75、チェシャの怪猫

 そして、全ての準備がととのった。俺達は、決戦の地である架空大陸かくうたいりくへと向かうべく旧アメリカが用意した戦闘機にり込むグループと旧西欧代表と共に転移で向かうグループに分かれた。

 作戦さくせんの内容はこうだ。まず、戦闘機にり込んだグループが真っ直ぐと架空大陸へと向かい、空の上から派手に爆撃ばくげきを行う。しかし、これはあくまで陽動だ。

 そのうらを突いて、転移てんいグループが静かに架空大陸へ乗り込むのである。無論このような事をしても、ユキにはすぐに勘付かんづかれるだろう。

 しかし、それで良い。転移で乗り込んだグループも実際の所は陽動だ。

 本命は、俺一人がユキのもとへとたどり着く事。その二つのグループを陽動にして俺が遅れてユキの許へと一気に転移するのである。

 その為に、第一陣である戦闘機組が出発しようとした。その瞬間せつな―――

 準備じゅんびされた戦闘機が一斉にアラートをらした。

「どうした!何か異常いじょうでもあったか‼」

「た、大変です‼旧アメリカから異常な速度でこちらに接近する敵影てきえいが‼」

 大統領のいに、パイロットの一人がこたえた。そして、その敵影は間もなく生身の肉眼でも補足出来るほどの距離きょりにまで接近する。その敵影の正体とは……

 体長三~四メートルはあろうかという巨大なねこの怪物だった。

 その姿すがたに、その場に居る全員が戦慄せんりつする。その怪猫の正体を知っている為に。

「な……怪猫王。チェシャ‼」

「あれが、旧アメリカを巣食すくうもう一体のおうか……」

 戦慄をあらわにするヤスミチさんと、冷や汗を流しながらそれでも不敵に笑みを零すクラウン代表。架空塩基による異能いのうの強さは内在する意思いしの強さに比例する。離れていても、その圧倒的なまでの意思の強さを感じる程の力を感じ取る事が出来た。

 そして、その怪猫王ことチェシャは瞬く間に俺達のもとへと到達した。それも、単純に空を飛んで襲来したのではない。空をける事で、火の海を渡ってきた。

 一斉に武器をかまえ、異能を展開てんかいする俺達。しかし、チェシャは至って平然としているようだった。まるで、俺達の事など眼中がんちゅうにないとでも言わんばかりだ。

 いや、

「……俺に何かようか?怪猫王チェシャ」

 チェシャに問う。先程から、俺一人に視線しせんを向けていたからだ。

 その問いに、チェシャは澄んだ青色ブルーの瞳で俺をとらえたままその口を開いた。

「別に、わしは貴様らと敵対てきたいする為に来たのではないよ」

 その言葉にある者は怪訝けげんな視線を向け。ある者は信用しんようならないと武器を構え。またある者は興味深そうな視線を向けた。しかし、その誰もが一切の油断ゆだんをしない。

 怪物のおうを相手にするという事は、つまりそういう事だ。一切の油断が即命取りとなるんだ。しかし、そんな事になどまるでお構いなしに怪猫ねこの王は。チェシャは俺へと話し掛ける。

「まあ、簡単かんたんに言えばわしは母を裏切うらぎったのだよ。結果論的にだがね」

「何っ!?」

「っ!?」

「ほう?」

 ユキを裏切うらぎった。つまり、女王じょおうである星のアバターを裏切った事になるか。その言葉に周囲は騒然となる。しかし、それを俺が手でせいした。俺以外にも、大統領やクラウンも興味深そうな視線を向けている。

 やはり、怪物の王が女王を裏切る事はそれだけ異常いじょうなのだろう。

「どういう事だ?お前達全員はユキ、星のアバターを第一にかんがえている印象があったと思うんだが」

白川しらかわユキで良い。そもそも、わしは母を第一にかんがえた結果として裏切る事にしたのだよ」

「…………?」

 ユキを第一に考えた結果けっかとして、裏切った?どういう事だ?

 そんな俺達の疑問を他所よそに、チェシャはつづけて言った。

「そもそも、わし等王は全員が母を第一として考えてはいるもののその思想しそうや価値観や物の捉え方が決して同一どういつではない。簡単に言えば、母をすくうという結果こそ同一でも救う方法論ほうほうろんに関しては皆違うのだ」

 つまり、だ。

「お前は結果としてユキを裏切うらぎる事こそ、ユキ本人をすくうという結果に繋がると考えたのか?」

「その通りだよ。そして、それが可能かのうなのはお前だけだ。遠藤えんどうクロノ」

 そう言って、チェシャは僅かにみを浮かべた。

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