第28話 馬での亡命方法を考える(1/2)

「このお茶、初めて飲むわ。美味しいわね。」

「シノ大陸のれいの白茶という微発酵の茶葉だよ。これは白牡丹っていうお茶。」

「そうなのね。私はチリマのお茶は烏龍茶くらいしか知らないわ。」

「私もちょっと前までそうだったよ。烏龍茶は青茶ね。たくさんあって私もまだ良くわからないんだけど、緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶の順で発酵度合いが強くなるんだって。あと微生物で発酵させた黒茶というのがあって、時間が経つほどヴィンテージとして価値があがるらしいわ。」

「黒茶ウンチク師がいそうね。」

「本当ねぇ。ワインおじさんみたいに話し出すと止まらない人がいそう。」

「レオはワインおじさんになりそうだよな。」

アダルベルト様がニヤニヤしながら言った。

「話している相手の表情を見て微妙な顔をしたら話をやめれば大丈夫ですよ。あ、でも殿下のお話はいつも面白いです。」

実際のところ、好きな人の話ならどんな話でも聞きたいし、その逆ならどんな話でも不快なんだけど・・・。

「ありがとう。気をつけるよ。」


「ところで、リリは皇城の暮らしはどうなの?」

「思ったより自由で快適よ。申請すれば外にも出られるしね。」

「へぇ。1人では出かけられないの?」

「実家にいた時だって1人で出かけたことなんてないよ。保護区に行って単独行動することはあったけど。ちょっと憧れるよね、1人で出かけるの。」

「私、護衛をまくの得意でたまにふらっと一人で出かけるよ。」

「後でまき方を教えて。」

「護衛をしている者としては、今後まかれないために聞いておく必要がありそうですね。」

「ふふふ。そういえば皇城の中に馬のギャロップがあるんでしょう?見た?」

「そうなの!今度ダービーに出る馬を見たわ。あと、覆面している馬もいたわ。」

「覆面って、プロレスラーや強盗がかぶるやつよね。」

「そうそう、それよ。女子プロレスラーは将来、結婚して子供が産まれたときに子供がいじめられないように覆面で顔を隠す人が多いらしいわ。」

「ああ、女の泥試合10番勝負シリーズね。私は猫覆面のシンガプーラ・魔裏威マリーが好きよ。あ!そういえば仮面舞踏会も仮面じゃなくて覆面にしたら面白いんじゃない?」

着飾った紳士淑女が目と口だけ出して覆面をして社交ダンスしているシーンを想像する。

「「「ぷはっ」」」

想像すると滑稽で吹き出して笑ってしまう。

「話が飛んだわね。でも確かに、仮面舞踏会の仮面くらいじゃ身バレしまくりだもんね。あはは。」

「案外盛り上がるかもね。今度、開催してみようか?皇宮主催覆面舞踏会。」

「それ、集客できますかね?」

「仮面舞踏会って破廉恥なことするんですよね。」

「いや、そういう目的じゃないけど。というか、現代ではもう仮面舞踏会はやってないけど。」

「覆面のまま破廉恥なことするのもいやだけど、覆面取ったら髪の毛ペッタンコでしょ。萎えるわね。」

「ライラ、さすがに今の発言は下品よ。」

そう注意しつつも、いい感じの雰囲気になった紳士淑女がお互い覆面をとって髪の毛がペッタンコになっているのを想像して声が震える。

「淑女のほうが汗で眉毛消えてたりね。」

「「「ぷっ」」」

再び噴き出す。


ひとしきり笑ってお茶を飲んでからレオンハルト殿下がライラに向かって聞く。

「ライラ嬢、馬を見に行くか?」

「よろしいのですか?」

「もちろん。」

皆で席を立ち、馬の厩舎に向かうことにした。

「リリーシア嬢、ライラ嬢」

アダルベルト様が歩きながら声をかける。

「はい?」

「馬は身バレしないために覆面をしているわけではないのですが・・・」

「「・・・ふっ・・あははは」」

真面目か!私とライラは思わず笑ってしまう。

「す・・すいません。淑女らしからぬ大笑いをしてしまいました。えっと・・・学生の頃のノリで悪ふざけをしてしまいました。実は私は受験勉強をする前まで馬術の選手だったのでメンコのことは知ってます。」

