バッドアンドハッピーエンド

渡貫とゐち

バッドアンドハッピーエンド

「さっさと解放しなさいよ……ッ、

 すぐに警察がきて、あんたたちを捕まえてくれるわ!」


「威勢の良い嬢ちゃんだなあ。拳銃を額に突きつけられて、怯えどころか引く気もねえじゃねえか。おもちゃだと思ってんのか? 残念だが、本物の拳銃だぜ?」


「……本物だろうと、あんたたちに引き金を引く覚悟がなければおもちゃと一緒でしょ。

 道具に殺傷能力があっても、効果が発揮されなければ怖いとは思わないもの」


 引き金を引いてあたしを殺すことが怖いのかしら? ……と、隣の少女が挑発する。


 両腕、両足はロープで縛られている。

 少女とおれと……他にも数名いて――つまり人質なのだ。


 相手はテロリストか……? そう簡単には手に入らない拳銃を持っているということは、やはりそっち系の人種だ。突発的な行動ではなく、練りに練った計画的な犯行で……。


 運悪く、おれたちは巻き込まれた。



「おれはあんたが一番怖いよ……、なんでそうやって強気でいけるんだ……」


「拳銃を向けておけば言うことを聞く女、なんて思われたくないのよ。

 死にたくないから言うことを聞く? 痛いを思いをしたくないから従う? 

 違うわ、あたしはあたしが認めた人にしか歩み寄ったりしないわ」


 かっけー。


 でも、同時におれたちも巻き込んで、危険を引き寄せていることを自覚しよう。

 あんたのその行動が、おれたち人質全員が反抗的だと相手に伝わってしまう……。


 この子以外は、拳銃がなかったとしても従順なのに。



「これ、どこに向かってるんだろうな……」


 トラックの荷台に乗せられたおれたちは、行き先も分からないまま、不安を抱えて運搬されている。嘘でもいいから行き先を教えてほしかった……、

 自分の勝手な妄想で、最悪の結果を想定してしまう。


 さっきから大きく揺れている……、舗装された道路を走っているわけではない?


「すぐにパトカーが追いかけてくるでしょ」


「どうだろうな……、おれたちは気付いたら集められていたんだぞ? 通報されるような異変を残して攫ったのなら、既にパトカーのサイレンくらい鳴っていてもいいだろ」


 目が覚めてからだいぶ時間が経つ。

 攫ってからも時間が経っているだろうから……おれが思うよりも、もっと時間は経っているはずなのだ。なのに、パトカーのサイレンが聞こえないってことはだ……、おれたちが攫われていることは、気づかれていない……?


 通報されていなければ。

 当然、警察が動くわけもない。


「異変に気づかないの? そこまで警察ってバカなのかしら」


「察してくれ、なんて身内でも難しいのに、他人が気付けるわけもないだろ。

 警察は国に住む全員を見てるんだ、いくら視野が広いと言っても、一瞬、目を離した隙に保護対象を攫われたら……警察だって気付けない時もある」


 だから通報するのだ。

 異変に気づかれないから、『異変が起きた』ことを伝えるために。


 こっちから呼べばきてくれる……つまり、呼ばなければ基本は来てくれない。


 たまたま見ていた、であれば駆け付けてくれるが……こればかりは運である。


「ようやく気づいたか。

 警察なんかこねえよ、徹底して、痕跡を残さないようにしたんだからな」


 拳銃を手元で弄ぶ男が近づいてくる。


「お前らを助けてくれるヒーローはいねえ。諦めるんだな」

「あら、そう」


 警察は助けにきてくれない。

 それを知った少女は、しかし余裕の笑みだった。


 テロリストの男が眉をひそめる。当然、おれたちには彼らを倒すための手段もなければ、一発逆転の道具もない。

 ロープで縛られた通り、手も足も出ず、テロリストの計画通りに、手の平の上で転がされている……。


 なのに、どうして彼女は笑みを作れる?


 不敵な笑みで、テロリストたちが知らない失敗を、彼女だけが気づいているとでも言うのか?


「……なに笑ってんだ。お前にオレたちをどうにかできると思ってんのか?」


「できないわ、手足を縛られたら、どうしようもないもの」


 手は縛られているので使えず、彼女は大げさに肩をすくめた。


 人質として――それとも商品として使われるのか分からないが、おれたちを生かしているということは、『生きて』いることが条件なのだろう。

 だから殺されることはない、と高をくくって強気に出ているのだろうか――、だとしても勇気がいるぞ、それ。


 気に入らない、という理由で殺されることもある……そこは賭けだった?


