99、色あせた追憶:中

 クリファがニアに告白こくはくしてひと月、二人はほぼ毎日のようにデートをり返すようになっていた。ひと月が過ぎる頃にはすでに、クリファは自分に自信が持てるようになっていた。

 しかし、根本的にはやはり何もわってはいないのだろう。少なくとも、自分に自信が持てるようにはなれたものの、やはり本心ほんしんでは自分が無価値むかちな人間だという認識は変わっていない。

 そもそも、人間ヒトは自分に根付いた精神性せいしんせいをそう易々と変える事など出来ないのだろうとそうクリファは考えている。

 それこそ、後の世で三つ子の魂百までという言葉が生まれる程度ていどには。人間は本質的にはわれないのだろう。

 変わらないのではなく、人間はそう簡単には変われないのだ。それでこそ人間ヒトなのだろうから。

 しかし、少なくともニアに出会であってからクリファは変わろうと思えるようになれたのは間違まちがいない。ニアという女性が居たからこそ、彼は自分のからを破ろうと努力を出来るようになれたのだ。

 人間はそう簡単かんたんには変われないだろう。しかし、だからといってそれでも変わる事が出来ない訳ではないだろう。きっと、人間は変われる。そうしんじている。

 そんな事を、ある日もう何度目か分からないデートの日にあたまの片隅で考えながら、クリファは少しだけうきうきした気分で待ち合わせ場所まであるいていた。

 しかし、そんなうきうきとした気分も、待ち合わせ場所に付いた直後に見事凍り付く事になった。

 待ち合わせ場所には、彼女であるニア以外に数人の男性おとこが居た。どうやらナンパをされているらしい。

 ニアは少し困惑こんわくしているようだ。困惑しつつも、頭をげている。

 恐らく、ことわっているのだろう。しかし、数人の男は少ししつこいようだ。にやにやと笑いながら、それでも尚ニアを口説くどいている。ニアは少しだけ涙目なみだめなのが嫌でも理解出来た。

 それもそうか、とクリファは思う。ニアは傍目から見ても綺麗きれいな部類だ。

 少し幼い顔立ちに、出る所はしっかりと主張しゅちょうしている。男達がほうっておかないのも理解は出来る。

 しかし、それでもクリファはむっとした。少なからず、思う所があった。

 だからこそ、クリファはなけなしの勇気ゆうきを振り絞ってその足をみ出した。少なくとも、ニアを他の誰かにわたす気などないとばかりに。勇気を振り絞った。

 ・・・ ・・・ ・・・

 ……結果、クリファはぼろ雑巾のような有様でたおれていた。無論、喧嘩けんかなど一切した事がない彼からすればこの結果けっかは当然の話だろう。

 しかし、クリファはそれでも満足まんぞくしていた。その口元には、軽い笑みすら浮かんでいるのが自分自身分かる。何故なぜなら、自分の彼女をまもり切る事が出来たからだ。それだけでも、彼からすれば価値かちがある。

 そう思えてくる。

 そんな彼を、ニアはこまったように笑いながら膝枕ひざまくらをしていた。本当に困り果てたように笑いながら、それでもいとおしそうにクリファの頭をでている。

「……本当に、無茶むちゃをするのね」

「こんな事、ニアじゃなきゃ出来ないよ。ニアだからこそ、俺は勇気ゆうきを振り絞る事が出来たんだからな」

 その言葉に、ニアは余計にこまり果てたようにわらう。

 そんな事は無いと。きっと自分でなくてもクリファなら出来ただろうと。

「そんな事……」

「そんな事あるのさ。俺はニアの事が大好だいすきだから、心からあいしているから……」

「……………………」

 こまったように笑うニアに、クリファは自分の想いをげる。心からの、根っこからの本心を告げる。

「ニア、俺は君に出会ってわれたんだ。変われると思えたんだ。だから、俺は君以外の人間ヒトなんて絶対にらないよ。君さえ居れば、他に何も要らない。絶対だ」

「それ、は……」

「もし、君が明日死ぬような事があれば俺はきっと明日死ぬだろう。俺はそれで良いんだよ」

 君の居ない世界せかいなんて、俺にとっては何の価値かちも無いから。俺の命なんて、それまでで良い。君さえ居れば、それだけで自分の人生せいに価値がある。そう本気で思えてくるのだから。

 そう、クリファは本気でかんがえていた。しかし、少なくともニアはちがったらしい。

「私や貴方のおもいさえ、全て茶番ちゃばんだったら?それでも人生に価値があるって本当に思えるの?」

「?」

 この時の言葉を、クリファは理解する事が出来できなかった。

 或いは、この時理解出来ていれば彼の人生は変わっていたのかもしれない。

 ついぞ、彼は理解する事が出来なかった。少なくとも、彼女ニアが生きている間は。

「……ごめん、何でもないよ」

 そう言って、ニアはやはりこまったように笑った。それは、とてもとても悲しい笑みだった。そう、クリファは感じた。

 物語せかいは、此処から全てころがり落ちてゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る