ひとりぼっちのあたし
コラム
01
金曜日の夜。
あたしは駅近くの歓楽街を歩いていた。
チョコレート工場からの仕事帰りで、電車に乗って現在は大久保にいる。
仕事終わりはいつもなら真っ直ぐアパートに帰る。
だけど、今夜は大学時代の友人たちと飲み会をすることになっていた。
以前なら定期的に開催されるものだったけど、コロナ禍なってからは約一年ぶりの飲み会だ。
「わー皆久しぶりじゃん!」
「オンライン飲みはしょっちゅうやってたけどな。でも、やっぱ直接会えるのっていいよな」
「わかる! もう人恋しくってしょうがなかったもん、わたし」
「それ大げさすぎー」
あたしを含めて、皆マスクをした状態で弾んだ声を出していた。
本当は大して嬉しくもない。
なんとなく暇だから来ているだけで、友人たちの顔を見てもなんの感情も湧かない。
合流したあたしたちは予約していたレンタルスペースへと向かった。
途中でアルコールやつまみを買い、映画やドラマにでも出てきそうな一室へと入っていく。
友人たちとは、いつもならオシャレ店で飲む事が多いのだけど、今回は出来る限り他人との接触を避けるために考えたチョイスのようだ。
全員が手洗いうがいをして、持参した消毒液で手を拭き、部屋にあったグラスに酒を注いでいく。
それから酒とつまみも開けて乾杯するためにグラスを持つ。
酒のつまみとはいっても内容は豪華だ。
有名な店でテイクアウトしたオードブルに、シャンパンや甘いリキュールなどがテーブルに置かれ、普段あたしが口にするものよりも高い料理と酒ばかりである。
味がわからないあたしにとっては金の無駄遣いでしかないのだけど、皆社会人になったのもあって、もう昔のようにチューン店の居酒屋とかは敬遠するようになっていた。
非正規労働者であるあたしにとっては痛い出費だ。
かといってもっと安い店に行こうとも言えず、ただ流されるままで今に至る。
「そういえば
「なにそれ? 初耳なんだけどぉ。ちょっと
つまらなそうにしていたせいか。
盛り上げ役の男が適当な事を言い出した。
それに乗る形で、女たちもからかうような声を出してくる。
ちなみに立村美桜はあたしの名前だ。
美桜の意味は美しい桜のような女性になってほしいからと、両親が付けた。
完全に名前負けしている地味女であるあたしにとって、この名はあまり好きではない。
親はもっと子供の名前を、その子の今後の人生を考えて付けるべきだ。
「それってさぁ、ちょっと前に家の側にある店が美味かったって話の事? 通ってなんかないよ。それと誰かといい感じとか言ってるけど。あたしが恋愛に興味ないのは皆知ってるでしょ」
「相変わらずサバサバしてんな、立村はぁ。ちょっと突いたら浮いた話でも出るかと思ったのによぉ」
「ハハハ。ホントだよねぇ。でも美桜もさ。誰かを好きになったらわかるよ。毎日が楽しくてその人のことしか考えられなくなっちゃう感覚」
「ないわぁ。それはない」
いつもこんな感じだ。
面白くもないのに笑顔を作って雰囲気を壊さないようにする。
くだらない話をして、こうやってただ時間だけが過ぎていく。
いつからだろう。
皆と居ても楽しくなくなったのは。
話題が合わないとか価値観のズレのせいじゃない気がする。
そもそもここにいる誰とも学生の頃から話も物の見方も合わなかった。
それでも以前はそれなりに楽しめたものだったけど、今はもう無理。
この原因はもっと根本的な何かだと思う。
でも、それがなんなのかはわからない。
「じゃあ、また飲もうぜ!」
「うん、今日は楽しかったね。やっぱ皆で飲むのってサイコー!」
数時間後に飲み会が終わり。
あたしは酔っぱらった身体を引きずって終電へと乗り込み、自宅へと戻った。
普通の女子ならまず住まない安アパートは静かで、個人的には落ちつくあたしの空間だ。
まずは玄関に入ってすぐにある浴室に入る。
化粧は普段からしないので簡単に頭を洗うだけで、シャワーを浴びてもカラスの行水。
それから可愛いらしさとは無縁のジャージに着替えてベットに倒れる
アルコールはいい。
酔っていると余計な事を考えずに眠れるから。
でも、大勢で飲むのはつまらない。
「お金もないのに……またいっぱい使っちゃったなぁ……」
目を覚ますと朝になっていた。
せっかくの休みに昼まで眠ってしまってもったいないなんてことはなく。
ダラダラとベットから体を起こしてノートパソコンの電源を入れる。
うちにあるたった一つの娯楽である動画配信サイトへと入り、適当な番組をつけて顔を洗う。
あたしは基本的にお金を使わない生活をしている。
娯楽はネットで済ませ、服も夏はTシャツ、春、秋はパーカー、冬はその上にダウンジャケットと下は年中ストレッチパンツだ。
化粧も冠婚葬祭の時くらいにしかしないので、新しいものは買ってない。
間食はするけど食事も夜しか食べないし、格安スマホにもして、買い物するときも大手ECサイトのクレジットカードを使ってポイントを貯めてやりくりしている。
そのせいか、非正規の底辺生活なのに多少の貯金がある。
まあ、それでも十万円もないけど。
「さて、今日もなんの生産性もない、贅沢な時間を過ごしますかぁ」
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