(5)入院中なので

「山下さん」

「なんだい」

「『判決文はもう読んだはずですよね?』と、粘着攻撃されています」

「……」


 泉はブラインドの隙間から、議員会館の入り口を見た。

 また増えている。

 数を推定することすら不可能なほどの、メディア関係者や市民。まるでデモである。


「現代史において、疑惑を向けられた政治家は、逃げれば逃げるほど追いかけられているようですからねえ。例に漏れずというやつじゃないですか」

「お前、歴史には一ミリも興味なかった気がするんだが」

「あの記者に教わったんですよ。コメントすべきときに逃げた過去の例はこうです、と。あと『秘書なら歴史くらい勉強してください』というクレームを頂いて現在勉強中です」

「またあの記者か」


 詰めかけている者たちの最前列には、例の女性記者がいる。

 その手には、


『山下議員、逃げずにコメントを』


 と書かれたプラカードが掲げられていた。


「で、どうします? さすがに詰んでませんか」

「いや、まだだ。次は『入院中につきコメントは控えさせていただきます』で行く」

「入院してないじゃないですか」

「これからするんだよ」

「……。都合が悪くなったときの入院、たしかに定跡ではありますが」

「そういうことだ。入院先を頑張って見つけてくれたまえ」

「はあ」

「俺は健康すぎて一度も入院したことがなかったからな。風邪すらひいたことがない。人生初の入院生活が楽しみだ」

「そんなの支持者には口が裂けても言えないですね」


 今は医療従事者の勤務環境が問題になっているので、せっかくなので視察もされてはいかがですか――。

 亀男はそう言うと、部屋を出て行った。

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