50、過去の研究

 旧文明遺跡群、地下研究室跡地―――かつて俺が目覚めざめた地下研究室へと続く階段の前に俺とユキは立っていた。俺がコールドスリープをしていたあの研究室。俺は其処にもどってきたんだ。

「……此処ここで、クロノ君はずっとねむっていたの?」

「ああ、俺の父さんと母さんの研究室だ。両親は意思いしの持つエネルギーの研究をしていたんだ」

 地下へと続く階段。其処をくだりながら俺はユキに両親りょうしんの事を話していた。そう、俺の両親は意思の波長が持つエネルギーをずっと研究けんきゅうしていた。というより、研究のテーマこそが意思のエネルギーだったという。

 両親はずっと信じていたらしい。その意思のエネルギーこそ世界を救うかぎになるという事を。一体両親がなにから世界を救うつもりだったのか?それは俺にも分からないけど。

 或いは、それこそが大災厄だいさいやくに関係しているのかもしれない。

 意思の波長。それが持つ未知みちのエネルギー。果たして一体どのようなモノか?

 ともかく、何かを救うその手段しゅだんとして意思のエネルギーをテーマにしていた事だけは間違いないだろう。

 それをれば、俺はきっと両親があの日何の為に命をけていたのかが分かる筈だから。そう信じて、俺とユキは地下研究室へと立ち入ったのである。そうだ、俺はそう信じているんだ。

 研究室のドアをける。相変わらず、研究室内は劣化れっかが激しい。しかし、逆を言えばそれだけだろう。

 外は何処も風化ふうかのせいで崩壊ほうかいしてしまっている。なのに、此処は何処も激しく劣化しているだけだ。

 中には損傷そんしょうが激しいもののまだきている機械類だってあるくらいだ。恐らく、高度なAIが組み込まれた自己修復機能がそなえられているのだろう。あと、自己清掃機能もか。

 とにかく、この研究室には常に状態を万全ばんぜんに整える機能が備わっているらしい。それだけでも、今の時代どころか旧文明でも最新鋭さいしんえいのテクノロジーだったのだろう。

 或いは、此処にある機械を一部でも持ち帰れば文明の復旧ふっきゅうに役立つかも。

 そんな気がしたが。少なくとも今はそんな気はなかった。

 室内には、研究用の機械が所狭しといてある。各研究機材は劣化が激しいもののシステム自体はまだ生きているようだ。ある種の自浄機能はまだ動作どうさしている。此処だけまるで、外とは別世界のようだ。

 恐らく、監視カメラや警備システムも生きているのだろう。油断ゆだんは出来ない。何かのきっかけで警報システムが作動さどうしてしまうか分からないのだから、警戒して損は無い筈だ。

「……まだ、こんな場所がのこっていたんだ」

 呆然ぼうぜんと呟くユキ。俺は室内に何か残っていないか、まずはかるく見回してみる。

 しかし、割と綺麗に整頓せいとんされた研究室は所々劣化している以外に特筆するものは無かった。或いは、研究資料とか日記みたいなものでもあればかったんだけど。

「……ん?」

「どうしたの?クロノ君」

 俺は、研究室の中で何か違和感いわかんを覚えるものを一つだけ見付けた。それは見たところねこの置物に見えなくもない。綺麗に整頓され、研究機材以外はほぼ存在しないこの室内に、何故か其処そこだけ猫の置物が置かれていた。

 俺はわずかに違和感を覚える。

 違和感を覚え、俺はその置物の前に立った。猫の置物をそっとのぞき込む。その瞬間に猫の置物の目が輝いた。

生体せいたいコードを確認します。各種パターンを検索けんさく。該当者……遠藤クロノを確認しました。ようこそ、マスター』

「うぉっ‼」

「っ、クロノ君!?」

 俺とユキが驚き、その猫の置物を凝視ぎょうしする。どうやら、声は猫の置物から流れたようで直後ににゃ~っと気の抜けたようき声が響いた。

 どうやら、猫の置物はシステムと直結ちょっけつしているらしい。何か機械音のようなものが響いてくる。

 そして、直後置物の隣の壁がスライドして隠し扉がひらいた。どうやら隠し部屋だったらしい。その室内には、奥に一つの金庫きんこが置かれている。単純なダイアル式の古い金庫だった。

 どうやら、最新式の隠し扉のおくにアナログ式の金庫を配置はいちしたようだ。かなり厳重だった。恐らく、よほど大切たいせつな何かを保管しているのだろう。

「…………こんな部屋へやがあったのか」

「……クロノ君、パスワードって分かる?」

 さて、金庫はどうやってけるのか?何かヒントのようなものは無いか周囲を見回してみる。部屋の奥には、金庫の他に一枚の写真がかざられていた。両親の若い頃の写真だった。

 学生服を着た父さんと母さんが並んでうつっている。父さんは緊張に顔が強張っているのが理解出来た。逆に母さんはとてもしあわせそうだった。

 写真を飾る額縁がくぶちには、思い出の日付ひづけと書かれていた。もしや、あれがヒントか?

