私は貴族になった平民娘

コラム

01

みすぼらしい姿をした少女が、男に手を引かれて屋敷に足を踏み入れた。


ここは男の住む場所――シュノン王国最強の騎士と呼ばれるシドルワール·ジラルドアの邸宅ていたくである。


シドルワールが屋敷内に入ると、使用人たちが頭を下げて迎えた。


すると少女は、ビクッとその身を震わせる。


そんな少女を見たシドルワールは、たくえた髭をもてあそびながら微笑む。


「怯えることはない。今日からここがおまえの家なんだからね、エディット」


「わたしのおうち……?」


呆けた顔で見てきたエディットの頭を撫でながら、シドルワールは言う。


これから自分たちは家族となる。


貴族としてジラルドアの名を継ぐのだと。


「わたしがきぞく……?」


「そうだ。おまえは私の娘として育てる」


シドルワールは貴族だったが、平民出身であるエディットの父とは友人だった。


彼は階級を気にしないめずらしい男で、病で両親を亡くした友の娘エディットを、養子にするために自宅に招いたのだ。


そして、幸か不幸か。


シドルワールには子がいなかった。


妻こそいたが、エディットの両親と同じ病ですでに亡くなっているのも、彼女を引き取った理由だった。


「エディットよ。私は戦うことしか知らん人間だ。おまえに教えられるのは剣くらいなものだが、けして不自由はさせんよ」


シドルワールはそう言うと、まだ呆けた顔をしているエディットの体を抱きしめた。


それから10年ほどの月日が流れ、エディットは士官アカデミーを卒業し、学内で負けなしの剣士となっていた。


さすがは王国最強の騎士の娘だと、多くの者が彼女のことを賞賛していたが、所詮は平民出身の養子。


生まれが下賤の出ということをよく思わない貴族出身の者らには、エディットは疎ましく思われていた。


そのせいもあり、エディットにとってのアカデミー時代は、苦痛の日々でしかなかった。


最初のうちは努力すれば変えられると思い、学業にも剣にも打ち込んだが、エディットがアカデミー内でトップの成績になっても、貴族たちは彼女のことを認めなかった。


エディットが女だったというのもあったのだろう。


シュノン王国で女の剣士はめずらしい。


それが騎士となろうとしているのだ。


いくら聡明だろうが、腕が立とうが、平民出身だった女であるエディットが認められるはずもない。


自分ではどうすることもできない苛立ちを抱えながら、彼女は騎士見習いとして、初陣に挑むことになった。


「見習いの諸君。これが全員の初の戦場となるのだ。後方支援とはいえ、くれぐれも油断するな」


シドルワールが、整列した騎士や兵たちに声をかけた。


彼は将軍として戦の指揮を執る立場だった。


エディットは初めて騎士として皆の前に立っている養父の姿を見て、これからいくさだというのに表情が緩んでしまっている。


それもしょうがない。


シドルワールは剣こそエディットに教えたが、家の中では笑顔を絶やさない良き父だったからだ。


娘に何かあればすぐにオロオロと狼狽うろたえ、使用人たちはそんな彼を見てクスリと笑うような、そんな男だった。


それが凛々しい姿で目の前にいるのだ。


エディットからすれば、壇上で演技でもしているように見えてもしょうがない。


そんな娘の気持ちなど知らずに、シドルワールは言葉を続ける。


「相手はオーブ旅団だ。君らも、その名ぐらいは聞いたことがあるだろう」


オーブ旅団とは、この国――シュノン王国で革命を起こそうとしている組織だ。


その団員は平民出身の騎士や兵たちで構成されており、持たざる者が国に反旗を翻したということで、今回、国王から直々に討伐の命令が下った。


階級社会に厳しいシュノン王国では日常茶飯事だと、兵たちから失笑が漏れている。


シドルワールは、そんな彼らに向かって思いっきり咳ばらいをした。


すると、ヘラヘラと笑っていた兵たちの背筋が伸びる。


「皆、準備を始めろ。今すぐ出発だ」


そして、シドルワールが口を開くと、兵たちは一斉にオーブ旅団の討伐の準備に取りかかるのだった。


エディットは先方隊の一員に選ばれ、指揮をするシドルワールのほうは、本隊を連れて後から追いかけるという話になった。


出発後の行軍中、先方隊の後方で見習い騎士らと共に歩いていたエディットには、特に緊張した様子もなかった。


それは、周りの空気がそうさせていた。


オーブ旅団は平民たちが集まってできた組織だ。


王国軍に敵うはずもないと、明らかに気持ちが緩んでいる。


これはエディットと同じ見習い騎士だけではなく、歴戦の兵たちや先方隊の指揮を任された騎士ですらそうなのだから、彼女が気抜けしてしまうのも仕方がないと言えた。


「敵だ! 敵襲だぞ!」


前から声が聞こえてくる。


どうやらオーブ旅団が現れ、前方では戦いが始まっているようだ。


エディットたち見習い騎士たちも、指示通りに陣形に加わろうとしたが――。


「後ろからも敵だと!?」


突然背後から現れた敵軍に、エディットたち見習い騎士たちは激しく動揺。


戦慣れしてないこともあって動きが鈍く、完全にオーブ旅団の兵に隙を突かれる形となった。


「私の名はサンドリーヌ·ガルライフ! オーブ旅団の団長ガルグイフ·ガルライフの妹だ! 命のいらぬ者はかかってこい!」


敵と味方が入り乱れる中、オーブ旅団の女剣士が飛び込んできた。


エディットは、背後から現れた敵の指揮を執っているのがこの女剣士だと思い、一騎打ちを仕掛ける。


「私はシュノン王国の騎士シドルワール·ジラルドアの娘、エディット·ジラルドアだ! あなたの相手は私がする!」

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