2015年 再びの挑戦
「お父さん、この封筒なあに?」
突然目の前に差し出された、黄ばんだ封筒。見覚えがあるような気もするが、思い出せない。
娘がどこかから引っ張り出してきたそれを開くと、中には、一枚の便箋と、カードが入っていた。
ああ、あの時の。僕はなつかしく思い出す。
20年前に死んだ祖父が残した、最後の謎解き。結局、6人の孫たちは、祖父の遺した謎を、最後まで解き明かすことはできなかった。どうしてもあきらめきれなくて、僕はその封筒をもらって持ち帰り、数年ほどは、未練がましくためつすがめつしていたものだったが。
日常にかまけて、いつの間にか忘れてしまっていた。
「父さんのおじいちゃんが遺した、謎解きだよ。父さんたち、頑張ったんだけど、途中までしか分からなかったんだ。そのカードみたいなものは、百人一首かるたの取り札。西行法師と言うお坊さんの読んだ短歌の、下の句だよ。 『嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな』 」
20年の時が経っているのに、すらすらと暗唱できる自分にびっくりする。
「謎解き!? めっちゃ面白そう。ねえ、これ、もらっていい?」
謎解きゲームにはまっている娘が、はしゃいだ様子で封筒に手を伸ばす。
僕は苦笑いして、その手に封筒を手渡した。
*
現代社会の子供の力を舐めてはいけない。彼らには、この世で最も優秀な助手がついているのだ。その名を、グーグ●さんという。
事態はすぐに進んだ。
「かるた札が入ってたってことは、この便箋の文章も、何か、かるたに関係あるのかな……」
「そうだろうね、そのためのヒントだろうから」
カタカタ、と娘はPCに何やら打ち込んでいく。
『 ちぎりきみせたちほおもチかくめラ 』
「うーん、文章そのまま打ち込んでも、何も出てこない」
しばらく、試行錯誤が続く。
「この“ちぎりき”って、グーグ●さんによると、何かの武器らしいよ」
「気になるのは、この、カタカナの部分だよね。これは何を意味するんだろう?」
思わず僕も、久方ぶりの謎解きに興奮してPCをのぞき込む。
突然娘が、ターンッとキーボードを叩いた。何か見つけた時の癖だが、びっくりするから、やめてほしい。
「分かった」
「え、なになに」
「もう、一文字ずつ入れて検索したれと思って、“ちぎりき かるた” って試しに入力してみたの。そしたら、検索結果の下の方に――」
PCの画面には、「決まり字」の文字。
「決まり字とは、百人一首で札の取り合いをする際に、そこまで読まれればその札だと確定できるという部分である。仮名文字単位で、1字決まり、2字決まり、……と数える」
「なるほど。Webに落ちてた『決まり字一覧』で文章の文字を当てはめていくと……カタカナのところだけは、当てはまらないね。正しそう!」
「……つまり、決まり字とカタカナで、こう分解できる」
『 ちぎりき / みせ / たち / ほ / おも / チ / かく / め / ラ 』
「ここまできたら、もう一息ね。決まり字には、それぞれ対応する下の句があるわけだから……」
娘がカシャカシャとPCを操る。
ちぎりき→すゑのまつやまなみこさしとは
みせ →ぬれにそぬれしいろはかはらす
たち →まつとしきかはいまかへりこむ
ほ →たたありあけのつきそのこれる
おも →うきにたへぬはなみたなりけり
チ →?
かく →さしもしらしなもゆるおもひを
め →くもかくれにしよはのつきかな
ラ →?
「これは定番の、縦読みでしょう!!」
「 す・ぬ・ま・た・う・チ・さ・く・ラ 」
「調べてみる」
検索では、沼田市の桜が大量に出てきてややてこずったが、結局、僕たちはたどり着いた。
須沼の一本桜。別名を、田打ち桜。
これが、この謎解きの、答えだった。
「え、これで終わり? 長野県にある桜まで、行けってこと?」
「……だろうね……」
もう、20年の年月が経っている。今更、そんな場所を訪れても、無駄足だろう。
「えー、つまんない。そこに、何があったんだろう。……まあいいや、よし、お正月に
娘は、その封筒を大事そうに、自室へ持ち帰った。正月に会う予定の、とにかく頭脳明晰でそして少々変わった青年、妻の弟である
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます