元厨二病の魔導少女は、元勇者の魔法少女と高魔が丘にて相対する。

清河ダイト

プロローグ

 その日、私は、間陽野まびの十乃華とのかは命を救われた。


「……大丈夫? ケガとかない? 立てる?」

「は、はい……だいじょうぶ、です」


 物静かで冷静さを感じさせるその声の正体は、少し先に立つ一人の少女であった。


 背中をこちらに向け、顔だけこちらに振り向いているのと、高低差で顔立ちの詳細は分からない。

だがときより吹く風によって揺れ動く髪の隙間の奥からは、真っすぐこちらを見つめる翡翠色の瞳が見て取れる。


 年齢はいくつぐらいだろうか。

身長的に少なくとも私と同じ学年か上の年代だろう。

しかし、声の質感的に20代ではなさそう。


 その立ち姿はまさにアニメに出てくるようなそのもので、赤色と桃色が特徴的な騎士鎧、そして純白のマントを纏っており、右手には直剣が握られている。


 そして彼女の背景には、私を殺そうとしていた化け物がどす黒い血液のような物を流して死んでいた。


「…………」


 なかなか立ち上がらない私を見かねたのか、勇者は「チンッ」と直剣を左腰の鞘に納め、歩み寄ってくる。

「シュワン」という音ともに騎士鎧が消滅すると、そこに立っていたのは私と同じ学校、県立高魔が丘高校の制服であった。


「……ん」


 こちらの傍に歩み寄り、右手を伸ばす。


 再び、今度は至近距離からその顔を見た。


 肩ほどまで伸びた髪色は、赤色から桃色へと変わるグラデーションカラーの特徴的な色。

そしてどことなく幼さを残した顔はそっぽを向いていて、夜だから顔色はよく分からないが、髪色が桃色だからだろうか、頬の赤色が少し強調されているようにも見える。


 そして私はその手を取った。


「あなたは……いったい誰ですか……?」


 私の命を救ってくれた恩人は少し迷った後、言った。


「……私は、だよ。」


──────────


ジリリリリリーー!!


「うにゃっ……」


 鳴り響く目覚まし時計によって、意識が夢から現実に引き戻される。

朦朧とする意識の中、手探りでスイッチを探して止めて、強い眠気を振り払うように伸びをする。


「うぅ……夢見てたってことは眠り浅かったのかなぁ」


 愚痴を言いながら朝食の準備をする。

とはいっても食パンをトースターでチンするだけだが。


「いただきます」


 バターを塗った食パンにかじりつく。

今日の朝食はバターを塗ったパンと味噌汁と牛乳という、シンプルなものであった。


 別に料理が苦手というわけではない。

ただ、平日の朝は学校もあるので手間のかかる料理はしたくないのと、自分が食べるものだしいっか、と割り切っている。


「それにしても、はっきりした夢だったなぁ」


 食べ終えた食器を洗い、次は高校の制服に着替える。


 まだ先月初めて袖を通したばかりで、まだ着心地は硬いが、すこし体にあってきたような気がする制服は、ひんやりと冷たい。


 着替えを終えると鏡の前に座り、寝癖でボサボサになった長い白髪を整える。


「む……」


 側面や前髪後髪はまっすぐ整えることができ、どこからも変な風に髪の毛が出ていない。

しかし、頭の頂点にそびえるアホ毛ソレだけはどう頑張っても整えることは出来ない。


「……いっか」


 ある程度整え終えると、私は傍にある引き出しを引いた。


 その引き出しの中には、眼帯やら華美な装飾の髪留め、包帯なんていう物まで入っている。


 それらは、私が厨二病の時に買った物であった。


「…………はぁ」


 過去の自分の愚行にため息を付きつつ、その中の1番上に置かれている金木犀の花の髪留めを取り出し、前髪に付ける。

この髪留めだけは小学生の時の親友が誕生日の時にくれた物だ。


 再び鏡を見る。

ボサボサな髪は白髪で、付けた髪留めが良く目立つ。


 けれど、渡された時に「マジック効果がある」と言っていた髪留めは、それ以来ずっと付けていた為か金メッキが剥げて銀色になってしまっている。

これでは金木犀というより銀木犀だな。


 思い返せば、私が中二病になってしまったキッカケもその人だった。


 彼女が転校してきたその日に、友達がおらずクラスでも孤立ぎみだった私になぜか積極的に話しかけて来てくれて、その上カリスマ性によるものかすぐにクラスの中心……いやトップに立った彼女、佐藤さとう魔央まおはいつしか私の憧れになっていた。


