18,ツルギの架空塩基講義?

 俺達が集落に着いた時、其処に待っていたのは額に青筋あおすじを浮かべて笑うヤスミチさんだった。ちかくには申し訳なさそうにうつむく少年の姿が、確かアリカ君だったか?どうやら彼から事情を聞いたらしい。明らかにヤスミチさんは怒っていた。

 ユキの顔色がさあっと真っ青になる。対照的に、ヤスミチさんはにっこりと笑みを深める。しかし、それは額の青筋をのぞけばの話だろう。ヤスミチさんの怒りで背筋が震えるような悪寒おかんを感じた。

「クロノ、よく帰ってきた。ユキをわたしてもらおうか?」

「…………はい」

「クロノ君⁉」

 ユキが裏切うらぎられたような表情で俺を見る。そんな目でないで欲しい。俺だってあれは流石に怖い。

 けど、まあユキを一人で行かせるのもしのびないだろう。

「そういう顔をするな。俺も一緒いっしょに怒られてやるから」

「ク、クロノ君……」

 一転、ユキはすくい主を見たような顔で俺を見る。しかし、どうやらそうはいかないらしい。ヤスミチさんが、にっこりと笑みを深くした。あ、これは嫌な予感が更に強くなってきた?

 そう思った瞬間、ヤスミチさんの背後はいごからツルギ君があらわれた。

「残念ながら、クロノは今から俺の講義こうぎに付き合ってもらう。ユキの姉さんは一人でヤスミチさんの説教せっきょうを受けてくれ」

「さあ、一緒にこうか。ユキ?」

「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼‼‼」

 絶望ぜつぼうに満ちた表情で、ユキはそのままヤスミチさんに引き摺られていった。ああ、あの姿はあれだ。俺がエリカとアキトの二人にノロケ話の為に引き摺られていった時と同じ表情だ。きっと、ユキの脳内あたまにはドナドナが流れている事だろう。

 そんな事を、こっそりと俺は考えていた。というのも、俺の服のすそをツルギが不敵な笑みで引っ張っているからだ。

「さあ、俺達も行こうか」

「…………」

 ツルギの背後には、マキナが「どうか何も言わず、黙っていて下さい」とカンペを出していた。何とも器用きようなロボットである。

 或いは、人間にんげんより感情豊かなのではあるまいか?そう思った。まあ、思っただけで口には出さないけどさ。そっと溜息をいて、俺は黙ってツルギに付いていく。その背後でマキナが頭を下げていた。本当、器用なロボットだ。


 ・・・ ・・・ ・・・


 そして、集落にある研究用につくられたプレハブ小屋。通称、研究実験室。その中にある講義部屋。其処に俺とツルギ、マキナの三人は居た。

「では、最初にクロノ。まず架空塩基とはどんな物質モノだと思う?」

「えっと?人類に異能いのうという超常の能力を与えた人工遺伝子?」

 俺の言葉に、ツルギはちっちっちっとゆびを振った。どうやらちがうと言いたいよう。

 部屋のおくにあるホワイトボードに、ツルギは遺伝子いでんしを示す二重螺旋と何らかの波長のような図形、そして世界地図らしき図形をいていく。その三つの絵を拳の裏で叩きながら、ツルギは説明を開始した。

「まず、架空塩基はれっきとした科学技術を土台どだいにして生み出された人工物だ。そして人工物によって生み出された異能の力も、当然科学技術の産物さんぶつだ。分かるな?」

「ああ、だけどそれってどういう理屈りくつなんだ?」

「それを今から講義こうぎします」

 そう言って、ツルギは遺伝子と波長の図形から伸びる形で矢印を書く。その矢印が示す先は、世界地図らしき図形だ。

 どうやら、遺伝子とその何かの波長が組み合わさって結果世界がどうとか言い表したいらしい。まあ、意味いみは未だ分からないけど。

「架空塩基とは、つまり意思いしの波動を物理的ぶつりてきな波長として物質世界に顕現させる為の人工因子をす」

「意思の波動……?」

 つまり、この波長のイラストは精神を現わす波長らしい。では、この遺伝子の図形は架空塩基の事か?つまり、架空塩基により精神せいしんの波長を物質界に物理的波動として顕現けんげんさせるというのは……

 えっと?僅かに混乱こんらんする俺に、ツルギは話を続ける。

「意思のなみとは一種の高次こうじエネルギーの事を差す。それは分かるか?」

「えっと?つまり物質世界このせかいより高次元にあるエネルギーが精神的エネルギーだと?」

「そうだ、つまりは精神世界せいしんせかいを流れる波動エネルギーだな」

「……えっと、つまり?」

 察しのわるい俺に、しかしツルギはそれでも面白おもしろそうに講義を続ける。一体何が面白いというのだろうか?

