第29話 ストーカー生活の1日目

 最寄りの駅に到着して、少し迷う。もう、いっそのことみなとさんの生活圏内周辺駅への定期券でも買ってしまおうか。これから毎日行く予定なのだから、たぶん定期券のほうが安い。それに切符を買う時間も探索に充てたいのだ。


 ということで、一ヶ月分の定期券を購入する。一ヶ月で見つかってくれたらラッキーだが、見つからなければまた買い直そう。


 電車に乗って、移動する。所要時間は約一時間。今までだったらあり得ない行動だ。仕事終わりで疲れ果てて、どこかに行く余裕なんてなかった。それが一時間もかけて移動している。


 電車の揺れも、暮れかけている夕日も、なにもかもが美しい。いつもは耳に悪い子供たちの笑い声も、華やかなものに聞こえる。


 ……ちょっとずつ、精神状態が良くなってきたかな。これもみなとさんのおかげだ。私に恋という感情を教えてくれたおかげだ。


 しばらく電車に揺られて、到着。推測したみなとさんの生活圏内。


「この辺に……いるはず」


 人の多い駅だった。県内では割と都会なほうで、私の住んでる地域とは比較にならないほど人がいた。いつもならその人混みを見るだけでフラフラになっていたが、今は違う。

 あの人混みに、みなとさんがいるかもしれない。そう考えると、なにも怖くない。むしろ輝いて見える。もっともっと人が多ければみなとさんを見つける確率も上がるのに、なんて思ってしまう。


「よーし……」


 やる気が出てきた。ここを歩き回って、みなとさんを探す。この周辺に住んでいるかもしれないという確証もないあやふやな情報だけれど、今の私には生きる希望だ。

 

 そんなこんなで、私のストーカー生活の1日目が始まったのだった。



 ☆



 輝かしいストーカー生活。その初日。

 1時間後……


「……いない……」しばらく人の多い場所を歩き回ってみたが、みなとさんは見つからない。「そりゃそうだよな……」


 そう簡単に出会えれば苦労はしない。本当にここがみなとさんの生活圏内なのかも怪しいのだ。そんな状態で、見つかる可能性は高くない。むしろ低い。


 しかしまだ初日だ。まだ諦められない。諦めてたまるか。絶対に見つけ出してやる。


 とはいえ、1時間歩いてもうヘロヘロだ。相変わらず体力がない。というより30分くらい歩いた時点で疲れ果てていた。みなとさんが恋しくて、さらに30分も歩いてしまった。いよいよ限界だ。


 6時に仕事を終えて、だいたい1時間くらいでこの場所に到着。それから1時間も歩いたから……今は8時だ。昨日までの私なら、まだまだ仕事が終わっていない時間である。


「……そろそろ夕食かな……」


 せっかくみなとさんの生活圏内(推測)まで来たのだ。この場所でなにか食べて帰ろう。この場所の飲食店には詳しくないが、1つだけ知っている店がある。住所まで覚えたお店がある。


 少し歩いて、そのお店に到着した。


calmカーム……」

 

 みなとさんがオススメだという喫茶店。


 雰囲気のあるお店だった。クラシックというか古典的というか……そのお店のこだわりと、変化の無さを感じた。落ち着いた雰囲気で、時代がどう流れても、このお店は変化しないという安心感があった。そういう意味では、風光明媚に似ているかもしれない。


 新しいお店に入るというのは緊張感がある。怖いけれど、この中にみなとさんがいるかもしれない。そう考えると勇気が湧いてくる。


 ……なんだか最近、私の頭の中はみなとさん一色だな。なにかあればみなとさんのことを考えてしまう。それ以外のことを考えている余裕はない。


 ともあれ、calmカーム……初来店である。注文はもう決まっているから、その分だけ気が楽だ。

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