 父さんと母さんは学生時代の先輩後輩だったらしい。確か、父さんが高校の二年生だった頃にいじわるな同級生にからまれている母さんをたすけて知り合ったのだとか。

 確か、その日はバレンタインデーだったとか?

「…………まさか、な」

 試しに、パスワードを入力してみる。かちりと、かぎが開く音が聞こえた。

 ……まさか、本当にバレンタインの日付だったとは。流石に思いもしなかった。

 金庫をひらく。中には一冊の日記帳にっきちょうが入っていた。割と分厚い、質の良い日記帳だと俺は思った。単純に保存状態が良いだけでは説明せつめいが付かない、恐らくはそういう機能が働いていたのだろう。日記帳はとてもきれいだった。

 俺は、ぱらぱらと軽く日記の内容ないようを読んでみる。

 2XXX年〇月〇日(火)

 アオイと初デート……ひゃっほぅっ‼‼

「……………………」

 うん、此処ここはどうやらごく個人的こじんてきな内容だったらしい。もっと別のページを流し読む事にする。

 一転して、真面目まじめな内容の文章が書かれているページに行き着いた。

 2XXX年〇月×日(水)

 生命せいめいの持つ意思の波には、大別たいべつして正の波長と負の波長が存在している。希望や幸福などを代表とする正の波長がそうだろう。絶望やいかりなどを代表とする負の波長がそうだろう。

 それぞれ、正の波長や負の波長は特殊とくしゅなエネルギーを持つ事が分かっている。それらの波長は世界の物理法則に干渉かんしょうしうるという事実も……

 2XXX年△月□日(月)

 正の波長と負の波長にはそれぞれ特徴とくちょうが存在する事が判明した。正の波長は主に精神的に、或いは霊的れいてきな事象を司る。つまり、非物質ひぶっしつに干渉する力を持つ。

 負の波長は肉体的に、或いは物質的ぶっしつてきな事象を司る。つまり、物質界ぶっしつかいに干渉する力を持っている。

 しかし、負の波長に偏りすぎると肉体が異形化するという弊害へいがいが存在する。より厳密に言えば、より魔物まもののような見た目となるようだ。

 2XXX年◇月〇日(木)

 正の波長と負の波長は互いに干渉かんしょうしあう事が判明した。正の波長と負の波長が互いに干渉し重なりあう事で、全く新しいなみが生まれる。それを、俺は新たな波形と呼ぶ事にした。

 2XXX年 月×日(日)

 どうやら、この新たな波形は世界を創造そうぞうしうるほどの力を持つらしい。いや、多分だがそれはちがうな。世界そのものを構成こうせいしているあらゆる物質の波長。それこそがこの波形なのかもしれない。

 ……それは、一つの事実じじつを意味するだろう。

 世界を構成するすべてが、意思の波である。それは、つまり……

 ・・・ ・・・ ・・・

「……………………」

 その先、意図的にやぶり捨てたような痕跡こんせきがあった。しかし、少しだけ分かったような気がする。今の内容が、世界の崩壊ほうかいに関係しているのかは不明だ。けどそれでも恐らくは、何も分からないよりはマシなのだろう。

 それに、恐らく父さんと母さんは何かを知っていたのだろうから。それだけは理解した。

 果たして、父さんと母さんは何を知っていたのか?それが、日記これに書かれているような気がする。

 そっと、日記帳の表面をでる。これは俺の両親の遺品いひんだ。俺が大切に保管するべきだろう。

「そろそろかえろうか、ユキ」

「うん、そうだね……」

 ユキは、何かを察したのかとてもやさしい笑みで俺を見ている。だが、同時にその奥にほんの少しだけ暗いかげのようなものが見えた気がした。

 俺は、ユキの肩をき寄せる。ユキも、そっと俺に肩をせてきた。それが今の俺たちの距離きょり。俺たちにとって、心地の良い距離だ。

 そうして、俺とユキは集落しゅうらくへ戻る事にした。日記帳は、持って帰る。

 ……それにしても。世界を構成する全てが意思いしの波で出来ている、ね。

 世界を構成する全ての物質が、意思の波を根源こんげんとしているという事実。

 それはつまり、だ。

 世界は何者だれかの意思により構成こうせいされているという事になるのだろうか?

 そう俺はおもった……

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