第13話

 埃をかぶっていた資料を読み進めた俺は、隣で暇そうにしているマモンに声をかける。


「身体強化魔法って……マモン知ってるか?」

『知らん』

「ええ?」

『というより、我輩は人間の魔法をほとんど知らんぞ』

「そうなのか?」

『当然だろう? 貴様ら人間は呪文を必要とするが、我輩らにはそんなもの存在せぬ』

「ふぅん」


 そこは悪魔だからってことなんだろうか?

 どちらにせよ、悪魔が呪文を必要とせずに魔法を使うって言うのはかなり重要だろう。

 前に見たマナの魔法は、呪文を省略する技術……詠唱破棄ってのを使ってたみたいだが、そのさらに上の無詠唱って相当高度な技術らしいからな。


『それで? いきなりどうしたのだ?』

「いや、この身体強化魔法、発動方法が体内の魔力を高速で循環させることらしいんだけど、どうもこの資料を見た感じ、あくまで理論的に可能ってだけで、使える人間がいないみたいなんだ」

『なんだ、それならば大人しく普通の魔法の練習でもしてろ』

「それはそうなんだけど……」


 魔力に目覚め、活性化した人間は、自然と体内で魔力が循環するため、一般人より身体能力が高くなる。

 だから今の俺も、一般人よりかなり身体能力が向上していた。

 ……あの謎の男の怪力も、この魔力の活性化による身体強化だったわけだ。

 つまり、一般人と契約者は根本から体の作りやスペックが変わる。

 そんな中で、この資料の身体強化魔法は、循環している魔力をさらに高速循環させ、強化倍率を引き上げるというものらしい。

 あくまで理論的な話で実践者が一人もいないから、棚の隅で埃をかぶっていたんだろう。

 でも……どうして実践者がいないんだろうか? ただ高速循環させるだけなのに。


「……今日は帰るつもりだったけど、最後に試してみるか」

『はぁ……無駄だと思うがなぁ』


 呆れた様子のマモンをよそに、再び訓練室に移動する俺。

 そして俺は、先ほどの資料で目にした通り、体内の魔力に意識を向けた。


「確か……この循環している魔力を、さらに高速で動かすんだよな……?」


 元々魔力のイメージは、血流と同じで体内を駆け巡っている。

 ただ、血流と違うのは、自分の意志である程度動かすことができるというものだった。

 だからこそ、魔力を掌とかに集め、そこから魔法を放つことができるのである。

 幸い俺は、魔法こそ発動しないが、発動させる箇所に魔力を移動させる能力だけはやたら高かった。

 なので、あの資料を読んだ際、もしかしたらと思ったんだが……。


「……できた」

『は?』


 なんと、出来てしまった。

 通常時から高速で循環している魔力を、さらに強い圧力で押し出すイメージで循環させることに成功したのだ。

 だが、普通の魔法と違い、見た目には何の変化もない。

 ただ、マモンは魔力の流れが見えるのか、俺を見て胡散臭そうな表情を浮かべた。


『本当にそれでいいのか? 確かに異常なほどに魔力が循環しているが……』

「わ、分かんねぇけど……」


 あの資料を読んだ感じだと、この魔法を発動することができれば、身体能力が強化されるはずだ。

 魔力が活性化した俺だと、この訓練室でジャンプすると三メートルくらいジャンプできた。

 それじゃあ身体強化魔法を発動した状態なら?

 俺は確認するためにもその場で軽く跳んで――――。


「いでぇ!?」

『……』


 なんと軽く跳んだつもりが、訓練室の天井に頭をぶつけたのだ!

 この訓練室は天井まで優に十メートルはある。

 それが、こんな風に頭をぶつけるなんて……!


「って……あれ? これ……かなり不味いのでは……!?」


 頭を打った衝撃で一瞬忘れていたが、天井まで届いたということは、今の俺は十メートルの高さにいるってこと。

 つまり……。


「落ちっ!?」


 急激に感じる下腹部の浮遊感に恐怖していると、あっけなく俺は地面に落ちた。

 だが……。


「あっぶねぇ!?」


 なんと、着地の際の衝撃など、ちゃんと受け止めることができたのだ。


「す、すげぇ……天井に頭ぶつけた時は勢いが勢いだったから痛かったけど、これくらいなら耐えられるぞ……!?」

『……なんて脳筋魔法なんだ……』


 マモンが俺の身体強化魔法の効果を見て、頭が痛そうにしながらそう呟いた。脳筋言うな。

 それはともかく、この身体強化魔法は、運動能力や筋力を高めるだけじゃなく、耐久力も上げてくれるようだ。これなら、前のように謎の男に襲われても対処できるだろう。


「やった……やったぞ! これで少しは自衛できるんじゃねぇか!?」

『まあ……ないよりマシだろうな』

「何だよその言い方!」


 せっかく喜んでるところにマモンが水を差すようなことを言うので、思わずムッとすると、マモンは珍しく申し訳なさそうにする。


『あ、いや……すまん。馬鹿にしたわけではない。事実、その魔法があるだけでも生存率はぐっと上がるだろう。何より、魔力を体内で循環させるだけだから、魔力を消費する心配もない。ただ、魔物を相手にするならともかく、我輩のような悪魔や神々を相手にする場合は、それだけでは足りないのも事実だ』

「そうなのか?」

『悪魔も神も、それぞれ魔法とは違う特殊な能力や権能を有しているからな。やはり、その身体強化魔法だけで立ち向かうのは厳しかろう』

「そうか……」


 とはいえ、魔物を相手にできるってだけでもひとまず十分だ。

 これなら、簡単な依頼もこなせるかもしれないし……!


「はぁぁぁ……ようやく先が見えてきたぞ……!」

『明日は、万魔殿も使用できるしな』

「そうだった! この調子で戦力を整えて、実績を積み、何としてでも給料アップさせてやるぜ!」


 こうして俺は、気分良く家に帰宅するのだった。

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