55、蹂躙された街で

 あれから一晩明けて、現在午後2時をぎた頃だった。何故か、ユキの様子がおかしい気がする。

 いや、明らかにユキの元気げんきが無い。

「ユキ、何かあったのか?」

「……ううん、何でもないよ」

 と、先ほどからずっと上の空のままうつむいている。何か、なやみでもあるのか。しかしユキはその悩みを少しも話してはくれないのだ。こうとすると、空元気を振りまくだけだった。

 さて、どうしたものだろうか?

 ユキの悩みは恐らく、ユキの正体しょうたいにも関係する事だろうと思う。他に、此処まで彼女が悩むような事を想像そうぞう出来ないから。しかし、今の所俺がそれを知っているのは秘密にしている。

 もし、ユキが正体を知られたと知ったら。恐らくは……

 今の彼女の精神状態から考えれば、容易にそのさきを想像してしまえるだろう。ともかく、今は彼女ユキをそっとしておいてやるべきかもしれない。

 ―――そっとしておいてやるべきなのだろうけど。俺は、

「なあ、ユキ」

「……うん、何?」

「もし、何かなやみがあるんだったらどうか気軽に相談そうだんしてくれないか?俺も皆もきっとユキの味方みかたになりたいと思うし、なってやれると思うぞ?だから……」

 その先を言おうとして、気付いた。ユキがもうきそうになっている事に。既にユキはいろんなモノをかかえ込んでいるのだろう。きっと、もう限界かもしれない。

 そんな彼女を見て、俺は息がまるような思いがした。

 果たして、俺は彼女に何が出来るのだろうか?俺は、ユキに何がしてやれる?どうすればユキはすくわれるのだろうか?今は何も分からない。

 分かる気がしなかった……

 そんな時―――

「こらーーーっ‼‼」

「!?」

「!?」

 突然、背後から怒声どせいが響き渡った。一体何だ?そう思い、うしろを振り返るとエリカとアキトの二人がいかにも自分わたしたちは今怒っていますよ?と、いう雰囲気で俺を睨み付けていた。

 一体何だ?そう思っていると、エリカがユキをき寄せて俺をビシィッ!ととても綺麗な姿勢で指差した。

「クロノ君、私たちのユキをいじめたらいけないんだよ‼」

「は、はぁ……そうなのか?俺、ユキをいじめていたのか?」

「え?私、皆のモノだったの?」

 突然とつぜんの事に、俺とユキは思わず呆然ぼうぜんとした顔でそう言った。しかし……

 俺とユキの反応はんのうなどおかまいなし。二人はいかにも得意気な顔で、腕を組んで俺を見下ろしている。

 いや、いろいろと付いていけない。そんな俺達を、ツルギはあきれた顔で眺めているのが見える。ヤスミチさんなど呆然ぼうぜんとした顔で俺達を見ている。いや、本当にな。

 本当に、何だこれは?

「とにかく、ユキさんをかしたら俺達がゆるさないからな?例え、クロノとユキさんが恋人同士だったとしてもだ!」

「とにかく、ユキをかしたら私達がゆるさないからね?例え、クロノ君とユキが彼氏彼女の関係だったとしてもね!」

 そう、二人が同時に言い放った。もう、訳が分からない。

 分からないけど……

「ぷっ、あはははははははははははははっ‼」

 ユキが、いかにもおかしそうにわらっていた。

 まあ、ユキがたのしそうならそれで良いか。そう、俺は思った。

 ・・・ ・・・ ・・・

 旧神奈川県―――鵠沼くげぬま

 かつて、江ノ島電鉄の走っていたその場所でツチグモとオロチははなしていた。

「で、だ……何故なぜアレを母に話した?」

「何故、とは?」

 とぼけるツチグモに、オロチは牙をき出しにして獰猛どうもうに吼える。

「とぼけるなっ!母がアレを知れば、自害じがいしかねん程に苦しむに決まっている!それが分からん貴様きさまではないだろうに!」

 オロチのその言葉に、あきれたように溜息をくツチグモだった。

 いや、実際にツチグモは呆れていた。呆れた視線しせんをオロチに向けていた。所詮はお前もその程度ていどだったのかと。

 呆れと侮蔑ぶべつの念が籠った視線を向けていた。

「お前も所詮はその程度ていどだったか。その程度の覚悟で、母をすくうと言っていたということか」

「何だと……?」

 うなるオロチ。そんな彼に、ツチグモは言う。

 まるで、先の展開を遠くまで見据みすえているかのような目で。そんな言葉使いで。

 ツチグモは、オロチにかたって聞かせた。

「考えてもみろ、母は何も知らない。無知むちのまま、人間の味方をしてきた。だが、例え母であろうと。いや、母だからこそいずれは何かのきっかけで全てを知るだろう」

「…………うむ」

「それに、本当にそれで母は救われるのか?何もらない、何もかもが無知のままで本当に母は救われたと言えるのか?答えはいなだ‼」

 そう、答えは否だ。

「そもそも、だ。何れ母が自力で真実しんじつに到達したとして、その真実に圧殺され自害してしまうのを本当にしと出来るのか?そんな絶望しかない未来、俺には到底に納得出来んよ‼」

「……………………」

 では、どうすれば白川ユキは本当にすくわれたと言えるのだろうか?どうすれば、彼女は真実救われたというのだろうか?そんな事、オロチには分からない。

 しかし、少なくともツチグモにはそれがえているのだろう。それが本当に母の為になるのかまでは、オロチにも分からなかったが。

 果たして、このままツチグモの言うがまましたがっていて良いのだろうか?オロチは疑念をいだき始めていた。

「俺は、そんな世界せかいなど認めない。救いのない世界など、俺は断じて認めない!」

 実際、オロチには見えていない何かをツチグモは見ているのだろう。そして、それをツチグモは実行じっこうしようとしている。それが、オロチには理解出来た。

 少なくとも、母を救いたいと思うのはツチグモとておなじなのだろう。

 しかし……

「本当に、それで正解せいかいなのか……兄弟きょうだいよ」

 今のオロチには、そうつぶやく事しか出来なかった。

 オロチには、何も分からなかった。分かる気がしなかった……

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