96、影倉カグヤという人物

「カグヤはこの中にる。付いてきてくれ」

 そう言って、グレンは家の中にはいっていった。俺とユキもそれにつづく。

 家の中に入り、俺達はすぐに地下ちかへと続く階段をりてゆく。下へ、下へと下りてゆき、やがて行き着いたのはやたら厳重なとびらだった。まるで、隔離病棟のような暗証キーでうごくタイプだ。

 いや、ある意味いみでは隔離病棟で合っているのだろう。或いは、隔離部屋か。ともかくこの中に、ユキのあねが居るのだろう。恐らく、まだ幼いであろうシラヌイも。

 きっと、この扉のさきに居るのだろう。背後でユキが息をむのが分かる。

 グレンが、扉の隣にある操作盤そうさばんに暗証番号を打ち込んだ。やがて、扉が音を立てて自動で開いた。中から冷気がれてくる。クーラーをかせているのだろう、少しばかり肌寒い。

「……入ってくれ」

「……………………」

「……………………っ」

 グレンにうながされ、中へと入る。

 扉が開いたそのおくには、再び扉がある。どうやら二重扉になっているらしい。やはり此処は隔離部屋で間違まちがいないだろう。しかし、此処ここまで厳重に隔離する必要のある病人なのだろうか?

 僅かに、疑問が脳裏をよぎる。しかし、その疑問を俺は一先ず心の奥底おくそこへとしまい込む事にする。

 グレンが扉をひらく。扉のおくには、清潔感に溢れた白い部屋があった。奥にはベッドが一つだけあり、一人の女性が俺達を見て微笑ほほえんでいる。彼女こそが、恐らく影倉カグヤなのだろう。

 その手前にはベビーベッドがあり、小さな赤子あかごが健やかな寝息ねいきを立て、眠っているのが分かる。おそらく、この赤子がシラヌイなのだろう。そう、俺は思った。

 とりあえず、俺は彼女にはなし掛けてみる。

「……貴女が、影倉カグヤさんですね?」

「そう、私が影倉カグヤで間違いないわ。貴方あなたが遠藤クロノ君かしら?」

「はい、俺が遠藤クロノです」

 俺が名乗り返すと、今度は俺の背後にかくれているユキに、視線をけた。

 カグヤの笑みが、更におだやかさを増す。その笑みは、まさしくいとしい妹を見るような目だった。

「貴女が、私の妹かしら?」

「……は、はい。クロノ君からはユキと呼ばれています」

「そう、ユキ。とても良い名前なまえね」

 そう言って、カグヤはユキを手招てまねきする。ユキはおずおずと俺を見るが、俺が頷いたのを見て、カグヤの許へと恐る恐るあるいてゆく。

 傍に来たユキを、カグヤはそっと優しくきしめる。

 ユキも、そんな彼女を恐る恐るとだが抱きしめ返す。その光景は、まさしく姉妹のようで、中々に微笑ましい。

 姉妹愛や家族愛とは、こういう物なのだろう。そう思わせるだけの光景だ。

「ふふっ、ずっとゆめだった。こうして、妹をき締める日が来るのを……」

「……お、ねえちゃん。お姉ちゃん」

「貴女の事をあいしてる。ずっとずっと、いたかったわ」

「…………っ」

 ユキの目元から、一筋の涙がこぼれ落ちる。其処からはまるで、たがが外れたかのようにぼろぼろと、止め処なく涙があふれ出て流れ落ちた。ユキの口から、僅かな嗚咽が漏れ出てくる。

 そんなユキを、カグヤは優しく抱きしめながら頭をでた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 しばらくき続けていたユキだったが、やがてずかしそうに身体をよじる。

 恐らく、子供のように泣きじゃくっていた自分が恥ずかしくなったのだろう。まあその気持ちは分からないでもない。だから、俺はだまって見ているだけにした。

「……え、えっと。もう大丈夫だから、はなして……くれない、でしょうか?」

「……うーん、いや

「え?」

 おもわずといった様子で、ユキは姉の顔を凝視ぎょうしした。カグヤもそんなユキを笑顔で見ている。まるで、悪戯いたずらでも思いついたかのような、そんなとても良い笑顔で。

 とても良い、満面の笑みで……

 そして、そんな笑顔のまま俺に視線をける。

「嫌よ、貴女は私の大事だいじな妹よ?悪いむしさんの許にはやれないわ」

「え?え?……ええっ‼」

 ユキがおどろいたように声を上げる。いや、実際にとても驚いているのだろう。事実として、俺自身もかなり驚いているのだから。というか、一体どういう事だ?

