第5話
公園の最寄り駅近くのファストフード店に場所を移して、あたしと喜多川くんは話をすることになった。
ここはもちろん、あたしのおごり!
喜多川くんは遠慮したけど、もうこっちが申し訳なさ過ぎて、頼むからおごらせてほしい! って拝み倒す勢いでそうさせてもらった。
もうね、何か本当にね、色々申し訳なさ過ぎて。
喜多川くんの話によると、電車の中であたしは急に押し黙った後、体調でも悪くなったのかと心配する彼に、「ちょっと付き合ってもらえるかな?」とさっきの公園近くの駅で降りるよう促し、不審に思いながらも付いてきてくれた彼に、あの場所で突然キスを迫った挙句、困惑する彼を押し倒して無理やり唇を奪おうとしたのだという。
いやあぁぁぁ!
あたしは両手で顔を覆って、叫び出したくなる衝動を
ウソでしょ!? 意味が分からない!!
誰なのそれぇぇぇ!?
「あの瞬間、岩本さんの雰囲気がガラッと変わった感じがしたから、何だか変だな、とは思ったんだけど」
喜多川くんはそう言って、ためらいがちに尋ねてきた。
「岩本さんって……もしかしてアレなの? 複数の人格を持つ人がいるっていう話、メディアとかで見たことあるけど……」
違~~~うっっ! 断じてそういうんじゃないからね!?
二重人格でも、多重人格でもないよ!?
今までそんな片鱗を感じたこと、ただの一度もないから!
あたしは頭がおかしいと思われることを覚悟の上で、今日自分の身に起こったことをかいつまんで説明した。
信じられないだろうけど、信じてほしい!
あたし自身も何が起こっているのか分からないし怖いけど、嘘をついているんじゃないってことだけは信じてほしい!!
「ネタじゃなくて、本当なんだよ? 上手く説明出来ないけど……」
あたしの話を聞き終わった喜多川くんはさすがに困惑した様子で、そう訴えるあたしを戸惑い気味に見やった。
「ええと……じゃあ岩本さんの目には、その……今もオレが輝いて見えてるの?」
あたしはグッと親指を立ててみせた。
「超絶キラキラフィルターかかってます!」
「だから朝、あんなにビックリした顔でオレを見ていたんだね……」
「ガン見してごめんなさい……」
喜多川くんがキラキラ輝いて見えるだけなら実害なくていいやって思ってたけど、こんなふうに実害が出てしまった以上、そうも言っていられないよね……。これからどうしたらいいんだろう。やっぱりダメ元で病院に駆け込むしかないのかな……。
「その、オレがキラキラして見えるのって、全体的に? それとも部分的にそう見えるのかな?」
「え? 全体的にキラキラしてる感じかな。顔周りが特にキラキラ感強い感じはあるけど」
「顔周り……」
そこでハッと思い出した。
「あ! そうだ、眼鏡! ねえ、眼鏡外してみてくれない!?」
「えっ、眼鏡?」
「うん、お願い!」
「いいけど……」
喜多川くんが眼鏡を外すと、知的で整った顔立ちが現れると同時に、彼を彩るキラキラがフッと消え失せた。
やっぱり!
「ねえ、今度は眼鏡をしてみてくれる!?」
「? いいけど……」
彼が眼鏡をかけた瞬間、今度はパッと後光が差すようにキラキラが全開になった。
「! 眼鏡を外すとキラキラが消えて、眼鏡をかけるとキラキラが復活する!!」
もしかしたらこのおかしな現象の原因は、喜多川くんじゃなくて眼鏡の方にあるのかも!?