 とにかく、隣の少女は突きつけられた拳銃に真っ向からぶつかった。


 銃口と額がぶつかり――その衝撃で男が間違って引き金を引いてしまったらと考えれば……こっちがゾッとした。さっ、と血の気が引いた……。


 危うい子だ。


「なんなんだ……お前はなんでそうも余裕でいられるんだよッッ!!」


「――まずいっ、あんた、早く謝っ」


 テロリストが、拳銃のグリップで少女の額を殴りつけようとした。

 撃たれるよりはマシだが、一発で意識が落とせない可能性がある以上、苦しみが長く続く場合もある……、相手はそれを狙ってのことかもしれない。


 彼らにとって、人質が多少壊れても問題はないらしい。


「謝らないわよ」


 少女は頑なだった。

 頭を下げる相手はこちらで決める、と言うように、人を見ている。


 テロリストなんかに屈するものか――っ。

 命が惜しくないのか、と思っていたものだが、その通りだったらしい。

 彼女は自分の信念を貫き――、最期まで通した。


 警察がやってこないことを確信した彼女は、テロリストに殺される――もしくは支配されるくらいなら……――汚れた人間の手で終わりたくないからと言って……自害した。


 舌を噛んで、おれの隣でばたりと倒れる。


 戸惑ったテロリストが様子を窺ったところ……「死んでる」らしい。

 本当に……?


 たった(これだけ、と言えるほどに小さなことではないが――)テロリストに攫われただけで!?


 舌を噛んで死ぬか!? 普通!!



 すると、トラックが大きく跳ねて――ハンドルが利かなくなったようだ。


 右往左往するトラックの荷台の中はしっちゃかめっちゃかだった。

 一緒に積まれていた荷物も揺れて、人と荷物がごちゃごちゃになり――テロリストもバランスを崩し、おれたちと同じく振り回されている。


 やがてトラックは横転。

 速度に乗っていたトラックは横転しても地面を滑り、数十メートル進んでから停止した。

 揺れが止まった……? と思った時には、おれの意識は明滅していて……、強く打ったのだろう、額から血が流れていて……覚えているのはここまでだ。



 次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。白い天井を見て、自分の部屋でないことは確実だった……、なので夢ではないとすぐに気付けた。



 事件は、テロリストの運転ミスで、解決へ向かっていった。

 警察がなにかしたわけじゃない。本当に、偶然が重なったことによる、ミス――。


 本来ならおれたちは他国へ売られていたか、人間爆弾になっていたかで……、偶然に偶然が重なり、奇跡が起きなければ、今頃、死ぬよりも苦しい地獄が待っていた。


 死んだ方が、マシだと思えるくらいのものだ――。


「自殺ができる内に決断したあの子は、賢かったのかもなあ……」


 今回の事件で、死者は一名。

 おれの隣で捕まっていた、少女だ。


「でも、偶然によって、おれたちは奇跡的に助かった……、あの子も助かっていたはずだったのに――舌を噛んで自害をしたからこそ、唯一の被害者になったんだよなあ……」


 賭けに負けたと言えばいいのか。

 生き地獄を味わうくらいなら死んでやる、という判断は正解だったし、行動も早かった。

 やろうと思ってもすぐにできるわけじゃない……、

 勇気ある行動も、環境が違うなら尊敬するべきだ。


 でも、もしもあと少し、躊躇っていれば――運転ミスの方が早かった。

 彼女は自害しなくて済んだのだ。


 こうしてベッドの上で目覚めることもできたはず……。


「まあ、結果論だな」


 彼女の判断は正解だったけど、運が悪かった。


 勇気ある行動が彼女の可能性を摘んでしまった……、

 本来なら彼女の一人勝ちだった、かもしれないけど――




 人生、どうなるか分からない。


 最後までどう転ぶか分からないのだから、諦めずに粘ってみるのが良いのかもしれない。


 もちろん、粘っても地獄のままかもしれない。

 もしかしたらハッピーエンドが生まれるかもしれない。


 賭けだ。


 勝つか、負けるか。


 最善、最適が、勝利に導くわけではないのだ。




 ―― 完 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る