 分からないけど、ツルギ的に面白いらしい。本当に、一体何が面白いのか。

「意思の波動を物質世界に顕現させる。それはつまり、意思という精神的エネルギーを物理的エネルギーに変換へんかんするという事に他ならないだろう?それは、つまり物質界へ意思を直接伝える事になる筈だ。それはかるな?」

「ああ、なるほど?つまり意思の波を物理的エネルギーとして物質界せかいへ伝える事により異能という事象じしょうとして顕現するという事なのか?」

「そういう事だ。流石にそこまで個人で万能な能力を獲得かくとくする訳ではない。獲得する異能には個人のパーソナル、つまり精神的な波長のパターンがかかわってくる」

「精神的、波長のパターン……ね?」

 意思のエネルギーとは即ち一種の高次エネルギーである。それを物理的エネルギーとして変換する事で、現実世界へと実在じつざいの現象に変換する。そして、その実在の現象へ変換される際重要になるのが意思いしのパターンである。

 異能とは、つまり個人こじんの持つ精神性や人間性につながるパーソナル。そういう事か?

 ツルギに聞くと、大体合っているとかえしてきた。なるほどね?

「しかし、架空塩基については分かっていない事もまだある。例えば、その開発経緯とかな?一体どのような経緯があって、架空塩基なんて開発かいはつされたのやら?」

「ああ、それはおおむねさっしがついている」

「……なんだって?」

 ツルギが怪訝けげんな顔で俺の方を見てきた。まあ、その反応はんのうは理解出来る。

 けどまあ、ツルギは知らない事だけど俺は一応かつての文明じだいの生き残りだ。それ故に何故、このような技術ぎじゅつが開発されたのかは大体察しがつく。

「かつて、崩壊する前の文明はかなりさかえていた。それは知っているな?」

「ああ、発掘される残骸ざんがいからもそれが理解出来る程度ていどにはな」

「そして、崩壊前の文明は宇宙うちゅうへの進出を前提に技術革新が進んでいた。簡単に説明すれば、宇宙へ進出する方法を模索もさくしていたんだよ」

「…………つまり、その技術こそ架空塩基だとでも?」

 俺は、ツルギの言葉に頷いた。

 よく考えて欲しい。宇宙は地球と比べかなり過酷かこくな環境だ。高濃度な宇宙線。更には酸素が存在しない真空状態。地球とくらべて重力が極端に弱い星や逆に強すぎる星も存在するだろう。

 そんな環境下で、どのようにして生きるのか?或いはどう適応てきおうするのか?

 そのこたえこそが、架空塩基なのだろう。

「宇宙は地球ここと比べかなり過酷だ。だからこそ、その環境かんきょうに即座に適応出来るよう生物として次の進化しんかをする必要があった。そのアプローチこそが架空塩基なのだろう」

「…………なるほどな?じゃあ、そこまで理解出来ているなら架空塩基の技術としての限界げんかいは理解出来るか?」

「限界?」

「ああ、架空塩基による異能いのうには限界が存在する。というより、異能でも不可能とされる現象げんしょうが存在しているのは知っているか?」

 ……異能でも不可能な現象。ね。

「例えば、どのような?」

「少しはかんがえて欲しいものだが。まあ良い、例えば死者を完全に蘇生する事は異能でも不可能とされている。そんな事が出来たら、人類はかみにだってなれる筈だ」

「……つまり、異能の限界とは神の領域りょういきに直結すると?」

 俺の疑問に、ツルギはその通りと頷いた。つまりはそういう事らしい。

 恐らく、それは異能の限界というより架空塩基や人間の精神の出力しゅつりょくの問題だろう。

「同じ理由で、時間じかんの完全停止や逆行も不可能だ。そんな事が可能なら、そもそも俺達人類はおうに後れを取る事は無かった筈だ。それに、こんな世界になる事もなかった筈だろう?」

「なるほどね……」

 つまり、異能の限界とは人間の思考パターンの限界でもある。

 そもそも、高次エネルギーを物質的波動へと変換へんかんする以上どうしても物質世界の限界に引き摺られる事になる。だからこそ、異能の限界か。というより、物理法則の限界という訳かな。

 まあ、確かにそれが可能かのうならそもそもこんな世界になる事もなかっただろうしな。

 そう、俺は他人事たにんごとのように考える。

「まあ、そもそも時間操作には多少なりとも因果律いんがりつへの干渉が不可欠となるらしいしその時点で人間の思考しこうレベルでは限界なのだろう」

 そう言って、ツルギは肩をすくめた。どうやら、これで講義はわりらしい。

 俺はぐっと伸びをして筋肉きんにくをほぐした。結局、ツルギはなにがしたかったのだろう?

 そんな事を、俺は考えながら講義部屋をた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る