大発見に鼻息を荒くしたあたしは、勢い込んで喜多川くんに提案した。
「ねっ、ちょっと眼鏡貸してくれないかな!? この眼鏡をかけたら自分がキラキラするのかしないのか、確かめてみたい!」
「構わないけど……」
「ありがとう!」
彼から眼鏡を受け取ったあたしは、手持ちの鏡を出して、そこに眼鏡をかけた自分を映してみた。結果は、ちょっと大きめの眼鏡をかけた自分がそこに映っているだけだった。
「うーん、キラキラしないか……」
「自分以外の人でないとダメなのかもしれないね。性別によっても違ったりするのかな」
「! そっか! そういう可能性もあるね!」
あたしはきょろりと辺りを見回したけれど、都合よくそれを試せるような知り合いがいるはずもなく、この検証は明日学校で行ってみることになった。
「後は今試せることといったら、オレが違う眼鏡をかけてもその現象が起きるかどうかってことくらいだけど……」
「そっか! 眼鏡屋さん!」
目を輝かせて身を乗り出したあたしは、そこでハタと気が付いてまじまじと喜多川くんの顔を見た。
「喜多川くん……あたしの言ってること、信じてくれるの?」
あたしの身に起きていることは全部本当のことだけど、ハチャメチャなことを言っている自覚はある。
「うーん……正直、オレの理解の範疇を超えた話ではあるんだけど」
喜多川くんはそう言ってちょっと笑った。
「あの時号泣していた岩本さんは演技してるように見えなかったし、今話している様子も真剣そのものだし。嘘は言っていないと思うんだ。それに……オレを押し倒した時、スゴい力だったんだよ。まさかあんなことになるとは思わなかったから不意を突かれたっていうのはあるけど、それにしても、岩本さんの体格でオレを抑え込むっていうのは……表情も常軌を逸してる感じで、ちょっと怖かったし」
「えっ……信じてもらえたのはスゴく嬉しいんだけど、あたしそんなにヤバい顔をしていたの?」
「気にするところそこなんだ……」
「だって、女子として終わってない? クラスの男子にそんな顔見られちゃうなんて」
「いや、それを言ったらオレも男として終わってると思うけど……これだけ体格差があって岩本さんに抑え込まれるなんて……」
喜多川くんとしてはそこに相当なダメージを受けているらしい。
180センチはある喜多川くんからしたら、155センチでしかも女子のあたしに抑え込まれるのは確かに屈辱かも……。
「落ち込むところ、男女で違って面白いね。ねえ、その時さ、あたし何か言ったりしてなかった? あたし、その辺り全然覚えていなくってさ……電車の中で喜多川くんと話していたら急に瞼が重くなって、そのままオチちゃったみたいな感じで、気が付いたらもう公園で喜多川くんを押し倒しちゃってた的な感じでさ。その間がキレイさっぱり抜け落ちちゃってて」
すると喜多川くんは顎に拳をあてがうようにして、少し考えてからこう答えた。
「電車を降りてから公園まで、岩本さんの後ろをオレが付いていくみたいな感じで、会話っていうような会話はなかったけど……あの公園を懐かしむような雰囲気のことは言っていたかな」
「えっ? あたし、あそこは多分初めて行ったけど。電車の中から毎日見てはいたけど、誰かと行ったことなんて……」
「そうなの? ニュアンス的に以前来たことがあるような口ぶりだったよ。駅を降りて、迷う様子もなく真っ直ぐそこまで歩いて行ってたし」
「ウソ、ホント?」
「うん。……あと、そうだ。その、オレを押し倒して迫ってきた時、確か『エージ』って言っていた。多分、オレのこと」
「エージ?」
「うん」
あれ? そういえば喜多川くんの下の名前って……何だっけ?
「喜多川くんって、下の名前は?」
「……
「えっ、喜多川くんは全員分覚えてるの?」
「クラス替えして二ヶ月くらい経つし、覚えたよ」
「ホント? じゃああたしの名前は?」
「
「わ、スッゴ。正解!」
「……いや、別にすごくないと思うけど」
いやいや、スゴいよ! あたし普段絡んでいる人以外、まだボヤーッとしか覚えてないもん。苗字はさすがに全員覚えたけど。
そうか、喜多川くんは蓮人くんっていうのか。
「蓮人くんだと、エージって名前とは全然被らないね」
「そうなんだよね」
「あたしさ、喜多川くんに名前呼ばれて意識が戻る前、何かこう、スッゴい胸がぎゅーっていうかきゅーっていうか、でもって気持ちがグワーッてなる感じの、あれ、激情っていうのかな? 分かんないけど、そんな経験したことがない感じの気持ちを味わってるような変な夢を見ていてさ……自分が知らないはずの感情を味わっているみたいでスッゴい気持ち悪い感じだったんだけど、それって、喜多川くんをエージって呼んだあたし? の感情だったのかな……」
言ってて怖くなってきた。
あたしやっぱり、何か変な霊に取り憑かれているんじゃ!?
