お兄ちゃんは免疫系のディフェンダーなのでひたすら耐えるしかない

ぺしみん

第1話

「すみませんカジハルさん、緊急です」

 門番のケイスケから通信が入った。俺は脳の浄化作業をしている最中だった。

「いいよケイスケ。どうした?」

「門に人が来ています。防護スーツは着てますがほとんど生身です。しかも自分の事を貴族だと言ってます」

 かなり慌てた口調でケイスケが言った。俺はベッドから半身を起こして、モニター映像を門の前のカメラに切り替えた。確かに人間が1人、街の門の前に立っている。クローズアップしてみると、若い青年だということが分かる。着ているスーツもかなり高級な物で、確かに一般市民のようには見えない。

「生体チェックは?」

「クリーンです。武器も何も持っていません。東の貴族が来たと言えば分かるだろう、と言っています」

 東の貴族だと……。

「俺が直接会おう。裏の非常用エレベーターに乗せて俺の部屋まで通してくれ。それと、他のみんなには俺個人の客だと言っておいてくれ。よけいな騒ぎは起こしたくない」

 俺は言った。

「……分かりました。カジハルさんがそう言うなら。でも罠ってことはないんですか?」

「当然あり得るよな。でもまあ俺らの街を襲っても、奴らが得をすることなんてほとんど無いはずだ。何か特別な理由があるんだろう」

 俺は頭のチューブを取り替えながら言った。脳の浄化が終わるまで、まだ3時間はかかる。このまま会うしかないだろう。

「じゃあ奴を通しますよ。気をつけてください」

「うん。ありがとう」

 ケイスケからの通信が切れた。


 俺の部屋は地下10メートルの穴倉にある。地下深く、アリの巣のように張り巡らされた横穴は、大戦中は核シェルターとして使われていた。それが今では、一般市民が暮らす大切な住居として使われている。規模は小さいが俺たちは街と呼んでいる。大戦から100年経つというのに、この基地の基幹システムにはほとんど故障が無い。戦前のテクノロジーが、どれほど優秀だったかということがよく分かる。

 俺の部屋の後方で重々しい音が響いた。裏のエレベーターを使ったのは久しぶりだったが、ちゃんと動いたようだ。エレベーターのドアが開き、背の高い若者が現れた。貴族か。なるほど育ちの良さそうな顔をしている。しかもずいぶんイケメンだな。

「ストップ。そこの汚い椅子に座ってくれ。あんまり俺に近づくなよ。近づいただけで汚染させちまうからな」

 俺は言った。

「脳の浄化ですか……。この大掛かりな装置は、全部あなたの浄化装置なんですか?」

 丁寧な口調で若者が言った。

「そうだよ。汚染率も20%を超えると、これぐらい必要になるんだ。驚いたかい?」

「はい。浄化装置自体見るのは初めてですが。まるで小さな工場という感じですね」

 若者は言った。興味深そうに、薄汚れた俺の部屋を眺め回している。物怖じしない所も、さすが貴族という所か。

「それでお前さんは、東の貴族だと言ったそうだが本当か? それが本当なら、門の前で市民に撃ち殺されても、文句は言えないはずだが」

「正確には東の貴族の3番目の息子です。カイナと申します。お初にお目にかかります、カジハルさん。伝説の免疫系(めんえきけい)にお会いできて光栄です」

 俺の名前を知っていたか。しかも一般市民に対して、こんな礼儀正しいあいさつが出来る奴が貴族とは。俺は意外に思った。

「伝説ってことはないだろ。まあ、俺のオヤジは伝説だったかもしれんが。それと免疫系って言葉は差別用語だぞ。分かって言ってんのか?」

 俺は言った。

「免疫は才能です。僕はそう思います」

 カイナと名乗るその貴族の息子が、まっすぐ俺の目を見て言った。

「ふーん。お前本当に貴族の息子? ちょっとフレンドリーすぎないか? 搾取と圧政。それが貴族の定義だったはずだが」

「証明しましょうか?」

 カイナがにっこり笑った。

「どうやって?」

「4週間前に起きた、板橋区の大鉱脈での事件。市民のみなさんと戦った貴族の一人に、狙撃タイプがいたと思いますが」

「ああ。よく覚えてるよ。あのスピードガンが牽制して来たから、こちらはすぐに撤退を決めた。並みの腕前じゃなかったからな。まさかお前か?」

 俺は言った。

「はい。リングを運んでいた先頭にいたのがカジハルさん、あなたでしたよね? 僕は1発目で確実にあなたの頭を吹き飛ばすつもりでした。しかしあなたは動物的なカンで上体をそらして避けた。それが見えていたのは、あなたを狙撃した僕だけです。それで証明になりませんか」

 表情は穏やかなまま、カイナが言った。

「マジかよ。あの一発はお前のオヤジだと思ったぜ。貴族の頭領が前線に出てきたと思って、俺はビビッて逃げたわけだが。なんだ息子だったのかよ」

 一般市民は貴族に絶対かなわない。すぐに逃げた方がいい。これは鉄則だ。

「父はスピードガンも扱いますが、本来は格闘タイプです。それと、もう父には戦う力は無いみたいです。最近汚染率が15%を超えました。まもなく死にます」

 カイナが淡々とした口調で言った。

「……そうか。東の貴族も代替わりか……。お前の兄貴が跡目を継ぐわけだな?」

 俺はため息をついて言った。

「そうです。何も変わりはしません」

 カイナが表情を変えずに言った。

「それでお前は何しにここに来たんだよ。板橋の件を謝罪しに来たとか? 俺の事を殺そうとしてゴメンね、って。でも、そういう感じは全くないよな」

 俺は笑って言った。

「僕は貴族です。一般市民と交わることはできません。貴族の勝手な論理だとは思いますが、世の中には秩序と言うものが必要です」

 そう言って、カイナは表情を暗くして黙り込んだ。

「おいおい。悩むなら自分の家でやってくれよ。ご覧の通り俺は、そんなに暇じゃないんだよ」

 俺は言った。浄化作業中は体に相当負担がかかる。本来、絶対安静が必要だ。しゃべるのも辛い。

「僕はサイカさんを愛しています。あなたの妹の、サイカさんです」

 暗い表情でカイナが言った。

「……マジかよ」

 俺は自分の耳を疑った。妹と貴族が? なんだって?

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