 しかし、魔央まおは中学生の時から学校に来ていない。

理由は……分からない。

聞こうと思えばメールで聞けるけれど、怖くて聞けていないのだ。


 親友と……魔央と1番仲良くしていたのは私だから、もしかしたら私のせいで不登校になってしまったのではないか……。

唯一の友人、親友であるためメール上では敢えて優しく接してくれているだけではないか……。


 そんなマイナスな思考が頭を巡る。


「……はぁ」


 ダメダメ、こんな朝っぱらから考え込んじゃ。


 髪を整え、学生鞄に筆記用具や教科書などの授業中道具に加えて、手提げバッグに黒く重厚な作りのが入っているのを確認し、玄関へと向かう。


「……行ってきます」


 誰もいない家に向けてそう言い、鍵をかける。


 私には両親がおらずマンションに一人暮らしだ。

まあ、それをかれこれ3年以上続けてきたわけで、今ではさほど寂しさは感じなくなった。


 マンションの階段を降りて、緩い斜面となっている道を下る方向に向けて歩いていく。


 広々とした青空が広がり、燦々さんさんと照る太陽によって5月にしてはポカポカ日和。

おかげで肌をなぞる風は心地よく、さらにその風に乗ってくる心なしかいつもより質が綺麗なようだ。


 ……そうは言っても、ここは深い森の中でなければ観光地でもないし、そう沢山ハプニングが起こるわけでもない。

それにこの道中も見慣れたもので、今更よく観察する必要もないし、かといって歩きスマホをする気概もわかない。


 つまりどういうことか。


 暇なのだ。


「そういえば今日なんか変な夢見たな……なんだったんだろう……?」


 特にすることも無いので学校に着くまでに、今朝見た夢を思い出す。


「なんか、特徴的な髪色した騎士さん……? が、何かから助けてくれたんだっけ……」


 ふと足を止めて歩いている道を見渡す。

片側にはマンションが幾つも連なっていて、逆サイドには民家やらが立っている。

その間の境界線というように、片側一車線の大きめな道路が敷かれている。


 当然、夢に出てきた何かは居ない。


「……夢、だから大丈夫……だよね……?」


 夢だからかハッキリとした場所は分からない。

だが、予知夢だったら……という恐怖が背中を冷やし、顔を振り向かせようとする。


「っ……!?」


 その時、一瞬、ほんとに一瞬だけだが、とてつもなく大きく、強い殺気が背中を撫でた。


 私は何故だか、視線から相手の思っていることを感じ取ることが出来る。

そのため、この殺気も気のせいではない。


 すぐさま手提げバッグの中に入っている魔導書を取り出し、後ろに体を向けた。


「……えっ」

「……」


 後ろにいた人の視線と私の視線が交差する。


「……あ、あなたは……!?」


 その人物と目があった瞬間、驚きのあまり目を見開いた。


 振り返った先には、私と同じ制服を着た少女が立っていた。


 肩ほどまで伸びた髪は、赤色から桃色へ変わる特徴的なグラデーションカラー。

身長は私より頭一つ分ほど高い。

目は翡翠色で、表情からは物静かそうな印象を受ける。


 同じ制服を着る翡翠色の瞳を持った少女は、魔導書を抱えた私を見て、少し睨みつつ警戒心を上げた。


「……自分から名乗るのは癪だけど、私は望月もちづきさくら。登校途中のだよ。」


 そこには、今朝見た夢に出てきたを名乗る少女、望月桜が立っていたのだった。

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