「岩本さんでない岩本さんの感情を疑似体験していた可能性はあるね」
「やっぱり!? そしたらあれかな、喜多川くんがそのエージって人に似ていて、あたしにはその、エージのことが好きだった、お、女の人の霊が取り憑いていて……!?」
口に出して言ってみたら鳥肌がぶわーっと全身に立って、青ざめたあたしはたまらず自分の身体を抱きしめた。
こ、こ、怖すぎるッ……! マジ無理なんだけど……!
「ガ、ガチかな? ガチであたし取り憑かれてる?? てか、何であたし? 意味分かんないんだけど……」
「それはオレにも何とも言えないけど……」
だよね! 喜多川くんにこんなふうに言ったってどうしようもないって、困らせるだけだって分かってるけど、でもゴメン! 今は怖過ぎて、余裕なさ過ぎて、黙ってるのが無理! 悪いけど巻き込まれて! 言うだけ言わせて! 吐き出させてー!
キャパオーバーを起こしたあたしのビビリが炸裂し、そんなこんなでファストフード店に長時間居座ることになった結果、駅周辺の眼鏡屋さんが閉店する時間になってしまい、とりあえず盛大に不安を吐き出すことで一旦落ち着きを取り戻したあたしは、すっかり暗くなった駅への道を歩きながら喜多川くんに平身低頭した。
「ゴメン……取り乱しちゃって……」
「仕方ないよ、事が事だし……オレの方こそ何の力にもなれなくてゴメンね」
「ううん、聞いてくれただけでスッゴいありがたかった……それにありがとう、明日の学校帰りに眼鏡屋さんに付き合ってくれる約束してくれて」
「こんなことくらいしか出来ないけど……」
「ううん、充分。遅くまで付き合ってくれて、ありがとね」
SNSのアドレスも交換したし、今まで話す機会のなかった喜多川くんと今日一日でだいぶ交流を深められた気がする。
いや、あたしが一方的に迷惑をかけているだけという状況ではあるんだけど、彼みたいないい人と仲良くなれるいいきっかけになったと前向きに考えることにしておこう。うん。
「暗くなったし、送っていこうか?」
へっ?
不意に喜多川くんからそう申し出られたあたしは、ちょっと意外な面持ちで傍らの彼を見上げた。
「岩本さんが迷惑じゃなければ」
そんなことを言ってくれるなんて思ってもみなかったから、正直驚いた。
「……迷惑じゃないけど、悪いしいいよ」
戸惑いながらそう遠慮すると、喜多川くんはあたしを見つめながら軽く小首を傾げた。
「そう? さっきまで怖がっていたから、夜道が怖いんじゃないかと思って」
その表情には、純粋な厚意しか見えない。
そんな彼の様子にあたしは頭の中でポン、と手を叩いた。
そういうことか! 気遣いの人! ホントいい人~!
確かに駅前は明るいけど、そこを離れるとちょっと怖いかもしれないなぁ……。
「じゃ……じゃあ、お言葉に甘えてお願いしてもいい? 申し訳ないんですけど……」
「全然いいよ」
「ありがとう! 喜多川くんマジ神!!」
神の化身のような喜多川くんのおかげで、あたしは彼と他愛もない話をしながら、怖い思いをすることなく無事に家に帰り着くことが出来たのだった。
「あ、
「うん」
「何気に男子に送ってもらうの初めてだったから、嬉しかったよ。ありがとね」
「そうなんだ。オレもこんなふうに女の子を送ったことなかったから、初めてで何かちょっと新鮮だった」
へー? そうなんだ。
あたしは軽く瞬きした。
何だかスゴくスマートに申し出てくれたから、今までにもそういう経験があるのかと思っていた。
「じゃあ、また明日」
「あっ、うん! 明日また学校で! 本当にありがとねぇ!」
あたしは大きく手を振って、長身の喜多川くんの背が見えなくなるまで見送っていた。
その夜は教えてもらった彼のアドレスに、短い感謝のメッセージとおやすみのスタンプを送ってから眠りについた。
あたしにしては珍しく、たったそれだけの文面を送るのに、かなりの時間を要して―――。
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