「そうなんだ。障害?馬場?」

レオンハルト殿下が食いついてきた。

「両方やっていましたが、障害の方が得意でしたよ。西部地区のジュニア大会で優勝したんです!」

「すごいじゃないか。」

「ふふ。ちなみにライラのお父さんは馬主なのでライラもメンコは知ってるはずです。」

「知ってます。そして、うちの馬もダービーに出るんです。思わぬところで敵情視察できて嬉しいです。」

「は?!」

「だからぁ、いいんですかって聞いたんですぅ。」

イラッとする蓮っ葉な喋り方で答えるライラをレオンハルト殿下は胡乱な目で見る。

「大丈夫です。ライラは馬を見ても何もわかりません。」

「えへへ。毛色の違いと毛がテカってるか否かしかわかりません。皇太子殿下を欺いてしまいました。」

ライラは300年前だったら不敬罪で100叩きの刑だったわね。厩舎に着くとライラは興奮していた。

レオンハルト殿下は厩務員に声をかける。厩務員は4人分の靴とグローブとヘルメットとプロテクターを持ってきた。試乗させてくれるみたいだ。

「私たちスカートなんですが・・・」

「今日は横向きで二人乗りしなよ。」

靴を履き替えている間に厩務員は馬を連れてきて台の前に立たせる。あぶみに足をかけなくてもこの台があれば跨いで乗れる。

レオンハルト殿下に台に引っ張られていった私は落ち着かない。

「私、横向きで乗ったことがな・・・わっ!」

抱き上げられて馬に乗せられる。続いてレオンハルト殿下が乗ってきた。

「え?あれ?どこをもてばいいのかしら。あぶみが無いの怖い!」

「テンパっている姿を初めてみたな。」

ニヤニヤするレオンハルト殿下を見て睨みつける。

「持ちやすいところを持ってて。行くぞ、スカーレット」

スカーレットか・・・黒髭男爵とは違って素敵な名前ね。少し歩き出してから止まる。

「こういう場合、後ろの騎乗者の腰に手をまわすんじゃない?」

「あ・・・え・・はい。」

台から離れてしまったし、足をかけるあぶみもないので降りることができない。

(馬の二人乗りって物語でよく出てくるけど、あんまり現実的じゃないのね。)

ライラの方を見るとスカートがめくれないように上手く挟み込んで1人で乗っていた。

(そんな乗り方も・・・考えてみればあったか)

レオンハルト殿下の腰に手を回すと彼は再び馬を歩かせた。そして、少しずつスピードを上げていった。

「え?」

初心者用の低い障害に向かって走っている。

(うそでしょ。この体制じゃ怖すぎる。あぶみ、あぶみ、あぶみが欲しい。)

飛ぶ少し前に、レオンハルト殿下にギュッと抱きついた。

「“:『?>@&*$(!!!!」

馬を刺激しないように悲鳴を我慢する。

飛び終わって少し小走りしてから止まった。落ち着くと驚きが怒りがフツフツと上がってくる。

「ひっ・・・ひどいじゃないですか!」

「ごめん・・・ゆっくり歩いて戻るよ」

そう言われても私の苛立ちはすぐには収まらない。もちろん、恐れ多くて怒ったりはしないけど。

「えーと、じゃあお詫びに今度は逆になってみる?俺が横向きで乗ろうか?」

なにそれ?ちょっと小馬鹿にされている感が否めないけど、ちょっと面白そう!台にもどって場所を交代してみる。

大人が2人で跨る鞍は無いので後ろの人は馬に直乗りだ。

「リリーシアは鞍なしで乗馬したことあるの?」

「ありますよ。鞍がないと馬の筋肉の動きがわかるから馬をより理解するために鞍なしで時々に騎乗するっていうのが私の通ってた乗馬クラブの校長先生の方針でした。」

「えぇ!そうなの?」

「いえ、やっぱり・・・あの校長先生はおかしかったんですね。」

鞍の後ろに跨ると、私の前に殿下が横向きで馬に乗ってきた。

「って、見えなーーい!そしてつま先にしか鐙に足が届かない‼︎」

薄々こうなるんじゃないかなって思っていたけど!私より20cm背が高く、去年まで軍にいて華奢に見えるけど実は逞しいレオンハルト殿下。そりゃ、前は見えませんね。

首を傾け殿下の後ろからひょっこり前を覗いてみると、まぁこれなら馬を動かせないことはなさそうだけど・・・。鐙に足をひっかけようとつま先を伸ばしながら、ふと見るとレオンハルト殿下はプルプルと震えていた。見回すと厩務員や調教師も下を向いて耐えている。ライラだけは声を出して「リリ、だっさ!」と笑っていた。

「笑いたいなら笑えばいいじゃないですか。」

私は台に降りながら半眼で見ながら殿下に言った。

「ふはは、ごめんごめん。でもさ、いざという時に瀕死の俺を連れて馬で逃げる時のシミュレーションをしておいたら?」

「この時代に、最弱の文官が皇太子殿下を馬に乗せて逃げるんですか?」

娯楽番組のどっきり大作戦かっ。ロケットが打ち上げられる時代に馬で移動するなどありえない。そして、護衛がたくさんいるのに戦えもしない文官が亡命に同行することもありえない。

「あはは。でも、馬車に乗る機会は全くないわけじゃないんだよ。」

失礼ながらハァとため息を吐いて、彼のお遊びに付き合ってあげることにした。

しかし、この時のシミュレーションが近い将来、本当に役に立つということをこの時点では誰も予想できなかった。

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