第8話
「岩本さん?」
独り取り残されてしまった深層意識の底、暗闇の中で、あたしは自分の名前を心配そうに呼ぶ喜多川くんの顔を、闇の中に浮かぶ窓のようなところを介して見ていた。
外の風景が映るあの窓みたいなモノは、現実のあたしの視界とリンクしているんだろうか?
前回とは違って、意識をなくすことなくこうやって状況を確認出来ているだけマシなのかもしれないけど、見知らぬ素行の悪い青年に力づくで肉体を乗っ取られた状態のあたしは、やり場のない憤りに肩をわななかせながら、
くっそー、あっっの野良猫みたいな見た目のワル男!
あたしの身体を使って妙な真似をしたら、ただじゃおかないんだから!!
得体の知れない怨霊に取り憑かれたと思っていた時は怖さの方が勝ったけど、相手の姿を確認した今は不思議と、怒りの方が勝っている。
ううう、あいつっ……あいつ、許せない~~~ッ!!!
「窓」越しに見える喜多川くんは、あたしの雰囲気が変わったことに気が付いた様子だった。
警戒する表情になった彼に、「あたし」は小首を傾げて「やぁ」みたいな軽いノリで手を振ってみせている。
「……岩本さん、じゃないですよね」
そう確認を取る喜多川くんにゆったりと、どこか満足げに頷いて、あたしの身体を乗っ取った野良猫みたいな印象の男―――ノラオはこう言った。
「分かるんだ? 嬉しいな」
「……。彼女は今、どこに?」
「中にいるよ。何かね、スゴく怒ってるのが伝わってくる」
伝わるの!? じゃあ早くあたしに身体を返してよ! 今すぐ、直ちに、謝罪込みで!
「ヤだよ。せっかくエージと話してるのに」
―――エージ。
喜多川くんが言っていたとおりだ。ノラオは喜多川くんのことをエージと呼んだ。
あたしの声に反応する様子を見せたノラオに、喜多川くんが驚きの声を上げる。
「! 彼女と話せるのか!?」
「そうみたいだね。うるさくてヤになる」
は、はあぁぁぁ~っ!? な、何様―――っ!? 人の身体を奪っておいて、ちょ、こいつマジムカつく! ホンッット信じらんない!!
「……。あなたの意思で、いつでも自在に彼女とスイッチ出来るんですか?」
喜多川くんにそう尋ねられたノラオは、少し考える素振りを見せた。
「んー……そう出来たらいいんだけど、よく分かんないな。なんせまだ二回目だし、こっちも手探りっていうか―――キッカケっぽいのがあるっちゃあるっぽいけど」
「キッカケ? それは、どんな?」
「さあ? そう感じてるだけかも」
ふふ、と捉えどころなく微笑むノラオに、喜多川くんは慎重に問い重ねた。
「……。じゃあ、仮に今、あなたが戻りたいと望めば、彼女と入れ替わることは可能?」
「どうかな? 出来るかもしれないけど今はその気ないし」
のらりくらりとはぐらかすノラオに、喜多川くんは一歩踏み込んだ質問をした。
「……あなたはいったい、誰なんです?」
けれどしたたかなノラオはそれをしれっと聞き流すと、逆にこう注文をつけたのだ。
「ねえエージ、とりあえずどっかサテン入らない? 話長くなりそうだし、喉乾いた」
「サテン?」
レトロな用語に瞳を瞬かせる喜多川くんに、ノラオはちょっと驚いたような、不思議そうな顔をしてこう言った。
「サテンだよ、喫茶店! 知ってんだろ?」
「ああ、喫茶店……だったらすぐそこにカフェが」
「へー、カフェ! じゃあそこ行こう」
言うなり、ノラオは喜多川くんの腕にあたしの腕をぐいっと絡ませた。
しかもかなり密着、ちょっ、オッパイ当たってるんじゃないの!?
慌てるあたしの悪い予感はどうやら的中していそうな感じだった。
あああ、喜多川くんの顔が赤くなって、スッゴク困った感じになってる!!
「ちょっ……」
「何だよいーじゃん、こんくらい。早く行こっ。ほら、場所分かんないから案内してよ」
「わ、分かったからもう少し離れて」
「減るもんじゃないしいいだろー? 照れ屋さんだなーエージは」
きゃ……きゃーっ! ちょっとーっ、人の身体使ってやめて―――っっ!
あたしは絶叫したけれど、ノラオはガン無視。喜多川くんにはもちろん、あたしの声が届くはずもなく。
喜多川くんごめーんっ! 本当にごめん! 聞こえないだろうけど、本当にごめんね!
あのノラオ、シバけたら後でシバき倒してやる!!
「コワ。何だよノラオって……」
「?」
ボソッとこぼされたノラオの声は、いっぱいいっぱいの喜多川くんの耳にはどうやら届かなかったみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます