が健やかであれるように努めると誓った。
それなのに、今、それの邪魔をしているのはもういない自分自身だ。
あの日小さな体を包んだ羽織をまだ大切そうに抱きしめて眠る姿を見てしまった。
切なげに、苦しげに、拝借した兄の名前を呼ぶ声を聞いてしまった。
苦しめている。過去に、もういない紫月に大切な雅冬の心を縛り付けてしまっている。
だけど、その心を解放してやる術が華乃には思い当たらない。
「……また来ます。ごめんなさい兄上」
弱くて、成長できなくて、頼りきったままで、ごめんなさい。
涙に濡れた頬を拭って華乃は惜しむように墓石をひと撫でして立ちあがった。
どうすればいいかなんてわからない。だけど、このままで良い訳がないんだ。
だから雅冬が幸せになれるように全力を尽くす。
それが遠い遠いあの日に華乃が誓ったことだから。
俯いていた顔をあげて足を踏み出した華乃の背を押すように風が吹いた。
優しい兄の声が頑張っておいでと言ったような気がして華乃はまたちょっとだけ泣きそうになる。
それでもぐっと唇を噛みしめて耐えて足を進める。
街の喧騒に紛れる頃にはもういつもの華乃に戻っていた。
感傷を振り切るように露店をひやかしていたところでよく知った声が城でしか使わない華乃の名を呼んだ。
「華……?」
「と、……どうしてこちらに?」
名前を呼びそうになるのをぐっと堪えていつもより格段に楽な格好で民に混じってぶらぶらと歩くその人を見る。
「あー、息抜きだ。見逃せ」
「はぁ、柚稀様が鬼の形相で探されてますよ」
「ヤなこと言うんじゃねぇよ」
うげぇと顔を歪める雅冬に華乃はくすりと笑う。
「そういうお前は何してんだ?」
「兄のお墓参りに行った帰りにございます」
「兄上がいたのか」
「はい」
「じゃあ、今からは暇だな?」
ニヤリと笑った雅冬は戸惑う華乃に構うことなくその手をとった。
「え、と!」
「
「ふゆつき、様。どちらへ?」
「俺のとっておきだ」
そう言って雅冬は華乃の手を引いて歩きだす。
行き先を訊ねても答えは教えてもらえなかったけれどその足がどこに向かっているのかはすぐに分かった。
無意識に華乃の身体が強張る。
こちらに還って来たときもあそこに還ってきた。
混乱していたしすぐに柚稀に見つかって家に連れて帰ってもらったからじっくりあの場所をみていない。
ましてや雅冬と一緒にあの場所に行って動揺せずにいられるだろうか。
あそこは雅冬にとっても華乃にとっても思い出深すぎる。
「……やっぱりやめた」
「冬月様?」
「城下を案内してやるよ。まだ慣れてねぇだろう?」
「はい」
困った顔で笑う雅冬に華乃は泣きそうな顔で頷く。
慰めるように大きな手がぽんぽんと頭を撫でて涙が出るかと思った。
「そんな顔すんじゃねぇよ。こっちのとっておきも教えてやるからな」
しっかりと華乃の手を握りしめて元来た道を帰り始めた。
前を歩く背中を見つめる視界が滲んで唇を噛む。
散々兄の墓前で泣いて来たというのにまだ足りないのかと思うと情けなくて堪らなかった。
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