第53話
二人の背中が見えなくなるまで微動だにせずその様子を見送っていたノラオは、二人の姿が視界から消えた瞬間、全身から力を抜いて、大きな息を吐き出した。
『はー……。太陽の光、マジやべーな。消耗半端ねぇ。
その言葉を示すように、ノラオの輪郭を彩る淡い光が陽炎のように揺らめいて、上空へと吸い込まれるように少しずつ昇っていっているのが見えた。
それに比例してノラオの姿は徐々に淡く薄くなり始めていて、もうすぐ彼がこの世から消えていってしまうことを示唆していた。
―――成仏、しかけているんだ。
それを悟って、あたしはきつく唇を噛みしめた。
それはあたしが当初から強く望んで、ずっと目指してきたことだった。
そしてここしばらくのノラオの様子から、薄々その時が近いんじゃないかって、密かに感じていたことだった。
なのに今、薄々予感していたそれが現実になろうとしている局面に立ち会っているという事実に、あたしは涙が溢れて止まらなかった。
それは間違いなくノラオにとっても良いことで、自然の摂理にもかなっているはずのことなのに。
「ノラオ―――……」
ボロボロ大粒の涙をこぼすあたしを見やったノラオが、困ったように後ろ頭をかいた。
『泣くなよ……』
「だっ、てぇ……」
ひっく、と喉を鳴らすあたしの頭にためらいがちに手を伸ばしたノラオは、ゆっくりと掌を置くと苦笑してみせた。
『お前にとっちゃいいこと尽くめのハズだろ? もうオレに乗っ取られることもねぇし、着替えも風呂も気ぃ使う必要なくて、快適に過ごせるんだから』
そうなんだけど。そうなんだけど……!
「べっ、勉強、教えてもらえなくなっちゃうし……」
『自分で頑張れ。後は勉強にかこつけてレントに面倒見てもらえば、一石二鳥だろ』
「うぅ、蓮人くんにバカだってバレる……」
『しょうがねぇだろ、バカなんだから。薄々レントも察してるよ。それにお前は頑張れるバカだから、大丈夫』
「そっ、それに、恋愛相談、乗ってもらえなくなるっ……」
『マキセがいんだろ。あいつ頼りになるじゃん』
―――分かってる、分かってるよ、でも。
「ううっ―――さ、寂しい~……。寂しいよぉぉぉ……!」
『バッカお前、言うなよ! そういうコト……!』
ああ、最後の最後にノラオを泣かせてしまった。
笑顔でお別れ出来なくて、ゴメン。
でも、あたしの方がノラオの何倍も大泣きしているもん。だから許して―――全然、理由にはなんないけど。
「げっ、元気でねぇ……! あたしも、色々頑張るから……!」
『ぶっは、死人に向かって何だよ、ソレ』
空元気を装うように大袈裟に吹き出してみせたノラオは、手の甲でぐいっと涙を拭うと、最後にあたしを優しく抱きしめた。
ひんやり冷たいベールに包まれたみたいな、そんな感触―――ずっと一緒にいたのに初めて知る、ノラオの感触。
『たくさん迷惑かけて悪かったな、ヒマリ。でも、お前とレントのおかげで、やっと在るべきところに行くことが出来そうだ―――そこでゆっくり、エージを待つよ。ありがとう、ヒマリ。幸せにな。
あたしはとめどない涙を顎に伝えながら大きく頷いて、輪郭も感触もおぼろげになっていく、消えゆくノラオにしがみついた。
「ノラオッ……ノラオはあたしのキューピッドだよ。ノラオがいなかったら、ノラオがきっかけをくれなかったら、蓮人くんとこんなふうに親しくなること、なかったかもしれない。こんなに大好きになれる人だって知らないまま、何のきっかけも持てずに卒業しちゃって、そのまま二度と会うこともなかったかもしれない。スゴくスゴく、人生もったいないことになっていたかもしれない……!」
『はは。そう言ってもらえるんなら、半世紀彷徨い続けたオレの人生にも意味あったよなぁ? ヒマリ、ありがとう。オレの人生に意味をくれて。レントへの想いが成就するよう、空の上から祈ってる―――』
その言葉と優しい笑顔を最後に―――ノラオは、光の中に融けていった。
キラキラ輝く粒子になって、消えていった。
「ノラオ―――ノラオッ……ありがとうー!」
夏の空へキラキラ昇っていくノラオの
まるでそれに応えるように、キラキラキラキラ、淡く綺麗な光の粒子が、太陽の光に照らされて煌めいていた―――。
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