80、星の女王《アバター》

 刹那、架空大陸全土を大きくるがす轟音ごうおんが響き渡った。玉座と共に、四方を囲む四つの石柱は砕け散り大地は大きく陥没かんぼつ。巨大なクレーターが出来た。ユキが大地を踏み締め、俺へと距離を詰めた結果だ。

 それだけで、この威力。俺は彼女の手刀を受け流してさばく。ただし、普通に捌いたのでは余波で深い断崖だんがいが形成されるだろう。ゆえに、俺はその威力を全て別次元へと飛ばした。

 一種の空間転移を応用したわざだ。彼女の手刀による運動エネルギーのみ亜空間へと転移させた。

 結果、運動エネルギーを失った彼女の手刀は威力を完全に失い力なくくうを切る。

 しかし、それで止まる程ユキはあまくない。次の手へ移行シフトする。

召喚コール、其は天主てんしゅインドラが雷―――ヴァジュラ‼」

「っ!?」

 ユキの手には、黄金に輝く金剛杵ヴァジュラが握られている。その金剛杵から、大地を焼き尽くさんばかりのはげしい雷が迸り俺を襲撃しゅうげきする。

 明らかに、地球上に存在する雷の限界をえた電圧と電流。一般人など軽く消し炭にしてしまうだろう威力いりょくが籠められた必殺ひっさつの一撃だった。流石の俺も、その奔流に苦悶のこえを上げる。

 ユキは今、召喚コールと言った。インドラの雷、ヴァジュラとも。ユキの保有する異能は確か惑星規模の環境制御能力だった筈だ。なら、これはつまりどういう事だ?何故ユキは神話しんわの力を行使出来ている?

 考えろ。知恵ちえを振り絞って思考を加速かそくさせろ。

 ユキの異能は、確かに惑星規模の環境制御能力だった筈だ。なら、これはその延長線にある力に違いない。

  つまり、これは環境制御能力を応用おうようして神話の世界から神の武器ぶきを。或いは事象や神々そのものを引き出し操作そうさしたのだろう。

 今まで見てきた異能とは全くことなる、どころか別ベクトルの力の行使だ。

 しかし、俺はそれでもあきらめない。雷に焼かれた端から再生さいせいする。

 否、焼かれた瞬間には既に再生をえている。故に、俺は無傷むきずのまま神の雷を捌き切る。神の雷を捌きつつ、俺はユキへと腕をばす。だが、

召喚コール、其は切断を司るつるぎの神―――フツノミタマ‼」

「ガッ!?」

 手が彼女にとどく前に、俺の腕がなかばから切断された。万物切断という事象が俺の腕を切り落としたのだろう。

 別に、何という事もない。単純な切断という事象じしょうだ。単純だからこそ、恐るべき威力を発揮していたのだろう。

 しかし、問題もんだいはない。俺の腕は無事ぶじだ。切断されたその瞬間には既に腕の再生を終えている。そのままユキへ腕を伸ばし、彼女のうでをとる。しかし、それでもユキは攻撃の手をめない。