 グレンの方を見る。グレンは苦笑くしょうをその顔に浮かべながら頬をいていた。なるほどな?つまり、そういう事らしい。何となく事情じじょうは察した。思わず、俺も苦笑を浮かべてしまう。

 なら、俺もそれにるべきだろう……

「では、お義姉ねえさん!妹さんを俺にください!」

「いーや、私の大事な妹だもの。貴方なんかにはやれないわ」

「どうか!どうか何卒なにとぞっ!」

「……ふふっ、嫌よ。このは私の大事な大事な妹だもの。悪いむしさんなんかに渡せないわ」

 カグヤは何だかとてもたのしそうだ。どうやらそれなりに楽しんでいる様子。つまりはそういう事なのだろう。まあ、つまりカグヤはこれがしたかったのだ。

 即ち、妹の彼氏(仮)と妹のり合いという奴か。

 うん、まあ彼女が楽しそうで何よりなんだろう。ただ、ユキが絶賛混乱中ではあったのだが。

「あ……あうあうっ、あうあうあ~」

 そんな俺達を、グレンが生暖かい表情かおで見ていた。

 ……うん、流石さすがにやり過ぎたと反省はんせいはしているさ。反省しているから、分かっているからそんなで見ないでくれないか?ユキ?

 本当に、ごめんなさい……

 ・・・ ・・・ ・・・

 その後、俺とカグヤは揃ってユキにあやまった。それでもカグヤは楽しそうではあったのだけれど。ユキは、顔を真っ赤にしてうつむいている。どうやら、ねてしまったようでそっぽを向いてしまっていた。

「……いや、まあごめん。ユキ」

「ふふっ、ごめんなさいね?私もこうしてはしゃいでみたかったのよ」

「……………………っ」

 俺達の謝罪しゃざいに、ユキは真っ赤な顔でにらみ付けた。正直言って、全く怖くない。むしろかわいいと表現しても良いくらいだろう。顔を真っに染めて涙目で睨まれても正直困るというか……

 まあ、それは言わぬがはなか。

「本当にごめんなさいね?貴女の大事なかれを悪い虫と呼んだ事もすべて謝るから、どうかゆるしてね?」

「……どうして、お姉ちゃんはそんな事を?」

「これが、私のゆめだったのよ。妹が居る事はずっと前からっていたから、その妹に何れ好きな人が出来た時に、その恋人こいびとと可愛い妹を取り合ってみたいってね」

「……………………」

 それを聞いて、ユキはだまり込んだ。

 というより、声にならない声を上げて顔を真っ赤にめている。

 顔を真っ赤に染めて俯いているけど、別にいやがってはいないらしい。なんだか、むず痒いような?

 ……これは、もしやれているのだろうか?いや、まあこれも言わぬが花か。

 まあ良い。俺はカグヤの方に向きなおる。

「それで?カグヤさんから見て俺はユキの相手あいてとしてどうなんですか?」

「ふふっ、私が駄目だめって言ったら妹をあきらめるのかしら?」

「いえ全く」

 即答そくとうだった。自分でも驚くぐらい、即座にこたえが出た。

 いや、まあそうだけどな?別に姉の許可きょかが無くても俺はユキを諦めたりはしないだろうけど。それでも、俺は絶対にあきらめたりはしないだろう。諦める事だけは出来ないだろうから。

 ユキを諦める事ではない。彼女の家族にみとめて貰う事を諦める事が出来ない。

 そんな俺のおもいを理解したのか、カグヤはたのしげに笑みを浮かべた。

「もちろん、かっているわ。きっと、貴方はそういう人なんでしょうね。だからこそこの娘も、ユキも貴方の事をきになったのでしょうし?本当にけちゃう」

「…………それは」

「大丈夫よ、実際にこの目で見てかるもの。貴方はユキの恋人として満点まんてんよ」

「っ!?」

 思わず息を呑んだ俺に対し、カグヤは静かにほほ笑んだ。

 それは、とてもとてもやさしい。慈しみにちた笑みだ。愛情深い笑みだ。

「ユキの事をよろしくね?小さなナイトさん」

 その言葉に、俺の中で何かが決壊けっかいした気がした。気が付けば、頬を次々としずくが流れて落ちる。

 そんな俺の手を、ユキがそっとにぎり締めた。

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