第45話
「―――ごめん、遅くなって。ちゃんと阿久里さんと話をつけてから
夏の濃い夕焼け色に染まる公園。
最寄り駅からずっと走ってきたらしい蓮人くんは、肩で息をつきながらそう言った。
そんな彼にあたしは涙がこぼれてしまわないよう頬を持ち上げながら、ゆっくりと尋ねた。
「……蓮人くん、いいの?」
何を、とは言わなかったけれど、蓮人くんは頷いて、少しはにかんだ表情を見せた。
「うん。……これがオレのタイミング。まさか呼び方のことで、あんなふうに穿った見方をされるとは思ってもみなかったから……ごめんね、オレのせいで嫌な気持ちにさせて。変なことに巻き込んじゃったのは、オレの方だった。まさか、阿久里さんが……」
そこで言葉を途切れさせた蓮人くんは、少し間を置いてからためらいがちにこう切り出した。
「……。知らなかったんだけど―――その、阿久里さん、オレのことを好きでいてくれたみたいなんだ」
うん、知ってる。
心の中で頷きながら、あたしは蓮人くんの言葉の続きを待った。
「……一年生の時、阿久里さんが身長のことで先輩達に陰口を叩かれている場面に遭遇したことがあって―――オレ自身も身長が高いし、何人かでわざと聞こえよがしにそういうことを言っている先輩達にもいい気分がしなかったし、一人肩を内側に向けてうつむいている彼女が気の毒に思えて、『好きで背が高いわけじゃないのにね』って声をかけたことがあったんだ」
控え目だけど芯がしっかりしている、優しい蓮人くんらしいエピソードだ。
「どうやらその時のことは、彼女がとある先輩の告白を断ったことに原因があったらしいんだけど―――オレの横槍を受けた先輩達は文句を言いながら気まずそうに立ち去っていって、それがきっかけで、そこから時々彼女と話すようになったんだ。……何か、彼女はその時からオレに好意を抱いてくれてたみたいで」
―――いや、それは好きになるでしょ!
あたしは思わず、心の中で拳を握りしめた。
それはかなりの確率で好きになるよ、女子はそうだよ!
「それで―――オレが岩……
「……もしかして同じ委員会に入ったのも、蓮人くんと一緒にいたかったから?」
そう尋ねると、蓮人くんは少し苦しそうな顔になって視線を落とした。
「……。もしかしたら、そうだったのかも……考えたこともなかったけど」
「蓮人くんは、阿久里さんの気持ちに今まで気付いてなかったの? 何かそれっぽいのを感じることって、なかった?」
それに蓮人くんは少し考えてからこう答えた。
「特にそういう雰囲気を感じたことはなかったけど―――そういえば一度だけ、弟さんの誕生日プレゼントを選ぶのに付き合ってほしいって頼まれたことがあって―――今にして思うと、それがそうだったのかな」
それ、絶対にそう―――! 弟の誕プレ選びなんて、そんなの口実に決まってるじゃん!
もしかしたらそれがあれかな、前に阿久里さんと駅前で待ち合わせてた、あの時の約束かな!?
多分蓮人くんが気にしていなかっただけで、あたしが耳にしたような「キスするのにちょうどいい身長差」発言とか、阿久里さん的にはきっとたくさんのサインを蓮人くんに送っていたんじゃないかなって思う。
遠回しにいっぱい送られていたはずのそれに微塵も気付いていなかったという自己評価低めの蓮人くんが、今は阿久里さんの気持ちを認識しているっていうことは、それはつまり―――。
「……阿久里さんに告白、されたの?」
怖いような、でも確かめずにはいられないような気持ちになってそう聞くと、蓮人くんは一瞬動揺を見せた後、気持ち頬を赤らめながら頷いた。
「……うん。でも、ごめんって、そう言った」
……良かったー!
あたしは思わず胸を撫で下ろした。
人の失恋を喜んではいけないけど、でも、それが率直な気持ち。
前に蓮人くんに好きな芸能人のタイプを聞いた時、清楚系の人気俳優さんの名前をあげていたこともあって、中身肉食系でも阿久里さんは見た目清楚系の美人だし、長身の蓮人くんと並ぶとそれが映えて、高身長の正統派美形カップルという感じで、傍目的にはスゴくお似合いだったから、どうしても意識せずにはいられなかったし、正直引け目を感じずにはいられなかった。
―――ごめん、阿久里さん。
わずかな罪悪感と安堵とを覚えながら、明日は我が身かもしれないと気持ちを引き締め直しつつ、さっき勝手に思い描いてしまった告白を断る蓮人くんのイメージを思い出さないように努める。
「阿久里さん、落ち着いたら
「……うん。ちゃんとそう思ってくれているんなら、聞くよ。小柴はカッカしやすいけど根は単純だから、阿久里さんがちゃんと反省している態度を見せてくれたなら、割と素直に受け入れるんじゃないかなって思う」
そう言ってちょっと笑うと、蓮人くんはホッとした顔になった。
「うん……そうだね。
改めて―――柔らかな口調で紡がれる、解禁されたばかりの愛称呼びが、たまらなくくすぐったい。
それに幸せを感じてほんのり頬を染めながら、あたしは蓮人くんに先程のおじいちゃんからの電話の件を切り出した。
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