召喚コール、其は―――」

「ユキっ‼」

 かまわない。俺はそのまま、彼女をき寄せて強く抱きしめる。

 一瞬、ユキは戸惑うようにその身体をふるわせた。しかし、それでも彼女は。白川ユキはまらない……止まれない。

 星のアバターたる彼女は止まる訳にはいかない。

 そのまま、問題なく攻撃をつづける。

「っ……召喚コール、其はほむらを司る神―――アグニ‼」

「ぐ、ぅぅ……」

 俺とユキを、全てを焼き尽くさんばかりの業火ごうかが包み込む。焼かれては再生、それでも問答無用で俺をユキごとき尽くさんとする。

 それでも、俺は彼女を抱きしめる。その手を離さない。決してはなそうとしない。

 放せばそこで終わる。放せば、もう届かない。だからこそ決して放さない。

「どう、して……」

「…………?」

「どうして、私をころさないの?どうして、私を攻撃こうげきしてくれないの?私を殺せば、殺さないとすべては終わらないのに。どうして!」

 彼女は泣いていた。泣きながら、悲痛ひつうな声で叫んでいた。

 けど、俺には―――

無理むりだ」

「え?」

 俺には無理だ。ユキを殺す事なんて、断じて出来できない。

 何故なぜなら……

「ユキ、お前をあいしているから。お前の事が大好だいすきだから。お前に刃を向けるなんて俺には絶対に出来ないんだよ。そんな事、俺自身がゆるせない」

「そ、んな……」

 悲痛な声で、泣きじゃくるユキ。そんな彼女を強く抱きしめる。

 まだ、攻撃は止まない。神の業火ごうかは止まらない。それでも、俺は彼女を抱きしめる腕を決して放さない。それだけは、断じてしない。

 そんな俺を、ユキは必至に抵抗ていこうしながら。自身すらくるしい筈の業火で俺を、

「殺してよ。おねがいだから、私を殺して……」

「いやだ。絶対に、お前を殺さない」

「お願いだから……そうじゃないと。でないと、私は……私、は」

 きじゃくるユキ。それでも、俺は彼女を離さない。放さない。

『     』

 そんな時、俺とユキの脳内のうないに直接声のような音がこえた。

 何もかもが不快ふかいで、不安になるような声で。

『ころ、せ……殺せ。殺し合え』

「っ!?」

「っ‼」

 その声は男の声だった。何処かゆがんだ、精神的に不安になってくるようなそんな声だった。

『貴様等になど、お前達など何の価値かちもない。生きる価値すらみとめない。故に、皆もろともにつぶし合え』

「っ、お父様……」

 ユキの言葉に、俺は目を見開いた。大きく目をいて驚いた。

 お父様。つまり、この声のぬしはユキの実父じつふという事になる。ユキの実父―――

 つまり、彼女を星のアバターとして生み出した全ての元凶。全ての黒幕くろまく

 その声は、全てを深く憎悪ぞうおするような声で言った。

『殺せ、殺せ、殺し合え……この無価値むかちで醜いナマモノどもがっ‼』

だまれ」

 俺は、その声に向かって口をひらいた。俺の声には、思った以上のいかりがあった。

 そうだ、俺は今怒っているんだ。何に?この理不尽りふじんに対してだ。

 何故なぜ、ユキは一人の男の為にくるしまねばならないのか?何故、こんなにもユキ一人がごうを背負わねばならないのか?そんな事は知らない。そんな事、知った事では断じてない。

「お前が何に対して絶望ぜつぼうし、何に対していかりを向け、そしてどうしてこの世界を滅ぼそうとしたのかなんてりはしない。けど―――」

 けど、それでも……

せろ!今俺はユキと話しているんだ‼」

『……っ』

 俺の怒りが。俺の大喝破だいかっぱが、声のぬしをその意思ごと吹き飛ばした。

 静寂せいじゃくがその場を満たす。其処そこにはユキと、彼女を抱きしめる俺しか居ない。

 ただ、静寂だけがその場を満たして流れゆく。

 そんな俺を、ユキは呆然ぼうぜんとした目で見ていた。何時の間にか、業火は消え去り消失している。俺とユキは、全くの無傷むきずだった。ただ、俺の胸の内をくすぶる怒りのみがあった。

 そんな俺に、ユキは呆然とした声でう。

「クロノ、君……?」

「何だ?」

「どう、して?」

 どうして、か。それは一体どういう意味いみでだろうか?

 どうしてそこまでしてユキをかばうのか、か?

 それとも、どうしてそこまで必死ひっしになれるのかか?

 或いは……いや、そんな事はもうどうだって良い。

 例え、そのどれであったとしても。或いはかったとしても。彼女に対して俺が言えるのは結局のところただ一つのみだろうと思うから。俺はそれをげる。もう一度同じ事を、ユキに告げる。

「ユキの事が大好だいすきだから。あいしてるから。放ってなんておけないから」

「っ」

 そう、俺はユキの事が大好きなんだ。それ以外に、理由なんてない。らない。

 何時だって皆の為に必死ひっしだった。つみを償おうと、自分自身を削って生きてきたのを見てきたから。それのみの為にきてきた彼女の事を、白川ユキの事を俺は愛してしまったんだ。

 本気ほんきで愛してしまったんだ。だから、結局俺は彼女を殺す事なんて出来ない。彼女を殺してまで英雄えいゆうになりきる事が出来ないのだ。俺は、無慈悲になりきる事が出来ないから。

 俺は、誰かをすくう為にユキをり捨てる事が出来ないのだ。

「俺はきっと、英雄ヒーローになれる器じゃないんだろう。何故なぜなら、誰かを救う為に他の誰かを切り捨てる事が出来できないから。誰かを救う為に、他でもないユキを切り捨てる事が絶対に出来ないから」

「…………っ」

 結局、俺は最後まで英雄失格だ。誰かを救う為に他の誰かが犠牲ぎせいになる事を許容出来ないんだ。

 やさしいのではない。俺は、結局甘いだけなんだ。その甘さをてられない。

 俺は何処どこまで行こうと、英雄になれない。そんな器ではない。英雄失格の大馬鹿野郎なんだ。

 だけど、だからこそ手元にあるこの大切な存在だけは決して見捨みすてない。手放したりなんかしない。

 断じてそれだけはゆるさない。許容しない。

「……そう、か。そうだったんだ」

 気づけば、ユキは涙を流していた。静かに泣いていた。

 滂沱ぼうだと涙を流す彼女を、俺はぎゅっときしめる。強く強く、抱きしめる。

 けど、

「けど、ごめんなさい……」

「え?」

 ユキは俺を無理矢理振りほどいて……

「最終コード、入力完了……召喚コール、其は神の反逆者―――魔王あくい

 瞬間せつな、どす黒い悪意の奔流ほんりゅうと共に、巨大かつ強大な何かが出現した。それは天を衝くほど巨大で架空大陸をおおって尚余りある強大な悪意の顕現だった。

 だが、それの矛先ほこさきは決して俺ではない。ましてや他の誰でもない。

 それの矛先、それは……

「ユ、キ……?」

 瞬間、俺の目の前でユキはを吹き出してたおれこんだ。架空大陸を覆い尽くして余りある巨大な魔王から伸びた触腕が、ユキをつらぬいたのだ。

 ……え?

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